第五話 ドラッケンフィールの魔法学校

 峠を越えるとそこには真っ白な街が広がっていた。

 私はその光景に眼を奪われた。

 広大な草原を埋め尽くすかのような白い街並みは、日差しを浴びて輝いて見えた。

 私が今まで見てきた建物はほとんどが土かレンガでできていた。

 この白い建物はいったい何でできているのだろう。

 それにこれだけ建物が密集しているのも初めて見た。

 今は峠の上から見下ろしているから全貌が見えるが、一度あの街の中に降り立ってしまえばすぐに方向感覚を失いそうだ。

 その白い街並みを、巨大な川が東西に分断していた。

 私には森から流れてくる小川くらいしか縁がなかったので、それが川だと認識するのに少し時間がかかってしまったくらいだ。

 あっけにとられてベルーナを見ると、


「ね、ビックリするでしょ? ここに魔法学校があるんだよ? ほら、ここからでも見えるあの緑の屋根の建物が魔法学校だよ。」


 と、教えてくれた。

 ベルーナの指差す方を見ると、ドラッケンフィールの西側の真ん中辺りに、一際大きな緑の屋根の建物があった。

 その建物の東と西には高々と一対の塔がそびえ立っていた。

 あの建物なら街の中でも見失わないかもしれない。

 私はちょっとだけ安心した。

 それを隣で聞いていたハインスが、


「あれがこの街の代表たちが集まる行政施設で、あっちにはヘイグ村出身の魔法学校卒業生が働く研究施設があるんだ」


 とか張り切って教えてくれたけど、魔法学校の他の建物はどれも似たり寄ったりでどれのことかいまいちわからなかった。

 コンラート村も大きな村だったけれど、やっぱり大都市は規模が違う。

 ユーリも眼を真ん丸にして驚いていた。

 何もかもが初めての街。

 それが私たちがこれから六年間生活することになる、大都市ドラッケンフィールだった。


 ドラッケンフィールに入るまでに、グリンウィル先生が軽く街の造りを教えてくれた。

 中央に流れる大河、ミゼリー川の東側は商業区と呼ばれ、中央や他の都市からやってくる商人や旅行者などが滞在し、物の売買や観光をおこなう区域だそうだ。

 宿や商店、娯楽施設が立ち並び、連日大にぎわいらしい。

 魔法学校のある西側は居住区だ。

 この街の住人のほとんどはこの居住区に家を持つ。

 行政施設や研究施設もこちら側に位置する。

 居住区には、食料や衣服など生活の必需品の店ばかりであるため、住人たちも休日には商業区に遊びに行くそうだ。

 互いの区域を行き来するには船を使う。

 ミゼリー川は広大すぎて橋がかけられないため、日に何度か連絡船が出るらしい。

 私はもちろん船なんて見たことも乗ったこともないので休日が楽しみだ。

 ベルーナと二人でドラッケンフィールを見て回る約束をしたもんね!

 あ、でもユーリも一緒に連れていってあげたいなぁ。


 私たちをのせた馬車は居住区側にある門のひとつに向かった。

 ドラッケンフィールに入る馬車は、必ず門を通り守衛の審査を受けなければならないらしい。

 通常であれば、ある程度厳しいチェックが必要になるのだけれど、一目で魔法学校のものだとわかる馬車とグリンウィル先生の持つ証明書のおかげであっさりと通ることができた。


 馬車はそのまま魔法学校に向かっていく。

 やっぱりあの塔は街の中にいてもよく目立ち、魔法学校のある場所がすぐにわかった。

 これなら一人で出かけても迷子にならないぞ、と思っていたけれどそんなことはなさそうだった。

 塔が見える方向にまっすぐ進む道は存在せず、馬車はあっちを右にこっちを左にとくねくね曲がりながら進んだ。

 しかも周りの建物はどれも似たような白い建物ばかりだから、私はあっという間に道がわからなくなった。

 見慣れない風景に眼をまわす私をダンケルさんが、


「まぁ、迷子になっても塔に近づくように進んでいけばいつかは着けるよ。」


 と励ましてくれたけれど、それにしたって不安なものは不安だ。

 ドラッケンフィールを見て回るときは絶対にベルーナのそばを離れないようにしようと誓った。




 何度目かになる角を曲がると、不意に大きな門が目に飛び込んできた。

 その門の中には今まで目印にしていた一対の塔があった。

 魔法学校に到着したのだ。

 この門にも守衛さんがいて馬車の審査がされたが、今回はグリンウィル先生だけでなくハインスやベルーナ、ダンケルさんの本人確認もされていた。

 魔法学校の生徒には入学式で本人確認用の魔導具が渡されるらしく、学校への出入りの際に必要になるのだそうだ。

 小さな宝石がついた指輪のような魔導具だ。

 新入生である私やユーリは当然持っていないため、性別と人数の確認だけだった。


 門をくぐってすぐに馬車を降ろされた。

 降りた馬車は御者さんがそのままどこかへ御していった。

 馬車を停めるところがどこかにあるのだろう。

 そういえばこの旅の間中、御者さんとはほとんど口を利くことがなかった。

 結局名前もわからずじまいだったな。

 そんなことを考えながら御者さんを見送った。


 魔法学校は遠くから見ても大きくて目立つ建物だったけれど、こうして近くで見るとやっぱり迫力が違った。

 真っ白な壁はこの街の他の建物と同じだけど、よく見ると細部まで意匠を凝らしてあるのがわかる。

 装飾の一つ一つが魔法的な意味を持つのだとグリンウィル先生が教えてくれた。

 そして何より建物の東と西にそびえる一対の塔の存在感だ。

 遠くから見てもよく目立つその塔は、下から見上げると目が回りそうなほど高く、長く見ていると首がいたくなってきた。

 どういうときにこの塔に上るか知りたかったけれど、


「授業の時にたまに使うよ」


 としか教えてもらえなかった。


 校舎の周りには、私たちより先に学校についていた生徒らしき人が何人か歩いていた。

 このまま私たちも校舎の中に入るのかと思ったけれど、まずは寮に挨拶に行くのが先だそうだ。

 寮は校舎の裏側にあるらしい。

 グリンウィル先生は、到着の報告をしに行くと言って校舎の中に入っていった。


 ベルーナの案内で校舎の裏に周り寮へと向かった。

 そこには同じような構造の建物が6つ並んでいた。

 一学年でひとつの建物を使うのだろう。


「えーと、今年の新入生は……右から二番目の寮だね。私たち五年生は左から三番目の寮にいるから、もし何かあったらおいで?」


 と、ベルーナが教えてくれた。

 寮は左から三年、四年、五年、六年、一年、二年の順に並んでいるそうだ。


 なんでそんなわかりづらい順に並んでいるのか気になったので聞いてみると、


「毎年建物を移動していくと面倒だし部屋を間違える生徒がどうしてもでてくるから、前の年に六年生が使っていた寮に新入生が入って、在校生は同じ建物をそのまま使うようになったらしいよ」


 とダンケルさんが教えてくれた。

 確かにそう考えるとこの並び順も合理的な気がする。




「じゃあ私たちは自分の寮に行くから、二人も寮監さんに到着の挨拶をしておいで? あ、そうだもし良かったらこの後私が学校の中を案内しようか?」


 別れ際にベルーナがそんな提案をしてきた。


「え、いいの!? 行きたい行きたい!」


 私は眼を輝かせて頷いた。

 早く学校の中を見てみたいと思っていたけれど、一人で入る勇気はなかったのでベルーナの提案は渡りに船だ。

 ユーリも、


「私も一緒にいいんですか? ぜひお願いします!」


 と隣で喜んでいる。


「やったね、ユーリ! 楽しみだね!」

「ね! ワクワクしてきちゃった!」

「じゃあ二人とも手が空いたら五年生寮のロビーにおいで。待ってるから」


 そんな様子を見ていたハインスが一緒についてきたそうに「俺も……」と言っていたが、

 ベルーナはそれをジロリと睨むと、


「ハインスはさっさと彼女に会いに行ったら? もう来てるみたいだけど? さっき歩いてるのみたよ」


 と告げた。

 ベルーナの言葉が終わるか終わらぬうちにハインスは、


「マジで?ありがとう、ちょっと行ってくるわ」


 というとそそくさと自分の寮に向かって行った。

 ハインスは現金な奴だ。

 その後ろ姿を見送りながらベルーナが、


「もしかしたら気のせいだったかもね……」


 と呟いていたがハインスには聞こえていないようだった。

 体の良い厄介払いだったようだ。

 私も聞こえなかったふりをした。

 いまいち状況のつかめていないユーリはハインスとベルーナを交互に見比べて困惑した表情をしていたけれど。

 その様子を見ていたダンケルさんは苦笑しながら、


「じゃあ俺も自分の寮に戻るから、二人は魔法学校の生活を楽しんでね。最初のうちは慣れなくて大変かもしれないけど」


 と言って六年生寮に向かって行った。


「それじゃあまた後でね」

「うん、また後で!」

「はい、失礼します」


 私たちはベルーナとも別れを告げ、自分達の寮の入口へと向かった。




「こんにちは~」


 恐る恐るドアを開けて中に入ると一人の女性がソファに腰かけて本を読んでいた。

 その女性は私たちの声に振り向くと、にっこり笑みを浮かべて立ちあがり、こちらへやって来た。


「こんにちは、あなたたち今年の新入生? 私は一年生寮の寮監、フランセス。あなたたちの名前もうかがって良いかしら?」


 フランセスさんは四十代くらいの少しふくよかな女性で、優しそうな笑顔が特徴的な人物だった。


「私はレイナといいます。ヘイグ村から来ました。よろしくお願いします」


 私がそう挨拶するとユーリも慌てて、


「えと、私はユーリです。コンラート村から来ました。よろしくお願いします」


 と少し緊張しながら挨拶した。

 フランセスさんは微笑みを崩さずに、


「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。ヘイグ村のレイナにコンラート村のユーリね、ちゃんと名簿にも載っているわ」


 と答えた。

 さらに続けて、


「では早速だけれどこの寮の説明をしながら二人の部屋に案内しようと思うのだけど良いかしら?」


 と言われたので、


「「よろしくお願いします」」


 とユーリと二人で返事をする。


「まぁ、礼儀正しい子達ね」


 とフランセスさんはさらに笑みを深めていた。




「まず入ってすぐのこの部屋がロビー。ここには深夜以外なら基本的に寮監か副監のどちらかがいることになっているの。ロビーより奥の部屋には基本的にその学年の生徒以外は許可なく入ってはいけないから、他の学年の子に用があったら寮監か副監に頼んで呼んでもらうようにしてくださいね」


 フランセスさんはロビーの説明を終えるとロビーの奥にある扉へとわたしたちを促した。

 扉の向こうには広い部屋があり、ソファや椅子、テーブルなどの家具が複数並べられていた。

 さらにはすでに到着していたのであろう生徒が数人、思い思いの場所に座って談笑したりしていた。


「ここは広間。寮生みんなが共有して使う部屋ね。この部屋がこの建物の中心になっているから、自分の部屋から食堂やトイレ、お風呂に行くときはこの部屋を通ることになるのよ。みんなが使う部屋だから自分勝手に使っちゃダメですからね」


 フランセスさんの言う通りこの広間にはロビーから来た扉の他に、さらに扉が二つと二階へと続く階段が二つあった。


「こっちの扉は食堂。学校が始まるまでは朝昼夜の三回食事が用意されるわ。けれど学校が始まってからは朝と夜の二回になるのよ。お昼は校舎の方にも食堂があるからそっちでとるようにしてくださいね。そしてこっちの扉はお風呂とトイレに繋がっているわ。お風呂はいつでも使えますからね」


 お風呂!

 そういえばベルーナも魔法学校にお風呂があるといっていた。

 コンラート村で入ったお風呂はとても気持ち良かった。

 特に石鹸を泡立てるのがすごく楽しかった。

 そのお風呂にいつでも入れるなんて!

 とても素晴らしいことだと思う。


「あの、お風呂に石鹸はありますか?」


 気になったので聞いてみた。

 隣のユーリは「え、今それ聞くの?」という顔をしていたけれど。

 フランセスさんは笑いながら、


「もちろんありますよ。石鹸だけじゃなくて今年からはシャンプーもあるのよ」


 と、教えてくれた。


「シャンプー?」


 初めて聞いた言葉だ。

 ユーリも知らないらしい。


「シャンプーは髪を洗うための不思議な液体よ。石鹸みたいに泡がたって髪の毛がとっても艶々になるんですよ。何年か前に中央で作られて今年からドラッケンフィールでも売られるようになったのよ」


 なんてことだ!

 コンラート村のお風呂にもかなりびっくりしたのに、魔法学校のお風呂はもっとすごいらしい。

 世の中上には上があるものだなぁ、としみじみ思った。

 お風呂に入るのが楽しみだ。

 うふふ。


 お風呂のことを考えている間に心ここにあらずといった感じになってしまっていたようだ。

 フランセスさんに、


「二階の説明をしても良いかしら?」


 と言われようやく正気に戻った。


「二階は生徒たちそれぞれの部屋になっているわ。向かって左側の階段を上ると男の子の部屋、右側が女の子の部屋ね。基本的には一人一部屋なのだけれど、今年の新入生は女の子が少し多いから何人かは相部屋になってもらう必要があるのだけど……」


 あなたたち二人は仲が良さそうだし嫌でなかったらお願いできないかしら?と、フランセスさんに頼まれた。

 私としては願ったり叶ったりだ。

 一人ではいろいろと不安だったのでユーリと一緒の部屋だと心強い。

 ユーリも同じように考えたのだろう。


「ぜひお願いします!」

「私もお願いします」


 と二人でお願いする。


「ありがとう、二人とも。それでは部屋に案内するわね」


 そう言いながらにっこり笑うフランセスさんに続いて私たちは階段を上る。


 階段を上りきったあたりで赤い髪の女の子とすれ違った。

 きれいに整った髪型でヘイグ村では見たことないような模様つきの服を着ていたので、もしかしたらドラッケンフィール出身の子かもしれない。


「こんにちは! フランセスさん」

「こんにちは、アレクシア。今から広間に?」

「いいえ、ちょっとおでかけ! じゃあね!」


 短く挨拶を交わすとその紅い髪の少女、アレクシアは私たちをちらりと見るだけ見て足早に立ち去っていった。


「まぁ、あの子ったら二人にきちんと挨拶もしないで……。ごめんなさいね、悪い子ではないのだけれど……」


 フランセスさんはその後ろ姿を困ったように見つめていた。


 階段の上には一本の廊下がまっすぐのびており、そこにいくつもドアが並んでいた。

 その一つ一つが生徒の部屋なのだろう。

 全部で二十部屋以上あった。

 そのうちのひとつに私たちは案内された。

 部屋のなかには机や椅子、ベッド、タンス、本棚といった家具が2つずつ用意されていた。


「ごめんなさいね、二人分の家具を入れるとどうしても狭くなってしまって……。嫌だったらまだ一人部屋に変えられるけれど、どうしましょう?」


 と、フランセスさんは申し訳なさそうに言っていたが、私にとっては十分すぎる広さに感じた。

 ユーリは、「うーん、まぁこのくらいなら良いかな?」と言っていた。

 ギリギリ許容範囲だったようだ。

 ちなみに私たちが断った場合、最後に寮に到着した子たちを相部屋にする予定だったらしい。

 特に私たちが反対しなかったので、私たちの部屋はここに決まった。




「二人とも、ありがとう。私はロビーにいますから、何か質問があったら来てくださいね」


 そういうとフランセスさんは部屋から出ていった。

 それを見送った私はぴょん、とベッドに飛び込んだ。

 このベッドを見たときからこうしたいと思っていたのだ。

 ベッドは私の体重を受け止めて沈み込む。


「ねぇユーリ、すごい! このベッドふかふかだよ! ふかふか!」

「ちょっとレイナ、お行儀よくないよ」

「だってすごくふかふかなんだよ? ほら、私このまま飲み込まれそう」

「はいはい」


 私がふかふかのベッドを堪能している間にユーリは自分の荷物をタンスにしまっていた。

 ここまでの旅の間にわかったが、ユーリはけっこうしっかりしている。


「ねぇ、そろそろいかない?」


 相変わらずベッドに寝転がる私の上からユーリの声がした。


「え、どこに?」

「ベルーナさんのとこ。魔法学校案内してもらうんでしょ?」


 そうだった、私たちにはベルーナとの約束があるんだった。

 こんなところで油を売っている暇はなかった。


「そうじゃん、早く行かないと! 五年生の寮はどこだっけ?」

「……左から三番目」


 慌てて飛び起きた私の疑問に、すぐにユーリが答えてくれる。

 やっぱりユーリはしっかり者だ。

 答える前に少し呆れたような間があった気もするがきっと気のせいだ。

 私たちはベルーナに会いに行くべく部屋を出た。

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