閑話 アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート

 私の名前はアレクシア。

 アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート。

 ライゼンフォート家の一人娘だ。

 アシュテリア共和国に十ある大都市のひとつ、ドラッケンフィールに住んでいる。

 ライゼンフォート家はドラッケンフィールに住む他の人々と比べても格段に裕福で、私が幼い頃からおよそ生活に困ることはなかった。

 お父様も私のことを大切にしてくれたし、家にはたくさんの使用人がいて、何をするにも不自由などなかった。

 私のわがままは大抵通ったし、欲しいものは何でも手に入った。

 そう言うと誰からも羨ましがられるだろう。

 しかし、私のこれまでの人生は幸福とは言いがたかった。


 ドラッケンフィールに住む者でライゼンフォートの名前を知らぬ者はいない。

 それだけライゼンフォート家はドラッケンフィールと密接な関わりがある。

 そしてもうひとつ、ライゼンフォート家と関わりが深いものがある。

 それこそが旧アシュテリア王国の王家だ。

 それらの事を話すには、まずはアシュテリア共和国の成り立ちから説明しなければならない。


 まだアシュテリアが王政だった時代。

 そして大国と呼べるほど大きくもなかった時代の話だ。

 いずれは魔法学校の授業でも教わることになるのだが、当時のアシュテリア王国は大陸最強と呼ばれた魔術師や騎士たちを集めて、周辺国を次々に侵略していった。

 統合された国々の名前は、今でもアシュテリアの十大都市としてその名前が残っている。

 つまり、ドラッケンフィールを含むアシュテリアの大都市は、元をたどるとかつてアシュテリア王国に滅ぼされた国々の中心都市だったということになるのだ。

 集められた魔術師や騎士たちは『神託の騎士』と名付けられ、世代交代を重ねつつもその力を遺憾なく発揮し続けた。

 強大な戦力を有したアシュテリア王国は連戦連勝。

 最終的には大陸の南西、五分の一近くにまで領地を拡大することとなる。

 しかし、急速な領地の拡大により、次第にその統治に苦労するようになった。

 そこで統治者として白羽の矢がたったのは、次期国王になる可能性が潰えた王族の者たちだった。

 アシュテリアの王族に生まれたからには、誰しもが幼少期から国の統治を学ぶことになっていた。

 他の者が時期国王に決まり国王になる道は閉ざされてしまったとはいえ、それまでに学んだ知識を有効活用するべきだと判断されたのだ。

 当時の国王はそういった者たちに新たな姓を与え、占領した国の中央都市に総督として派遣していった。

 キルシアスのグレナベルゼ。

 ウォーレンハイトのラディアーレ。

 エクスクラストンのドレッセン。

 イーリスのベアカルナ。

 ダーレンシアのレスタマーレ。

 シエンポートのコルトア。

 グランフェストのエルデッド。

 リュースレットのギルベスタン。

 ヴェルナッシュのラルバクライン。

 そして、ドラッケンフィールのライゼンフォート。

 これらが旧アシュテリア王国の十大都市と十大貴族だ。

 ミドルネームの『アッシュ』はアシュテリアを縮めたもので、十大貴族が王族に連なる家系であることを示している。


 王族から切り離され総督として大都市に赴任してきた十大貴族の始祖たちだったが、統治者としての腕は確かで、その子孫も長きにわたり大都市を中心とした周辺地域をよく治め発展させてきた。

 先の内乱の結果、政変が起こったことでアシュテリアが王政から共和制に代わり、十大貴族は総督としての地位を失ったものの、大都市の行政の多くは十大貴族無しでは成り立たぬほどその家系から輩出される人材によって支えられていたため、政変から十年経った今でも大都市における十大貴族の影響力は強い。


 内乱が終結した後で王族の者たちは、民を切り捨て国家を混乱に陥れた大罪人としてその全員が処刑された。

 王族の血を引く十大貴族であったが、その家系が王族より別たれたのは比較的歴史の浅いライゼンフォートでも三百年以上、古い家系だと五百年近く昔であるため特に処罰の対象にはならない……とはいかなかったのが問題だった。

 十大貴族の婚姻はほとんどの場合十大貴族同士で行われている。

 しかし、稀なことではあるが、王家に生まれた者が嫁入り、あるいは婿入りしてくることがあった。

 そして私のお母様は旧アシュテリア王国最後の国王の妹君の娘、つまり姪にあたる人物だった。

 これはかなり色濃く王家の血を引いていると言えるだろう。

 国王の妹君、つまり私のお祖母様も政変の際に処刑された。

 当時私を妊娠中であったお母様にも累が及ぶかどうかという状況だったそうだ。

 しかし、最終的に私たちは助かった。

 なんでも政変を成功させたレジスタンスのリーダーがキルシアスのグレナベルゼの子息で、私とお母様に同情的だったということらしかった。

 なんとか助かった私とお母様だったけれど、お母様にとっては辛いことの連続で心労も酷かったのだろう。

 私を生んですぐに病に臥せり、そのままこの世を去ってしまった。

 親や兄弟が全員処刑され、周囲からは王族の血を引くものとして冷やかな視線を向けられるのだ。

 当然と言えば当然と言えるかもしれない。

 だから私はお母様の顔を知らない。


 お母様が亡くなったことでもうひとつ困ったことがあった。

 お母様が存命であった頃はお母様が最も色濃く旧アシュテリア王族の血を引く人物であった。

 しかしお母様がいない今、この私こそが最も色濃く王族の血を引く存在となってしまったのだ。

 これこそが私のこれまでの人生が幸福とは言えない唯一にして最大の理由だ。


 ドラッケンフィールは比較的戦火の影響を受けなかった地域ではあるが、それでも戦で家族を失った者は数多くいる。

 そういった者たちの恨みや憎しみは、当然その原因を作った王族に向けられる。

 王族の直系の者は全員が処刑されたものの、それですべてを忘れろというのも土台無理な話だ。

 そして今はその憎悪の対象になる存在は一人しかいない。

 この私だ。

 ドラッケンフィールではまだましであるけれど、最も王族に恨みを持つものが多い中央ではどんな視線にさらされることか。

 悩みはそれだけではない。

 この国には未だに王家の再興を目論む『旧王国派』と呼ばれる者たちが存在する。

 旧王国派が新たな御輿として担ぎ上げようとするのも当然私だ。

 あちこちで「ライゼンフォートの娘を国王に!」と暴れる者が後を絶たないらしい。

 そういった状況のなか、「やはりあのとき親子共々処刑しておくべきだったのでは?」という声があるのも知っている。

 ドラッケンフィールでは、ライゼンフォート家がこれまで街を統治してきた実績があるため、ライゼンフォートの一人娘である私に表立って攻撃的な態度をとる者はほとんどいない。

 しかし、私の味方をしてくれる者もいない。

 みんな私を遠巻きにして、ある人は恨みを込めて、ある人は同情するように、またある人は無関心を装って、見つめてくるだけだ。

 そんな複雑な立場に生まれた私は、幼い頃から暗殺や誘拐といった危険にさらされ続けてきた。

 私を守るために命を落とした護衛もいる。

 たまたま近くにいた、というだけで巻き込まれて大怪我を負った者もいる。

 当然友達と呼べる人物など誰一人としていなかった。

 そう、つい最近までは。




 去年の終わり、私は他の同い年の子供と同じように魔力の測定を受けた。

 その結果、私は魔法学校に入学することになった。

 それが決まったとき、最初私は喜ぶ、というよりほっとした。

 私のお父様はドラッケンフィールの魔法学校の卒業生だし、お母様も中央の魔法学校の卒業生だった。

 親戚もそのほとんどがそうだ。

 周囲の反応も当然だ、といった感じだった。

 けれどすぐに私は、魔法学校にとある可能性を見出だした。

 学校に通うことになれば同年代の友達ができるかもしれない。

 私にとって初めての友達だ。

 私は魔法学校に入学するのが少し楽しみになった。

 私はお父様に頼み込んで、早めに魔法学校に行けるようにしてもらった。

 少しでも他の生徒と接する時間を長くするためだ。

 お父様は私を心配して、これまでも私の護衛を勤めていたゼノヴィアを連れていくようにと言ったけれど、私は少し嫌だった。

 学校でいつもゼノヴィアと一緒だと友達ができにくいかもしれない。

 私はゼノヴィアに普段は気配を消しておくように頼んだ。

 ゼノヴィアは闇属性魔術に高い適正を持つため、その程度のことはお手のものだ。


 けれど、そうまでして挑んだ私の友達作り計画は初日にして頓挫した。

 寮監のフランセスさんが他の生徒たちに、「この子はライゼンフォートの……」と紹介してしまったからだ。

 それを聞いた生徒達の表情が変わるのがわかった。

 もちろんフランセスさんには悪気はなかったのだろうし、むしろフランセスさんは私をあくまで一人の生徒として他の生徒と平等に扱ってくれる数少ない人物であるため、私はフランセスさんのことが好きだ。

 ただあの人は面倒見が良いように見えて少しそそっかしいところがある。

 私としてはもう少しみんなと仲良くなってから打ち明けるのが理想だったのだが……。


 そうこうしているうちに私が魔法学校に到着して七日ほど経った。

 寮の生徒は続々と増えてきたけれど、私は友達を作ることができずにいた。

 それもそのはず、魔法学校に早めに到着するのはドラッケンフィール出身の子供が多い。

 そんな子達の中には元々知り合いだった子も多く、私がライゼンフォートの娘だということは一瞬で広まってしまったようだった。

 ドラッケンフィール以外の出身の子達も、子供ながらにそういった雰囲気を察したのか、積極的に私に話しかけてくることはなかった。

 学校が始まるまでの間、寮で過ごすのは酷く孤独を感じて辛かったため、私は寮の外に出掛けるのが日課となった。

 その日もいつものように出掛けようとしたところ、フランセスさんに連れられた二人の女子生徒に出会った。

 どちらもドラッケンフィール出身の子では無さそうで、特に金髪の子はいかにも辺境の村出身という身なりをしていた。

 寮の他の生徒に挨拶しても避けられることの多い私は、ついその二人にも挨拶をせずに立ち去ってしまった。

 今でこそ失礼なことをしたと思うが、そのときは特になにも感じなかった。

 きっとこの二人もそのうち私を避けるようになるのだから、同じことだと思ったからだ。


 その日の夕食の時にも二人を見かけた。

 どうやら仲の良い二人らしく一緒に座っていたけれど、食事の受け取りかたがわからなかったらしくあたふたしていた。

 大方フランセスさんが伝え忘れたのだろう。

 全くあの人は……。

 私は教えてあげようか悩んだけれど、結局行動に移すことができなかった。

 最終的に二人は他の人の様子を見て食事の受け取りかたを知ったようだった。

 その様子を見ていた私は、ほっとしたような、残念なような気持ちになった。

 残念というのは、自分が助けてあげれば友達になれたかも知れないという後悔の気持ちだ。

 もし次にチャンスがあったら助けてあげようと思った。


 そしてそのチャンスはすぐに巡ってきた。

 その後入ったお風呂で、金髪の子がシャンプーを手に取ったものの使い方がわからずに困っていたのだ。

 ドラッケンフィールの子供ならあり得ない光景につい可笑しくなり、思わず笑ってしまった。

 私の笑い声に気づいたのか二人が振り向く。


「食堂でも思ったんだけど、やっぱりあなたたち田舎の子なのね」


 言った瞬間「しまった」と思った。

 いくらなんでも失礼すぎる物言いだった。

 金髪の子も少しムッとした表情になる。

 しかし、私にはその素直な反応が好ましく思えた。

 私の回りにいるのは常に私の顔色をうかがうか、そもそも私に近づこうともしない者ばかりだ。

 しかしこのまま誤解させておくのもまずい。

 私は二人と友達になりたいのだ。

 私は慌てて弁解と自己紹介をした。

 自己紹介の時にライゼンフォートのことには触れなかった。

 伝えることなど出来なかった。


 その二人は、青みがかった黒髪の子がコンラート村のユーリ、金髪の子がヘイグ村のレイナと名乗った。

 私は二人にシャンプーの使い方を教えようとしたのだと告げ、レイナからシャンプーを受け取り使い方を実演した。

 しかしレイナは一体私のどこを見ていたのか、とても乱暴に洗い始めたので、私が代わりに洗ってあげることにした。

 せっかくの綺麗な金髪なのにもったいない。

 その点ユーリはしっかりしていそうで安心だった。


 洗い終わった後は三人で湯船に浸かり、それぞれの出身地のことを話したりした。

 それはごくごく短い時間であったけれど、私にとってはここに来て、いや生まれて初めての同年代の子供との心ゆくまでの交流だった。

 その後も一人お風呂に残ったレイナがのぼせたりして大変だったが、あっという間に別れの時間がやって来てしまった。

 別れ際に私は次の日も一緒に遊ぼうと二人に提案してみた。

 内心では断られるんじゃないかとびくびくしていた。

 けれど二人はそんな私の心配をよそに、一緒に遊ぼう! とうなずいてくれた。

 その瞬間の私は天にも昇る思いだった。

 人生で一番嬉しかったかもしれない。

 自分の部屋に帰るとゼノヴィアに今日の出来事を話した。

 ゼノヴィアは気配を消しながらも常に私のそばにいるのでほとんど全部を見ていたはずだけど、私の話をほんの少しだけ微笑みを浮かべながら最後まで聞いてくれた。

 仕事の時のゼノヴィアは感情を表に出すことはほとんど無いのだけれど、私の喜びが伝わったのだろう。

 ゼノヴィアも一緒に喜んでくれているのが伝わり、私はさらに嬉しくなった。


 次の日も約束通りレイナとユーリは一緒に遊んでくれた。

 その次の日もだ。

 一度二人の知り合いの上級生を紹介されたときは私の正体が知られるのではないかとひやひやしたけれど、一年生以外には私の名前や見た目は伝わっていないようでひと安心した。

 二人と一緒に遊ぶのはとても楽しかった。

 遊ぶと言っても広間でお喋りをしたり学校の近くを散歩したりするだけだ。

 二人にとってドラッケンフィールの街は新鮮であるかも知れないけれど、私にとっては見慣れたいつもの風景だ。

 それでも私にとっては幸せなひとときだった。

 その幸せが、二人が真実を知るまでのほんのわずかな時間しかないとわかっていたから、私はその時間を終わらせたくなかった。

 なるべく早く伝えなければならないと思っていた私の生い立ちのことも、なかなか言い出すことが出来なかった。

 二人なら私の生い立ちを知っても態度を変えたりはしないと信じたかったけれど、今までの嫌な経験がどうしてもその邪魔をした。

 結局私は問題を先送りにしてしまった。

 しかし、とうとうその日はやってきた。




「アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート」


 入学式でその名が呼ばれた途端、周囲のざわつきが嫌でも耳に入った。

 たくさんの視線が私を突き刺す。

 あぁ、この視線だ。

 私はこの視線をよく知っている。

 幼い頃から常にこの視線にさらされて生きてきた。

 もう慣れっこだ。

 そう思っていたけれど今回は少し違った。

 周囲の反応を聞いて少し不思議そうな、そして私を心配するようなレイナとユーリの姿が視界の隅に映る。

 二人の視線を感じ、私の心がズキリと痛んだ。

 久しく忘れていた感覚だ。

 もうとっくに失くしたと思っていた。

 二人と過ごしたこの数日の経験は想像以上に私の心の壁を脆くしていたようだ。

 自分の心を守るために幼い私が必死に築き上げてきた心の壁だ。

 二人を心の壁の中に招き入れたのは私なのに、自業自得なのに、私はなんだか嫌な気分になった。




「アレクシア……」


 魔力の測定を終えた私にレイナが話しかけてきたけれど、私は「後で話すわ」とぞんざいに扱ってしまった。

 レイナが私を本当に心配してくれているのか、それとも単に興味本意で色々聞き出そうとしているだけなのか、わからなくなってしまったからだ。


「ねぇ、アレクシア?」


 レイナが魔力の測定をしている間にユーリにも話しかけられた。


「私たちはアレクシアの味方だよ?」


 ユーリは周りの反応から私の立場を、正確にではないがある程度察しているようだった。

 それはきっと心からの言葉だったのだろう。

 しかし私は、


「あなたたちに私の何がわかるの?」


 と言ってしまった。

 味方、その言葉は私にとっていいイメージの言葉ではない。

 私の味方だと言って近づいてくる人物が本当に味方だったためしはない。

 当然ユーリはそんなこと知るよしもないし、悪気など全くなかったのだろうけど、その時の私にそれを思いやる余裕はなかった。

 それっきりユーリは話しかけてこなかった。


 入学式を終えて昼食をとると、私は一人でさっさと自分の部屋に戻った。

 なんとか気持ちの整理をつけたかった。

 一番簡単なのは、レイナとユーリによって崩された心の壁を再び築き直し、二人を遠ざけることだ。

 そうすれば何もかも元通りだ。

 私はこれまで通り旧王家の血を引くライゼンフォート家の一人娘として孤独に生きていく。

 レイナとユーリはそんな私に不満を抱くかもしれないが、すぐに私のことなど忘れて他の友達を作るだろう。

 あの二人は思いやりのある優しい子達だ。

 私なんかがいなくても、いやむしろ私なんかいない方が楽しい学校生活を送れるだろう。

 そうだ、それがいい。

 それでみんな丸く収まる。

 私は寂しい思いをすることになるけれど、一人でいるのは慣れっこだ。

 同い年の子供たちとの交流は、もう十分楽しんだ。

 私は満足だ。

 そう自分に言い聞かせて、私は心に壁を築く作業に取りかかる。

 幼い頃から慣れ親しんだ作業だ。

 辛いことがあると、こうして自分の心を守るように壁で囲んできた。

 決して他人を寄せ付けない、とても強固な壁のはずだった。

 まさかこんなに簡単にレイナとユーリに崩されるとは思っていなかったけれど。

 今度はもっと頑丈に作ろう。

 しかし、その作業は遅々として進まなかった。

 頭では必要なことだとわかっているのに心がそれを拒絶する。

 壊れた部分をどんなに塗り固めようとしても、自分の心が内側から再び壊してしまう。


「ねぇ、ゼノヴィア」


 途方にくれた私はゼノヴィアに呼び掛けた。


「なんでしょう、お嬢様」

「私は、どうしたらいいと思う?」


 その問いには様々な意味が込められていた。

 説明しろと言われても難しいかもしれない。


「お嬢様はどうしたいのですか?」


 その答えに私は少し驚いた。

 主の質問に対して質問で返すなど、ライゼンフォート家に仕える者としてあり得ないことだ。

 しかし、私にはそれを咎めることなど出来なかった。

 そんな余裕などなかった。

 私の心に押し込めていたものが一斉に溢れ出したからだ。

 脆くなっていた心の壁が音をたてて崩れ去るのを感じた。

 その時私は気づいてしまった。

 今まで私が築き上げてきた心の壁は、私の心を守るためのものなどではなかった。

 私の孤独な気持ちを他人に悟られないように、自分でも気づかないように、心の奥深くに押し込めておくための壁だったのだ。

 そして一度溢れ出してしまった気持ちはもう止められなかった


「私は、もっと二人と仲良くなりたい。もっと二人と一緒に遊びたい。一緒にお喋りしたり、街で買い物したりしたい。三人で一緒に勉強して、一緒に魔法学校を卒業したい。そしてまだ行ったことのない街にもいってみたい。それから、それから……」


 言葉を紡ぐ度に涙が零れ出した。


「二人と友達になりたい……。ねぇ、ゼノヴィア。私はどうしたらいい?」


 私は泣きじゃくりながらなんとか最後まで思いを告げ、再びゼノヴィアに問う。

 その様子を見届けたゼノヴィアが微笑む。

 それは私が一度も見たことのない優しげな笑顔だった。


「でしたら、お二人にすべてを話すのがよろしいかと。お嬢様の生い立ちを、そしてお嬢様のお気持ちを。ご自身の言葉で」


 私は二人にすべてを話す決心をした。

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