第十六話 事件の解決

 早いもので休暇も残り五日になった。

 だんだん寮には人が増え始め、今まで一緒に遊んでいた子たちも元々仲の良かった子と合流するようになり、私たちと一緒に遊ぶことは少なくなってきた。

 心のどこかで、アレクシアが途中で寮にやって来てみんなと一緒に遊ぶ、という展開を期待していたけれど、そう都合良くはいかなかった。

 少し残念に思いながら私とユーリは今日も広間へ向かう。

 すると、一人の人物が目に飛び込んできた。

 綺麗に整えられた紅い髪に、模様つきのかわいい服。


「アレクシア!」


 私とユーリはアレクシアに駆け寄った。


「どうしたの? 休暇が終わる直前まで来れないと思ってた」

「もう寮に戻ってきたの? それとも遊びに来ただけ?」


 口々に声をかける私たちを制してアレクシアがにっこりと笑う。


「事件がやっと解決したから、お父様が早めに寮に戻るのを許可してくれたのよ! もう家には帰らずにずっとこっちにいられるわ!」

「本当!? 良かったぁ、これでまた三人で遊びに行けるね!」

「えぇ、本当に。今まで迷惑かけたわね」


 どうやらアレクシアの外出禁止例が解けたようだ。

 ずいぶん長くかかってしまったけれど、アレクシアの命が狙われたのだ。

 慎重になって当然だろう。

 一応私とユーリも事件の当事者ということで、ゼノヴィアさんが解決までのあらましを説明してくれることになった。


 私たちはアレクシアの部屋に移動した。

 ゼノヴィアさんが護衛につくこと自体は学校の許可を得ているけれど、一応寮は寮生以外立入禁止となっているため、ゼノヴィアさんはアレクシアの部屋以外では姿を現さないし喋ることもない。

 私たちが部屋につくと、いつものようにスーッとゼノヴィアさんが現れた。


「この度はお二人には大変ご迷惑をお掛け致しました」


 と最初に謝罪から入り、ゼノヴィアさんが説明を始める。

 やはり犯人は二人とも大戦で故郷や家族を失った者たちで、旧王家に対する恨みから今回の犯行に及んだのだろう、ということだった。

 二人の足取りをくまなく捜査したところ、大都市キルシアスに行きついたらしい。

 キルシアスとその周辺の地域は、東の大国ミスリームの侵攻により多大な被害を受けた。

 中には村ごと焼かれ、故郷を失ったものも多いという。

 キルシアス周辺では未だに旧王家に恨みを持つ人間が多いようだ。

 その後二人は別の町に移り住み、商店を始めるも失敗。

 借金で首が回らなくなり途方にくれていたところでアレクシアの存在を耳にした。

 これまでの憂さばらしとばかりに今回の襲撃を起こしたようだ。

 そして捜査の過程で、二人に協力した者たちの存在も明らかになった。

 旧王家に恨みを持つ人間は、なにもキルシアスだけにいるわけではない。

 わずかながらこのドラッケンフィールにもいるし、至るところに存在するのだ。

 今回の件以外にも、過去にアレクシアを狙った襲撃は何度かあったという。

 陰でそういった復讐を支援していた者たちがいたということだ。

 今回の場合、魔導具の出処がそこであった。

 実行犯二人と接触した人物を徹底的に調べあげたところ、ドラッケンフィールのとある商人にたどり着いた。

 その商人はかつての大戦の間に所在が有耶無耶になっていた魔導具を密かに所持していた。

 厳重な魔導具管理の穴を突かれたわけだ。

 ライゼンフォート家の人たちも、ドラッケンフィールに管理されていない魔導具があるとは思っていなかったようだ。

 しかし、そこまでたどり着いてしまえば後は芋づる式だった。

 その商人の関係者を片っ端から捕らえて尋問し、疑わしい人物はそのまま牢に放り込まれたらしい。

 それだけライゼンフォート家の現当主、つまりアレクシアのお父さんはこれまでの襲撃に怒り心頭だったようだ。

 まぁ、娘の命が何度も危機にさらされたのだから当然か。

 それでもやはり大貴族はやることが違う。

 ドラッケンフィール以外にも協力者はいるようで、そちらはまだ調査中ということだけど、ドラッケンフィールにはもう以前ほどの危険はないと確信しているそうだ。

 だからこの度こうして外出禁止例が解かれたわけだ。


「私もこの短期間にあちこち飛び回り、苦労いたしました」


 と、ゼノヴィアさんが珍しく表情を変えた。

 心底疲れた表情だった。

 学校が休暇に入ってすぐに犯人二人の足取りが伝わり、そこから五日ほどで魔導具の出処を調べあげ、それからはずっとドラッケンフィール中を駆け回っていたそうだ。


「良かったね、アレクシア。これでもう心配要らないね!」


 私がそう声をかけるとアレクシアは、


「これで一応はひと安心って感じね。でもまだ何があるかわからないし、油断は禁物ね!」


 と気を引きしめなおすように言っていたけれど、その表情はとても嬉しそうだった。




「ねぇ、早速一緒に遊ぼう! 私チェス特訓したんだよ! ユーリなんて相手にならないんだから!」

「えー、レイナだって未だにババ抜き勝てないじゃん!」


 私たちはアレクシアの手を引き広間に向かった。


「なんでわざわざ広間に行くのよ? 部屋でやればいいじゃない」


 とアレクシアは言っていたけれど、半ば強引に連れていく。

 広間についた私たちは、適当なところに座りチェスとトランプを広げる。

 今日は広間にいる生徒もけっこう多めだ。


「ほら、人いっぱいじゃない。なんで来たのよ?」


 アレクシアに文句を言われたが、構わず私たちは遊び始める。

 すると、私たちに近づいてくる生徒が現れた。

 二人組の男子生徒、カイルとリックだ。

 私とユーリにとっては予想通りの展開だけど、アレクシアにとっては想定外もいいところだ。

 目を丸くして驚いていた。


「あの、ライゼンフォートさん」


 リックが少しおずおずとした感じでアレクシアに話しかける。


「……何よ?」


 対するアレクシアも少し緊張した感じだ。

 口調がぶっきらぼうになっている。


「このチェスとトランプ、ライゼンフォートさんが貸してくれたんだよね? お陰で休暇中退屈しなくてすんだよ。ありがとう」

「俺も楽しかったよ。ありがとう」


 リックとカイルが交互に感謝を述べる。


「そう……、それは良かったわ」


 アレクシアはいまいち状況を飲み込めていないようだったけれど、なんとか返事をした。

 じゃあ俺たちは他に約束があるから今日はこれで、と言って二人は立ち去ろうとする。

 しかしようやく状況を理解し始めたのか、アレクシアが二人を呼び止めた。


「あの!……また暇なときがあったらいつでも貸してあげるわ。声をかけてちょうだい」


 足を止めた二人は顔を見合わせる。

 その反応を見たアレクシアが、


「私にじゃなくてレイナやユーリにでもいいけど……」


 と少し悲しそうにつけ足す。

 そんなアレクシアの不安とは裏腹に、二人は笑顔でアレクシアに向き直った。


「いや、次からはちゃんとライゼンフォートさんに声をかけるよ。だから今度はライゼンフォートさんも一緒に遊ぼう。レイナに聞いたけど、チェス強いんでしょう?」


 リックが少し照れたように言う。

 それを聞いたアレクシアは一瞬驚いた表情を浮かべた後、顔をほころばせる。


「えぇ! チェスはお父様に教わったの。これでも大人に負けないくらい強いんだから!」


 アレクシアが得意気に胸を張った。

 学校では私たち以外に見せることの無い笑顔だ。


「楽しみにしてるよ。またね!」


 と言って今度こそ二人は立ち去っていった。

 二人を見送ったアレクシアが突然神妙な表情になって私たちに向き直る。


「……今の何?」


 しかし、私とユーリは顔を見合わせて微笑むだけだ。


「今の何?」


 アレクシアが再度問いなおす。

 私たちの反応も変わらない。


「もしかしてレイナが企んでたのってこれ?」


 答えの代わりに私はアレクシアに聞き返す。


「どう? 上手くいったでしょう?」

「ちょっと二人ともこっち来なさい」


 しかしアレクシアは表情を変えず、私たちの手を引いて自分の部屋へと大急ぎで戻ってしまった。




 アレクシアの部屋に入った私は彼女に問う。


「ちょっとアレクシアどうしたの? もしかして嬉しくなかった?」


 思っていたのと違う反応に私は不安になってきたのだ。

 しかしアレクシアは首を横に振った。


「違うの……、突然のことにびっくりしちゃって……。その、最近いろいろあったから少し戸惑っちゃって……」


 アレクシアは一度大きく深呼吸をして息を整える。


「私、ずっと不安だったの。学校が始まってすぐに私を狙った襲撃があるし、それにせっかくできた友達を巻き込んじゃうし、その後も私のせいで二人に迷惑かけちゃうし、二人とも私の友達なんてやめちゃうんじゃないかって。この休暇中に二人は他の友達を作って私のことなんか忘れちゃうんじゃないかって。襲撃の犯人なんかよりそっちの方がずっと心配だった。なのに、なのに……」


 そこまで言うとアレクシアは泣き出してしまった。


「うわーん、二人が友達で良かったぁ。友達でいてくれて良かったぁ」


 もしかしたら広間からずっと泣くのを我慢していたのかもしれない。

 私とユーリはアレクシアの肩を抱いて慰める。

 以前アレクシアの生い立ちを聞いたときと同じだ。


「さっきの二人、『ライゼンフォートさんも一緒に遊ぼう』だって、『またね』だって。そんなことレイナとユーリにしか言われたことなかったのに……」

「でもね、アレクシア。休暇中に仲良くなったのはあの二人だけじゃないんだよ?」


 私がそう告げるとアレクシアは涙を拭きながら顔をあげた。


「ぐすん……、本当に?」

「本当だよ。女の子だっているんだから!」


 ユーリが休暇中に仲良くなった子達の名前をあげていく。

 それを聞いているうちにだんだんアレクシアが落ち着いてきた。


「そう……、二人とも本当にありがとう。私なんかのために……」

「アレクシアのためだけじゃないよ。私たちだって他の子と仲良くなりたかったんだから。友達は多い方が楽しいもんね!」


 ユーリがそう言うとアレクシアは笑顔を見せる。


「それでもありがとう。私本当に嬉しいの。今まで友達なんて一人もいなかったのに、魔法学校で初めての友達が二人もできて、また増えるかも知れないなんて」


 アレクシアは嬉しそうな顔のままあれこれ考え始めた。


「一緒に遊ぶ子が増えたらトランプとチェスが一セットずつだけじゃ足りないわね。お父様に頼んで買い足してもらおうかしら。新しく中央で流行っている遊びを誰かに調べさせても良いかもしれないわね」


 出てくる案が流石お嬢様、といった感じだ。

 やり過ぎは物で釣る感じになってしまわないか心配だけど、アレクシアが満足できるならそれでいいだろう。

 今までの環境はアレクシアにとってあまりにも過酷すぎた。

 これくらいしても罰は当たらないだろう。

 私だって中央の新しい遊びに興味があるしね!

 その後改めて宣言通り、アレクシアにチェス勝負を挑んだ。

 かなり強くなったと自負していた私だったけれど、今回もアレクシアに勝つことはできなかった。

「大人に負けないくらい強い」と言っていたのは本当なのだろう。

 でも、


「だいぶ強くなってるわね。私も感心する手がいくつかあったわよ」


 と、少し誉められた。

 一年生の間に勝てるようになるのが私の目標だ。

 他のみんなとも特訓して強くなろう。

 打倒アレクシア同盟結成だ!

 後期の授業が少し楽しみになった私だった。




 ところで、今日ゼノヴィアさんから事件のあらましを聞いて気になることがひとつあった。


「キルシアスの周辺には旧王家に恨みを持つ人間が多い」


 それも、ただ「旧王家の血を引いている」というだけで、大戦とは無関係なアレクシアのことを殺そうと思うほどの強い恨みを。

 私のお母さんはキルシアスの魔法学校の卒業生だと言っていた。

 だとするとやはりキルシアス周辺の生まれなのだろう。

 そして今ではキルシアスから遠く離れたヘイグ村に住んでいる。

 ということは、襲撃犯の二人のように故郷を失った可能性も高い。

 やっぱりお母さんも旧王家のことを恨んでいるのだろうか。

 そして旧王家の血を引くアレクシアのことも……。

 私はアレクシアのことが好きだ。

 私の大切な友達だ。

 親友と言っても良いかもしれない。

 でもお母さんのことはもっと好きだ。

 世界で一番大好きだ。

 私のことをずっと一人で育ててくれたお母さんと、今年知り合ったばかりのアレクシアとでは正直比べ物にならない。

 もしお母さんがアレクシアのことを殺したいと思うほど旧王家を恨んでいるのだとしたら、私は……。

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