第九話 アレクシアの気持ち

 アレクシアの告白を聞いて私たちは驚愕した。

 だとしたらアレクシアはお嬢様などというものではない。

 世が世ならお姫様ではないか。

 ユーリもライゼンフォート家についてはある程度知識があったようだけど、目の前にいるアレクシアが旧王家の血を継いでいることは知らなかったらしく、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 口が開いていて少しだらしない表情だ。

 いつもは私のことをだらしないなどと注意してくるのに……。

 話を戻そう。

 十大貴族と十大都市の成り立ちや十年前の大戦のことなど、私にはまだわからない部分も多くあったけれど、アレクシアの悲痛な面持ちからアレクシアがおかれている立場の難しさは伝わってきた。

 他の一年生との微妙な距離感にも、入学式の時の周囲の反応にも合点がいった。

 三人で一緒に遊んでいるときにアレクシアが時折見せていた悲しげな表情の意味も、今なら理解できた。




「それで、あなたたちはどうするの?」

「え?」


 私にはその問いかけの意味がわからなかった。

 しかし、アレクシアは初めて出会った日の夜のような不安そうな顔で、いやその時以上に不安そうな顔で私たちに再び問いかけた。


「私の立場を知って、あなたたちはこれからどうするの?」


 私にはやっぱり意味がわからない。

 私は特になにをどうするつもりもない。

 今まで通りだ。

 けれど、ユーリはその問いに正面から答えた。


「入学式の時にも言った通り、私はアレクシアの味方だよ。これからも」


 その答えを聞いてアレクシアは一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべたけれど、すぐにもとの表情に戻る。


「でもあなたも思いしったでしょう? 私に向けられる周囲の視線を。このまま一緒にいるとあなたもその対象になるかもしれないのよ? きっと楽しい学校生活なんて送れなくなるわ」


 アレクシアは自分の寂しさを棚にあげて、私たちを心配してくれているのだろう。

 それはありがたいことだ。

 しかし、それでもだ、とユーリは言い切った。


「少なくとも私はアレクシアと一緒に過ごしたこの何日かは楽しかったよ。それがこれからも続くなら、学校が楽しくなくなることなんてないと思うの」


 アレクシアは目を伏せ、「ありがとう、ユーリ」と呟いた。

 そして目線をあげると私の方に向き直る。


「レイナ、あなたは?」


 そう問われて私は返答に困る。

 さっきも言った通り、私も今まで通りなにも変えるつもりはない。

 これからも休みにはアレクシアと一緒に遊ぶだろうし、授業も一緒に受けるだろう。

 最初はその通りに答えようかとも思った。

 しかしその前にひとつ確かめたいことがある。


「アレクシアはどうしたいの?」


 さっきからアレクシアは私たちの意思を確認するばかりだ。

 私にとって肝心な、「アレクシアがどうしたいか」という部分については一切触れていない。

 私も、そしてきっとユーリもアレクシアの気持ちにはなんとなく気づいているのだろうけれど、やっぱり本人の口から聞きたいのだ。

 私の問いにアレクシアはハッとしたような表情をする。

 そして、


「あなたもゼノヴィアと同じことを言うのね……」


 そう言って少し目を細めた。


「そうね、まだ私の気持ちを伝えていなかったわね」


 アレクシアは一度目を閉じて大きく深呼吸した後、意を決したように言った。


「私は……あなたたちと友達になりたいわ」


 そして不安と諦めとほんの少しの期待が入り交じったような、とても複雑な表情で私たちを見つめた。

 そんなに不安に思うことなんてないのに。

 と、私は思う。

 でもきっとアレクシアにとってはそれが普通なのだろう。

 周囲に期待することなどとっくの昔にやめてしまっていたのだ。

 私はユーリと顔を見合わせた後、アレクシアに告げる。


「私たちはとっくにアレクシアのこと友達だと思ってるよ?」

「……本当に?」


 アレクシアは、期待していいのか?といった表情で問う。


「もちろん。アレクシアは魔法学校で初めてできた私たちの友達」


 それを聞いたアレクシアは、


「ありがとう。ありがとう、二人とも……」


 と泣き出してしまった。

 私たちは慌ててアレクシアに駆け寄り、その肩を抱く。


「だから、アレクシア。これからもよろしくね? 一緒に勉強頑張ろうね」

「うん、うん……」

「休みの日には一緒に遊びに行こうね? そうだ、アレクシアが街を案内してよ!」

「うん、うん!」


 私たちが交互に声をかけるとその度にアレクシアはうなずき、また涙が溢れ出していた。

 アレクシアが泣き止むのにしばらく時間がかかった。


 ようやくアレクシアが落ち着いた頃に、すっかり存在を忘れていたゼノヴィアさんがスーッと現れ、


「私からもよろしくお願い致します。アレクシアお嬢様はこれまでとても孤独な幼少期を過ごしてこられました。ご本人は平気だとおっしゃっておられましたが、そんなことあるはずがございません。お二人には是非お嬢様と仲良くしていただきたいのです。この通りです」


 と言って深々と頭を下げる。

 それを見たアレクシアが、


「ちょっとゼノヴィア、余計なこと言わないでよ!」


 と顔を真っ赤にしていた。

 恥ずかしそうにもじもじしているアレクシアを横目で見ながら私たちは、


「もちろんです、ゼノヴィアさん。心配しないでください」

「アレクシアは私たちの大切な友達です。絶対に寂しい思いなんてさせません」


 と胸を張って頷く。

 それを聞いたゼノヴィアさんは、


「ありがとう存じます」


 と、もう一度深々と頭を下げ、そのまま現れたときと同じようにスーッと消えていった。

 その様子をアレクシアは嬉しそうな恥ずかしそうな顔で見つめていた。

 そんなアレクシアに視線を戻すと、泣き腫らした目元は真っ赤だったけれど、その表情はとても晴々として見えた。


「これで話はおしまいよ。二人とも、長い時間付き合ってもらって悪かったわね。もうずいぶん遅い時間になってしまったわ」

「そうだね。明日から授業も始まるし、早く寝ないとね」


 私たちはうなずき合い、自分の部屋へと帰ることにした。




「ねぇ……」


 部屋を出る寸前、アレクシアに呼び止められる。


「明日も一緒に……」


 その表情にはまた少し不安が混じっているように見えた。

 長い間に培われた他者に対する不信感は、そう簡単に拭うことはできないのだろう。

 そんなことを考えていると、いきなりユーリがアレクシアのほっぺをむにーっとつねった。


「いたっ、ちょっとユーリなにするのよ!」

「だってアレクシアまた不安そうな顔してるんだもん。その罰だよ!」

「うっ、ごめんなさい……」


 それでよし、とユーリは満足そうに微笑む。

 あっけにとられてその光景を見ている私にユーリはあきれた顔で、


「レイナまたぽかんとした顔して、だらしないよ」


 と言ってきた。

 アレクシアの話を聞いてぽかんとした顔をしていたのはどこのどいつだ!

 でもそれはユーリが場の雰囲気を和ませようとしてとった行動なのだろう。

 私は喉まで出かかった言葉をのみこんで肩をすくめた。


 私たちは笑顔で別れの挨拶を済ませ、自分の部屋に戻った。

 部屋の明かりを消してベッドに入ると私はユーリに声をかける。


「ねぇ、ユーリ」

「なぁに?」

「良かったね」

「うん、本当に良かった」


 短く言葉を交わすと私は満足して目を閉じた。

 そして、昨夜の悪夢を見てからまだ一日しか経っていないことに気づく。

 今日はいろんなことがあった。

 明日からもいろんなことがあるだろう。

 それを楽しみにしながら私は眠りにつく。

 今夜はぐっすり眠れそうだ。




 その時私は、アレクシアを巡る問題はこれで全て片がついたと思っていた。

 しかしこれは魔法学校一年生の間に起きる事件の序章に過ぎなかったのだ。


『明日からもいろんなことがある』


 それはある意味的中していた。

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