第八話 ライゼンフォートのお嬢様
入学式が終わり、寮に戻ってもアレクシアの機嫌はなおらなかった。
寮の広間でフランセスさんが明日から始まる授業について説明している間も、終始憮然とした表情を崩すことはなかった。
魔力の測定のときに名前を呼ばれて以降、アレクシアはずっとこんな感じだ。
そういえば、アレクシアはあのときずいぶん長い呼び方で呼ばれていた。
『アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート』
私たちにはそんな長い名前は無い。
私は『レイナ』で終わりだし、ユーリも『ユーリ』で終わりだ。
同じ名前の人と区別したいときに、『ヘイグ村の』とか『レイラさんのとこの』とか前につけて呼ばれるくらいだ。
お母さんやヘイグ村のみんなもそうだし、ドラッケンフィール出身の人もそうだ。
入学式では誰一人そんな長い呼び方をされる生徒はいなかった。
そう、アレクシア以外は。
今思えば、あの場にいた人たちは『ライゼンフォート』という部分に反応していたようだった。
『ライゼンフォート』という名前に何か意味があるのだろうか。
自分で考えてみてもきりがないが、かといって本人に直接聞くのも気が引ける。
私が入学式の時に聞こうとしたら、「後で話すわ」と、アレクシアは答えるのを拒んだ。
あの時のアレクシアの目を私はよく知っている。
私のお母さんが自分の過去について話すことを拒むときの目だ。
お母さんには私や村のみんなに言いたくない秘密があるのだ。
そして、アレクシアにも。
でも、あれだけ多くの人が反応を見せたと言うことは、その秘密を知っている人は多いのではないか。
ドラッケンフィール以外の出身の生徒は周りの反応に困惑する人も多かったが、ドラッケンフィール出身の生徒はほとんど全員が知っているようだった。
本人に聞かずとも、そのうち嫌でも知ることになるかもしれないな。
けれどそんな形でアレクシアの秘密を知るのは不本意だ。
色々と悩んでいると今までは特に気にならなかった部分までも気になるようになってきた。
一番気になったのは私たち三人と他の一年生との間の微妙な距離感だ。
いや正確に言うと、アレクシアと他の生徒との間の距離感だ。
アレクシアは私とユーリが寮に到着するよりもずいぶん早く寮に来ていたようだ。
しかし、私たちと仲良くなるまでアレクシアに仲が良い友達がいるようには思えなかった。
私たちが寮に到着したとき、すでに広間ではいくつかの仲の良いグループができていたけれど、アレクシアはどのグループにも属していなかった。
そして私たちとアレクシアが仲良くなったあとは、私たちにはそれ以上仲の良い友達ができることはなかった。
挨拶する程度には言葉を交わすけれどそれだけだ。
特にドラッケンフィール出身の子にその傾向が強かったように思う。
けれど、その子達もアレクシアに対して悪い感情をもっている様子ではなかった。
興味と警戒が入りまじったような、つかず離れずといった微妙な距離感でこちらの様子を伺っているような、そんな感じだった。
ドラッケンフィールの子達にとって、アレクシアはいったいどういう存在なのだろう?
明日の授業の説明を受けたあとは昼食をとった。
いつも通り三人で一緒に食べたが、やはりどうしても口数が少なくなってしまった。
食事を終えたところで、
「この後どうしようか?」
と話題をふってみたけれど、
「私は少し部屋で休むわ。ごめんなさいね」
と、アレクシアは一人で部屋に戻ってしまった。
私とユーリは顔を見合わせる。
「ねぇ、どう思う?」
「どうって言われても……。私たちがどうにかできる問題じゃなさそうだよね……」
それにしてもライゼンフォートねぇ……。とユーリが首をかしげる。
「何か知ってるの?」
「うーん、なんかどこかで聞いたことあるような、無いような……。なんだったっけなぁ」
ユーリは眉間にしわを寄せて考え込んでいるが思い出せないでいるようだ。
「部屋に戻ってもすること無いし、とりあえずベルーナのとこに遊びに行く?」
そう提案すると、「そうしよっか」とユーリもうなずいた。
五年生寮へと向かう最中もユーリは、
「うーん、ライゼンフォート。ドラッケンフィールのライゼンフォート……」
と、呪文のようにぶつぶつ呟いていた。
正直言って不気味だ。
だんだんユーリに対するイメージが変わっていく気がする。
五年生寮に到着した私は、もはや顔馴染みになった寮監さんにベルーナを呼んでもらう。
ちなみに五年生寮の寮監さんは五十歳くらいの男性だけど、名前はまだ知らない。
ロビーでしばらく待つとベルーナがやって来た。
リディアさんとミレイユさんも一緒だ。
「二人とも改めて入学おめでとう! リディアとミレイユもお祝いを言いたいからってついてきたの」
ベルーナに続いてリディアさんとミレイユさんからもお祝いの言葉をもらった。
私たちは感謝をのべる。
「今日はアレクシア……さんは一緒じゃないんだね?」
ベルーナのアレクシアの呼び方が変わっている。
この間までは『アレクシアちゃん』と呼んでいたはずだ。
ドラッケンフィール出身でなくても上級生ならアレクシアの秘密を知っているようだ。
「今日はびっくりしたよ。ライゼンフォートのお嬢様が入学してくるのは聞いていたけど、まさかあのアレクシア……さんがそうだったなんて」
「本当に。私たちも名前や見た目は知らなかったし、初対面の時は『アレクシア』としか名乗らなかったから……。二人は知っていたの?」
ミレイユさんの問いに私たちは首を横に振った。
「そっかぁ、じゃあもしかして今でも彼女がどんな人物か知らなかったりする?」
リディアさんに聞かれ、今度は首を縦に振る。
「うーん、まぁ隠したい気持ちもわかるからなぁー」
私たちからは教えないでおくよ。
と、リディアさんは困ったように頭をかいた。
「それでも彼女とライゼンフォート家のことはこの街に住む人間にとっては常識だし、授業でも教わるくらいだから、ここで暮らしていく以上は避けては通れないよ。他人から聞くくらいなら本人の口から聞いた方が良いと私は思うな」
リディアさんはそうアドバイスをくれた。
その後もリディアさんは、
「それにしても、言っちゃあ悪いけどライゼンフォートのお嬢様が田舎から来た二人なんかと仲良くなるなんてねー。いや、逆にその方が本人にとっても楽なのかもねー」
とか呟き続け、「それ以上言わないように」と、ミレイユさんにたしなめられていた。
「この話はここまでにしようよ。それよりもレイナちゃん、魔力の測定のときずいぶん手間取ってなかった?」
笑顔のベルーナに聞かれ、私は正直に本人確認用の魔導具をもらい忘れて帰るところだったことを告白した。
みんなは笑い声に包まれる。
ユーリには爆笑された。
だって夢みたいなことにならずにほっとしたら、一気に気が抜けちゃったんだもん!
私は、ロメルク先生に「かなり魔力が豊富だ」と言われたことも話した。
ベルーナたちには驚かれ、ユーリには羨ましがられた。
「私はそんなこと言われなかったし、ミレイユたちもなかったでしょう?」
「そうねぇ、夢とは正反対の結果になって良かったわね、レイナちゃん」
「はい!」
みんなに褒められ上機嫌になっていた私は、ここでお母さんの言葉を思い出す。
『最初に良い成績を残せても慢心しちゃダメよ』
こんなところで慢心してはいけない。
思わぬところに罠があった。
その後は明日から始まる授業のことに話が及んだ。
最初に習うのは文字の読み書きからだから、私は平気だろうと言われた。
ユーリはコンラート村でよく見かけた単語を読める程度だそうで、少し不安そうにしていたけど。
もし、ユーリが困っていたら教えてあげよう。
アレクシアはどうなのかな?と思ったけれど、その心配は無用だそうだ。
ライゼンフォート家の子がその程度のこと教わっていないはずがない、と言っていた。
しばらく雑談を続けていると、奥から一人の女子生徒がベルーナたちを呼びに来た。
この後何か約束ごとがあったようだ。
じゃあ今度は学校でね、とベルーナたちは私たちを送り出してくれた。
私とユーリはその辺をぶらぶら散歩した後一年生寮に戻った。
その頃には夕食の時間になっていた。
アレクシアは食堂にも広間にもいなかったので部屋に呼びに行ってみたけど、反応はなかった。
仕方なくユーリと二人でご飯を食べることにした。
魔法学校に到着した日以来の二人きりの食事だった。
食事の後は二人でお風呂に入った。
思えばお風呂で初めてアレクシアと話して以来、いつも三人で行動していた。
一緒に過ごしたのはまだほんの数日だけど、アレクシアはすごく優しい良い子だ。
ちょっと素直じゃない時もあるけど、それもアレクシアの魅力のひとつだと思う。
私としてはこれからもずっと仲良くしていきたいと思っているけど、アレクシアはどう思っているんだろう?
そんなことを考えながらお風呂から上がり、広間に向かう。
するとそこにはアレクシアがいた。
「アレクシア……」
私が声をかけるとアレクシアは困ったような、けれども何かを決意したような表情を浮かべて切り出した。
「二人に少しお話があるのだけれど、この後私の部屋に来てもらっても良いかしら?」
当然私たちには断る理由もない。
このタイミングでの話など、アレクシアとライゼンフォート家に関わる話に違いない。
本人が話してくれるというのならそれに越したことはない。
私たちがうなずくと、アレクシアは意を決したように自分の部屋へと私たちを促した。
私たちはアレクシアの部屋の場所は知っていたけど、中に入ったことはなかった。
初めて中に入った私たちは驚いた。
部屋の作りは同じだけれど、おいてある家具は私たちの部屋のものより格段に豪奢なものだった。
共通の家具の他に大きな鏡台や、ドレスのような服がたくさんかかった衣装掛けなんかもある。
呆気に取られる私たちをよそに、アレクシアは何者かに呼び掛ける。
「ゼノヴィア、二人にご挨拶を」
「かしこまりました」
部屋の隅から突然聞こえた声に、私たちは再び驚いて振り向く。
さっきまで誰もいないと思っていたのに、そこには黒い衣装に身を包んだ若い女性が立っていた。
すらりとした体型で、短めの銀髪が黒い衣装と強烈なコントラストを生み出す、ミステリアスな雰囲気を纏った人物だった。
「
その女性、ゼノヴィアさんは自己紹介を終えると そのままスーッと消えてしまった。
いや、そこに人がいるとわかっている今なら辛うじてゼノヴィアさんの姿が見える。
何かの魔術だろうか。
さっきはこの魔法のせいでゼノヴィアさんの存在に気づかなかったのだろう。
「私は必要ないって言ったんだけど、お父様がどうしてもとおっしゃるから私についてくれているの。中央の魔法学校を卒業した優秀な闇属性魔術の使い手よ」
アレクシアがゼノヴィアさんについて補足説明をする。
「それでは、本題に移るわね。と、その前に。二人は他の誰かから私とライゼンフォート家について、もう何か話を聞いたりしているかしら?」
「いや、何も聞いてないよ。あ、でもドラッケンフィールの街と深い関わりがあるってことだけは……」
私が首を横に振るとユーリが突然おかしな声をあげた。
「あぁ! ドラッケンフィールのライゼンフォート!」
私は驚いてユーリの方を見る。
この部屋に来てから早くも三度目の驚きだ。
ユーリが恥ずかしそうな顔をする。
「ごめん、どこで聞いたのかやっと思い出して……。でも、私が言うよりアレクシアから聞く方が早いよね」
「そうね。本当はもっと早く話すべきだったのかもしれないけれど、なかなか話せなくて……。ごめんなさいね」
アレクシアは申し訳なさそうな顔で謝る。
しばらくの沈黙の後アレクシアは話し出した。
ライゼンフォート家とアレクシアのおかれている現状について。
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