第十五話 レイナの計画

 そして試験の日がやって来た。

 これに関しては特筆することはなかった。

 あまりにあっさりしすぎているけれど、何もないものは何もないのだ。

 試験はとても簡単だった。

 私たちは三人とも満点をとった。

 私とアレクシアはもちろん、試験が始まる直前まで不安そうにしていたユーリも余裕で全問正解した。

 終わったあとはあまりの簡単さに唖然としていたくらいだ。

 こんなものか、と拍子抜けしている私たちに、


「本格的な試験は休暇が終わってからだから、慢心しないことよ」


 と、アレクシアが釘を刺した。

 危ない危ない。

 慢心はダメ、絶対。

 これはお母さんの教えでもある。




「アレクシアは休暇はどうするの?」


 試験の結果に安堵しているユーリを横目に見ながら、私はアレクシアに聞く。


「私は家に帰るわよ。私としてはこのまま寮にいてもいいのだけれど……」


 アレクシアが難しそうな顔で答える。

 アレクシアを心配したお父さんがどうしても帰ってこいと言っているらしい。

 この間の襲撃事件も未だに解決していないし、目の届くところに置いておきたいのだろう。


「家に戻っても一人ぼっちだし、どうせならレイナやユーリと一緒にいたいわ……」


 と悲しそうな顔をしていた。

 外出禁止例も解けていないため、お出掛けも出来ないらしい。

 だったら確かに寮にいた方が楽しいかもしれない。


「そっかぁ、残念だなぁ。ユーリはどうするの?」


 私はユーリにも声をかける。

 帰省するには遠すぎるヘイグ村と違って、コンラート村なら十分休暇中に行って帰って来られる。

 けれどもしユーリが帰省するなら私は寮に一人ぼっちになってしまう。

 一応、ハインスとベルーナもヘイグ村に帰らないので完全に一人ぼっちではないけれど、一年生寮では一人だ。

 相変わらず私たちは友達を作れていないのだ。


「うーん。私はまだ悩んでるけど、帰らないでおこうかなぁ」


 そんな私のことを心配したのか、ユーリは寮に残る意思を示した。

 それを聞いた私は少しほっとする。

 やっぱりこの寮に一人残るのは心細い。

 ユーリが一緒にいてくれるなら安心だ。


「なら私もたまに遊びに来るわ。お父様の許可が出たらだけど」


 条件付きだけど、アレクシアも会いに来てくれるらしい。

 私は休暇が楽しみになった。

 そして私はアレクシアにある提案をする。


「ねぇ、もしよかったらだけどさ。休暇の間、トランプとチェスを貸してくれない?」

「えぇ、いいわよそれくらい」

「やったー、ありがとう! 休みの間にチェスの特訓してアレクシアにリベンジするから!」


 許可が降りたついでに宣戦布告もしておいた。


「せいぜい頑張りなさい、楽しみにしてるわ」


 と軽く流されてしまったけれど。

 しかし、私の計画は実はこれだけではない。

 最初にアレクシアがトランプとチェスを持ってきたときから、私は一つの可能性を感じていた。

 あのとき私たちは寮の広間で遊んでいたのだけど、私たちがトランプやチェスで遊ぶ姿を珍しそうに見つめる生徒たちがいたのだ。

 あれは普段私たちに向けられる冷ややかな視線ではなかった。

 純粋な興味の視線だった。

 トランプやチェスが珍しいのだろう。

 気にはなるけど声をかける勇気がない、といった雰囲気を感じた。

 休暇の間は寮には私とユーリだけになる。

 他の生徒もドラッケンフィール出身の子はほとんど家に帰っているから、遠くの村出身の子ばかりだ。

 これをきっかけに仲良くなれる子がいるかもしれない。

 うまいこと仲良くなれたらダンケルさんのアドバイス通り、アレクシアとの橋渡しをするのだ。

 私は今回の計画には自信があった。

 うまくいったらアレクシア、喜んでくれるかな?

 うふふ。


「レイナ、今度は何を企んでいるのよ。やっぱり貸すのやめようかしら……」


 アレクシアが胡散臭そうに呟く。

 私は慌てて弁解した。


「そんな!? いいがかりだよ! 何も企んでなんかないってば! 本当だよ?」


 だと良いけど、とアレクシアがため息をつく。

 なんでこうも私の考えていることはみんなにバレるんだろう?

 おかしいなぁ?




 休暇が始まり続々と生徒たちが家に帰っていく。

 まだ寮にはそこそこの生徒が残っているけれど、すぐに数人を残すだけになるだろう。

 アレクシアも休暇に入ってすぐにライゼンフォート邸に帰ってしまった。

 何人もの護衛に囲まれて。

 最後に、


「絶対遊びに来るから!」


 と言い残していたけれど、隣で聞いていたアシュレイさんの反応を見るに、それは難しそうだった。

 少し悲しそうな表情で首を横に振っていたのだ。

 まず許可は降りない、という感じだった。

 アレクシアを見送った私たちは部屋に戻り、休暇中の計画をたてることにした。

 木の月の間は外出できなかったから、今月は二ヶ月ぶんのお小遣いが手元にある。

 やっぱり街にお買い物に行きたい。

 この間は買えなかった高価なアクセサリーにも十分手が届く。

 ベルーナを誘ってもいいかもしれない。

 ハインスは……誘わない方が良いだろう。

 寮から人が少なくなるまでの数日は、そんな感じでだらだらと過ごした。




「ねぇ、広間にチェスやトランプしに行かない?」


 ある日、私がそうユーリに声をかけると、


「えっ? チェスやトランプするのにわざわざ広間に行くの? ここですればいいじゃん」


 と、もっともなことを言われた。

 でもそれではダメなのだ。

 この計画は他の生徒の目の前で遊ぶことによってみんなの興味を引き、それをきっかけに仲良くなることが目的なのだから。

 部屋で二人で遊んでいても意味がない。

 それをユーリに説明すると、


「なんだ、やっぱり何か企んでたんじゃん」


 とあきれた顔をされた。

 けれどユーリもその案に反対はせず、


「でも確かにみんなも興味ありそうだったもんね」


 とうなずいてくれた。

 ユーリの了承がとれたところで私たちは広間に向かった。


 私の狙い通り、広間にはぽつぽつと生徒がいたけれど、みんな退屈そうにしていた。

 やっぱりみんなやることがないのだろう。

 私たちはそういった生徒の視界に入りそうな位置に陣取り、チェスとトランプをテーブルの上に広げる。

 何人かの視線を感じた。

 まず私たちはチェスを始める。

 二人とももうルールは完璧に覚えた。

 ババ抜きでは全然勝てなかった私だけどチェスはちょっとずつ上達してきていて、ユーリよりは少し強くなった。

 アレクシアにはまだまだ全然勝てないけれど。


「はい、チェックメイト!」

「ダメだ、ババ抜きなら勝てるのに……」


 今回も私が勝った。


「残念だったねユーリ、二人じゃババ抜きはできないよー」


 私は余裕の笑みを浮かべる。

 するとユーリは悔しそうに、


「今はアレクシアがいないからなぁ。他に一緒にやってくれる人がいたら良いんだけど……」


 と言った。

 でもよくみるとチラチラと周りの様子をうかがっているように見える。

 なるほど、そういうことか。

 理解した。


「ねー、トランプは二人でできる遊びは少ないもんね。大勢いたら色んな遊びができるのに……」


 私はユーリの策にのることにした。


「困ったなぁ。誰か一緒に遊んでくれる人いないかなぁ?」


 私たちは声を少し大きめにして、困った困ったと言い合う。

「一緒に遊んでくれる人を探しているぞ」というアピールだ。

 どうやらこの作戦は功を奏したらしい。

 こちらに向けられる視線があからさまなものに変わってきた。

 あと一押しだ。

 ここで私は賭けに出た。

 私は一番近くに座っていた二人組の男子に声をかける。


「ねぇ、良かったら一緒にやらない?」


 とびっきりの笑顔を添えて、だ。

 その二人がさっきからこっちを気にしているのには気づいていた。

 私はいけると確信していた。

 しばし顔を見合わせた二人だったけれど、


「いいの?」


 と、少し期待を込めた目をこちらに向けた。

 よし、食いついた!


「もちろん! 人数が多い方が楽しいよ!」


 ユーリも笑顔で二人を迎える。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 二人は少し照れくさそうにしながら私たちの近くの席に座った。




「おい! お前なんで『2』を二枚も持ってんだよ!」

「お前だってジョーカー持ってたじゃないか」

「はい、8切りであがりー!」

「えー、またレイナ一番?」


 私たちは『大富豪』というゲームをしている。

 ババ抜きと比べるとルールが難しいけれど、大人数でやると楽しい遊びだ。


「くっそー、もう一回やろうぜ!」


 と二人組の片方、カイルが悔しそうに言う。

 カイルは短い黒髪の、やんちゃそうな感じの子だ。


「ほとんどずっとレイナが勝ってるもんな。少しは手加減してくれよ」


 そう文句を言うのは二人組のもう片方、リックだ。

 リックは癖のある栗色の髪の子で、カイルに比べると落ち着いている。

 二人とも遠くの村出身で、ほとんど同じタイミングで寮についたことから仲良くなったらしい。


「ふふん、二人とも強いカードの使い方が勿体ないんだよ。ここぞと言うときに使わないと」


 私は上から目線で二人にアドバイスする。

 ババ抜きは絶望的に弱い私だけど、大富豪は得意だった。

 カイルとリックが初心者というのもあるけれど、ユーリにもほとんど勝ちをゆずらず連戦連勝だ。


「ねぇ……」


 そんな感じで私たちが盛り上がっていると突然声をかけられた。

 あまり耳慣れない声だ。

 私は声のした方を振り向く。


「私たちも一緒に遊んでいい?」

 そう遠慮がちに声をかけるのは、最初の授業の時に近くの席に座っていた三つ編みの女の子だった。

 確か名前はシンディと言ったはずだ。

 よくみるとシンディの後ろにももう一人女の子がいる。


「いいよ! 一緒に遊ぼう!」


 断る理由なんか無い。

 私たちはにっこり微笑んで二人を受け入れる。

 シンディともう一人の子も嬉しそうに近くの席に座る。


「人数も増えたしババ抜きやろっか!」


 ユーリの提案に思わず私は真顔に戻った。

 ユーリがいたずらっぽい視線をこちらに向けている。

 してやったりという表情だ。

 ユーリめ……、私にチェスや大富豪で勝てないのがそんなに悔しいか。

 もちろん私は負けまくった。


 シンディと一緒にいた子はマリューという名前で、黒髪と眼鏡が特徴だ。

 おとなしそうな子で、初めてユーリと会ったときと似た雰囲気を感じる。

 マリューはおとなしそうな皮を被ったいたずらっ子じゃないよね?

 ユーリとは違うよね?

 私は少し不安に感じた。


 その日一日で四人とずいぶん打ち解けることができた。

 別れ際にリックに、


「今日は出掛けてていなかったけど、今度他の友達も誘っていいかな?」


 と聞かれた。

 もちろん、と私とユーリはうなずく。

 みんなトランプをかなり気に入ったようだ。

 今回は人数が多かったからチェスは教えなかったけど、次から少しずつ教えてあげようと思った。

 それからも私とユーリはちょくちょく広間にトランプとチェスを持って遊びに行き、その場にいた子たちと一緒に遊んだ。

 寮に残っているのは私たちを含めて十人もいなかったから遊ぶメンバーはほとんど一緒で、休暇前に比べればかなり仲良くなれたと思う。

 どれもこれもアレクシアがトランプとチェスを貸してくれたお陰だ。

 だから私はことあるごとに、これはアレクシアからの借り物でドラッケンフィールではまだまだ珍しいものなのだ、ということを強調しておいた。

 負けたときにトランプを放り投げる癖のあるカイルが泣きそうな顔をしていた気がするけど、気のせいではないだろう。

 少し反省しなさい。

 それでも、


「ライゼンフォートさんってやっぱりすごいんだね……」


 というみんなの表情はこれまでと違い、アレクシアを純粋に尊敬しているように見えた。

 どうやら私の計画はうまくいったようだ。

 いや、この計画はまだ終わりではない。

 肝心のアレクシアが今は寮にいないのだ。

 みんなとアレクシアが仲良くなって初めて、この計画は完遂したと言える。

 休暇の間に仲良くなれたのはドラッケンフィールから遠く離れた村出身の子たちばかりだ。

 ライゼンフォート家とアレクシアの事情に詳しいドラッケンフィール出身の生徒だとこうはうまくいかないだろう。

 私の友達作り計画はこれからが大変なのだ。

 まだまだ頑張るぞ!

 改めてそう決意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る