第七話 魔法学校の入学式
私は大広間のステージの上で大勢に見つめられながら魔力の測定を受けていた。
魔力の測定を担当していたグリンウィル先生が私に告げる。
「どうやら君には魔力が無いようだ。入学は何かの間違いだったらしい」
私の後ろで待っていたアレクシアが怒りだす。
「魔力もないのにこの魔法学校まで田舎からわざわざやって来るなんて、なんて身の程知らずなの! 信じられないわ!」
アレクシアとはここ数日ですごく仲良くなった。
アレクシアは絶対にこんなことを言う子ではないはずなのに……。
次に、先に魔力測定を終えていたユーリがやって来た。
「レイナ、魔力なかったの? みて、私なんてこんなに魔力を持ってたみたい」
そう言って私に向かって手をかざすと私の体が宙に浮き始めた。
「私がヘイグ村まで送り返してあげる!」
ユーリの言葉通り、私の体はだんだんと大広間の外に押しやられていく。
「待って、ユーリ! ベルーナ、助けて!」
私はベルーナに向かって助けを求めるがベルーナは私に冷たい視線を向けただけだった。
その隣ではハインスが女の子とイチャイチャしていた。
顔がよくわからなかったけど、あれがハインスの彼女だろうか。
気がつくと私はヘイグ村にいた。
周りには見慣れた村人たちが行き交っている。
だけど誰も私には気づいてくれない。
その中にジルムントさんを見つけた。
私はその袖にすがりつく。
「ジルムントさん! あの、私どうしたらいいかわからなくて、それで……」
しかし、ジルムントさんは私を鬱陶しそうに振り払い、立ち去っていってしまった。
一人残された私は途方にくれる。
「そうだ、家に帰ろう……」
家にはお母さんがいるはずだ。
お母さんならきっと私に優しくしてくれるに違いない。
私はとぼとぼと自分の家に向かう。
その途中でもやはり誰からも見向きもされなかった。
心が折れそうになりながらもなんとか家にたどり着き、ドアを開ける。
「ただいま、お母さん」
そこには私の大好きなお母さんが、いつもと変わらぬ姿で椅子に腰かけ、本を読んでいた。
それを見て私はひと安心する。
「ねぇ、お母さん。私、魔力持ってなかったみたい。学校を追い出されちゃった」
私はお母さんに話しかける。
しかし、お母さんも私に対して反応を示してくれなかった。
「ねぇ、お母さん。お願い、返事して?」
私が肩をつかんで揺さぶるとお母さんはようやく顔をあげ、
「レイナ?」
と優しげな表情で問いかけた。
「お母さん! 私だよ、レイナだよ! 良かった、村のみんなは私に気づいてくれなかったけど、お母さんだけは気づいてくれて」
けれど、どうもお母さんの様子がおかしい。
お母さんは表情を変えず再び、
「レイナ?」
と呼び掛ける。
その目は私を見ていなかった。
「ねぇ、お母さん。私はここだよ? お願い、こっちを向いて?」
「レイナ!」
ついにお母さんは立ち上り、私をおいてどこかへ行ってしまった。
私はひとりぼっちになった。
「レイナ!」
その声で私は目が覚めた。
隣でユーリが私を心配そうに見つめていた。
「大丈夫? すごくうなされてたよ。『お母さん、お母さん』って何度も繰り返して」
全部夢だったみたいだ。
私はほっとして額に手をやる。
額は寝汗でびっしょりと濡れていた。
本当に嫌な夢だった。
「ごめんね、起こしちゃった?」
外はまだ真っ暗だ。
夜明けはまだ遠い。
「ううん、大丈夫。私もトイレに行きたくて起きたところだったから」
ユーリはそう言ってくれたが、それは私に気を使ってのことだったのだろう。
その後トイレに向かうわけでもなく自分のベッドに腰かけた。
「すごく嫌な夢を見たの……。入学式で魔力がないって言われちゃって、ヘイグ村に追い返される夢」
「うわぁ、それは嫌な夢だね。もし現実になったらと思うと……、考えたくないなぁ。でもそれでなんでお母さんが?」
「それは……」
私は言いかけてやめる。
夢の中ではお母さんだけでなく他の村人からも気づいてもらえなかったけれど、やっぱりお母さんに気づいてもらえなかったのが一番悲しかった。
思い出しただけで最後に一人残された心細さがよみがえってくる。
ユーリに話したら泣いてしまいそうだ。
「ごめん、言いたくない……」
「そっかぁ、夜が明けたら入学式だもんね。いろいろ不安に思っても仕方ないよ」
そう明日、というよりもう日付は変わっているだろうから、今日は入学式なのだ。
そんな時にこんな夢を見るなんて……。
今まで魔法学校に対して抱いていた小さな不安が膨れ上がった気がした。
「じゃあ、おやすみ。今度はぐっすり眠れるといいね」
「うん、ありがとうユーリ。これからも仲良くしてね?」
なんで今さらそんなこと言うの? とユーリに笑われた。
夢の中でユーリにヘイグ村まで送り返されたから、なんて本人には絶対言えない。
言えないけれど、ついこの間裏切られたことを私は忘れていないぞ。
「こちらこそよろしくね。学校でも仲良くしようね」
その返事に私は大きくうなずいてベッドに横になった。
そしてお母さんからもらったお守りを服の上から握りしめる。
あれはただの夢だもんね。
お母さんはいつでも私の味方だよね?
握りしめた宝石はいつもと同じ、ほんのりとした熱を持っていた。
結局その日はいまいち寝付けないまま朝を迎えてしまった。
私は眠い目を擦りながら広間に向かう。
広間ではアレクシアが待っていた。
今日は入学式だからか、いつも以上に髪の毛がきれいに整えられている気がする。
「入学式の朝だっていうのに、ずいぶん遅いじゃない」
「うん、ちょっと嫌な夢見ちゃってあんまり寝付けなかったの」
「ふーん」
大変ね。とアレクシアは相槌を打つ。
「ねぇ、アレクシア。もし私魔力持ってなかったらどうしよう?」
「何? そんな夢を見たの?」
と、アレクシアがあきれた顔をする。
「そんなことあるわけないじゃない。魔力測定の魔導具が間違っていたなんて話、聞いたことないわ」
だからそんな顔やめなさい、とアレクシアは続けた。
「そっか、そうだよね」
やっぱりアレクシアは優しいな。
夢とは全然違う。
私は少し安心した。
「ねぇ、アレクシアはもうご飯食べたの?」
ユーリが聞くと、
「まだよ。一緒に行きましょう!」
と、アレクシアは嬉しそうな笑顔を見せる。
その様子を見て、
「もしかして私たちを待っててくれたの? アレクシアは寂しがりやさんなんだね」
と、ユーリがからかうように微笑む。
なんだか最近のユーリはだんだんいたずらっぽい一面を見せるようになってきた。
第一印象は大人しそうな子に見えたのに、人は見かけによらないものだ。
それを聞いたアレクシアは、
「そ、そんなわけないでしょう! 私もついさっき起きただけよ!」
と怒ったように言い、つんとそっぽを向いた。
さっきは私たちのことをずいぶん遅いとか言っていたのに、アレクシアは素直じゃないな。
私たちは顔を見合わせて笑った。
「もう、さっさと行くわよ!」
アレクシアは顔を真っ赤にして一人で食堂に向かってしまった。
私たちもそれに続く。
今日の食事は入学式の朝だからだろうか、いつもより少し豪華だった。
私にとっては寮の食事はいつも豪華なのであまり違いはわからなかったけど、アレクシアがそう言うのだからそうなのだろう。
高価な具材をふんだんに使っているのだと教えてくれた。
食事を終え広間に戻ると、フランセスさんが生徒を集めていた。
いよいよ入学式へと向かうらしい。
全員揃うまで広間で待機だと言われた。
しばらく待っているうちに残りの生徒が続々と集まってくる。
寮で暮らすうちにすっかり顔馴染みになった生徒もいれば、最近見かけるようになったばかりの生徒もいる。
数えてみようと思ったが三十人をこえたあたりからわからなくなった。
「全員揃ったわね」
しかし、フランセスさんはきちんと人数を数えられたようだった。
すごい。
広間にはたぶん五十人くらい集まっている。
「それではこれより大広間に向かいます。私の後についてきてくださいね」
フランセスさんを先頭に生徒がぞろぞろと寮を出て行く。
「私たちも行きましょう」
アレクシアに促され私たちも歩き出す。
昨夜見た夢のせいか、やっぱり私の足取りは少し重い。
それを察したユーリが、
「そんなに心配することないよ。魔力の多い少ないはあっても、全くなくて追い返されることなんてあるわけないよ」
と、励ましてくれる。
ユーリに手を引かれながら私はゆっくりと歩みを進めた。
「ここが大広間よ。みなさんは入場したら一番前の席に座ってもらいます。魔力の測定と登録が始まったら、名前を呼ばれた生徒から一人ずつステージに上っていってくださいね」
フランセスさんは大広間へと続く扉の前で一度私たちを止めた。
「ステージの上では、九歳になったときの魔力測定と同じように魔導具に手を触れてもらうことになるわ。そして最後に本人確認用の魔導具を受け取っておしまいになるので、そうしたらもとの席に戻ってください。では、入場しますよ」
そう言うとフランセスさんは大広間の扉を開けた。
ベルーナに案内してもらったときは誰一人いなかったその部屋に、今日はたくさんの人がいた。
在校生や教師たちだろう。
その視線が一斉に私たちを突き刺す。
夢で見た光景と同じだ。
私はまた少し怖くなった。
それでも新入生の列は進んでいくから、歩みを止めることはできない。
震える心を落ち着かせながら、なんとか前を歩くアレクシアに遅れないようついていく。
昨日までは入学式の時にハインスやベルーナを探してみようと思っていたけれど、いざこの状況になるとそんな余裕は全くなかった。
ややうつむき加減で席にたどりついた私は、そのまま腰かける。
背後から何百人もの視線を感じ、顔をあげることもできなかった。
新入生全員が席についたところで、ステージ上に一人の男性が上がった。
私は恐る恐る顔をあげる。
五十を少し過ぎたくらいの歳だろうか。
やや小柄でほっそりとした体つきだったが、短く刈り込んだ白髪と浅黒い肌、そしてその厳つい表情は歴戦の猛者を思わせる。
そんなことを考えながら見ていると、その男性が急に話し出したので私はびくっとした。
決して声を張っているようではなかったが、この広い大広間全体によく響く声だった。
「新入生の諸君、ドラッケンフィールの魔法学校へようこそ。私が校長のヴィルヘルムだ」
その男性、ヴィルヘルムさんはどうやらこの学校の校長先生だったようだ。
ヴィルヘルム先生はそのまま挨拶を続ける。
「中には知っている者もいるかもしれないが、この世界の人間の持つ魔力総量は年々減少の一途をたどっている。さらにそれに輪をかけて、今このアシュテリアは深刻な魔術師不足に悩まされている。先の相次ぐ対戦で多くの魔術師が命を失ったからだ。それによって国のあちこちで不都合が生じている。この国が共和制になって十年がたち内政はある程度安定してきているが、いまだにそれらの傷は癒えてはいない。しかも、だ。先の対戦で一度は退けたミスリームとドラギュリアだが、いつ次の侵攻があってもおかしくはない。北東の大国アルスやその周辺の小国も力をつけていると聞く。近い将来必ず、多くの魔術師が必要となる時が来るだろう」
ヴィルヘルム先生の話は難しく、わからない部分も多かった。
しかし、現在この国のおかれている状況が大変で、魔力をもった人がたくさん必要になるということは伝わってきた。
「私たち魔法学校の教師は、諸君ら魔力をもって産まれた才能ある子供たちを、必ずや一人前の魔術師とするべく尽力することを誓おう。しかし、私たちにできることは教えることのみだ。教えたことをどう吸収するか、どう生かすかは君たち自身にかかっている。時には挫折を味わうこともあるかもしれない。それでも途中で投げ出したりせず、この六年間で多くのことを学んで欲しい。ここで学んだことは諸君らの糧となり、決して無駄になることはないのだから」
そこまで言ってヴィルヘルム先生はふっと表情を緩める。
今までの厳つい表情はどこへやら、とても優しい雰囲気に見えた。
「と、まぁ難しいことばかり言ったが君たちには魔法学校での生活を楽しんで欲しい。ドラッケンフィールもいい街だ。特にはるばる遠くの村々から来た者たちにとっては目新しいことも多いだろう。あくまで学生の本分は忘れぬ程度に遊びにも興じるといい」
ヴィルヘルム先生は最前列に座る私たちを端から端まで見渡す。
「私からは以上だ。君たちを歓迎しよう」
最後にそう結ぶとヴィルヘルム先生はステージを降りた。
そのとたん後ろから拍手が鳴り響く。
在校生や教師たちが拍手しているようだ。
つられて私たちも拍手した。
ヴィルヘルム先生の挨拶はとても心に残った。
校長先生ということはこの学校で一番偉いのだろう。
もちろん初対面ではあったが、この人以上に校長にふさわしい人はいないと思えるような風格だった。
拍手が鳴り終わったところで女性の声が響いた。
「次に新入生の魔力の測定と登録に移ります」
私は心臓をぎゅっと捕まれるような気がした。
ステージの上に男性教師と女性教師が一人ずつ上がる。
「私が新入生諸君の魔力測定と登録を担当するロメルクだ」
「私はジェインといいます。私が順に名前を呼ぶので、呼ばれた生徒はこちらへ来てください」
男性教師がロメルク、女性教師がジェインというらしい。
魔力測定の担当はグリンウィル先生ではなかった。
夢とは違う。
私は少しほっとした。
まず最初に呼ばれたのはアレクシアだった。
「アレクシア・アッシュ・ライゼンフォート」
ジェイン先生が読み上げる。
あれ? ずいぶん長いな?
私がそう思ったのも束の間、周りでざわめきが起きた。
「あれがライゼンフォートの……」
という声が聞こえた気もする。
もしかしてアレクシアって有名人?
そんな周りの声に気づいていないのか、アレクシアは平然とした顔で壇上へと上がった。
そしてロメルク先生と少し言葉を交わしたあと、魔力測定の魔導具に触れる。
それが終わるとさらに二言三言交わし本人確認用の指輪型の魔導具を指にはめ、自分の席に戻ってきた。
アレクシアを見る周囲の目が少し変わっている気がした。
「アレクシア……」
私が声をかけようとすると、
「後で話すわ」
と遮られてしまった。
その後も次々と生徒の名前が読み上げられていった。
次の生徒は名前しか読み上げられなかった。
その次の生徒もだ。
さらにその次の生徒は出身の村の名前も読み上げられていた。
どうやらドラッケンフィール出身の生徒は名前だけ、他の町や村出身の生徒は出身地も読み上げられるようだった。
しかし、アレクシアのように長い名前を読み上げられる生徒は一人もいなかった。
三十番目くらいにユーリの名前が呼ばれた。
ユーリは緊張した面持ちでステージに向かい、他の生徒と同じようにロメルク先生とやり取りをして席に帰ってきた。
帰ってきたユーリはほっとした様子だった。
そしてとうとう残り数人と言うところまで来てしまった。
もしかしたらこのまま私は名前が呼ばれないのでは?という新たな不安が沸き上がってきた頃に、
「ヘイグ村のレイナ」
と私の名前が呼ばれた。
呼ばれた瞬間私は心臓が飛び跳ねるかのように感じた。
私は体が緊張でカチカチになりながら壇上へと向かう。
「では、この魔導具に両手で触れなさい」
ロメルク先生が水晶のような魔導具を差し出してきた。
私は震える手でそれに触れる。
「ほぅ?」
その魔導具を見つめるロメルク先生が少し驚いたような声をあげた。
「かなり豊富な魔力だ。君には期待ができそうだ」
もう手を離していいよ、と言って優しく微笑みながら魔導具を引っ込める。
私は全身から力が抜けていくのを感じた。
良かった、私にはちゃんと魔力があった。
それもかなり豊富だそうだ。
悪夢は現実にならなかった。
一気に緊張がとけ、そのまま帰ろうとした私に、
「こらこら、まだ終わりではないよ」
とロメルク先生が苦笑しながら本人確認用の魔導具を手渡す。
「す、すみません」
私は恥ずかしさでうつむきながらその魔導具を受け取った。
「では、それを指にはめなさい」
その指輪型の魔導具は私の指には大きく見えたけど、実際に指にはめてみると輪の部分がきゅっと縮まりちょうどいい大きさになった。
「よろしい、これで登録は完了だ。君の魔法学校への入学を認めよう。その魔導具はそれを証明するものだから決してなくさないように」
「ありがとうございました」
私はペコリと頭を下げ、ステージを降りた。
ステージに上るときと降りるときの気分は天と地ほどの違いがある。
あ、ハインスとベルーナが笑顔で私を見てくれている。
私は二人ににっこりと微笑み返す。
私は微笑みを浮かべたまま自分の席へと向かう。
しかし、その微笑みはすぐに真顔に戻ることになった。
私の席の両隣には少し憮然とした表情のアレクシアと、そんなアレクシアの様子を見て困ったような表情を浮かべるユーリが座っていた。
そんな二人に私は浮かれた報告などできず、
「はー、緊張した」
とだけ告げて間に座った。
その後も式はつつがなく進んだ。
最後にまた先生の誰かがステージに上り挨拶をしていたけれど、アレクシアの様子が気になって内容はほとんど頭に入ってこなかった。
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