第四話 道中での出会い

 ヘイグ村を出発してから四日後、魔法学校の生徒を乗せるためひとつの村に立ち寄った。

 ヘイグ村より少し大きな村で住んでいる人も多かった。

 村の名前はリゼンコットといった。

 リゼンコット村に到着したのは夕暮れ時にはまだ少し早い時間だったため、私はハインスやベルーナと一緒にリゼンコット村を見て回ることにした。

 その間、グリンウィル先生は生徒に挨拶に行くそうだ。

 初めて訪れる他の村に私は興味津々だったけど、リゼンコット村はまだまだ辺境の村だからヘイグ村と大きく変わるところはなかった。

 私は早々に興味がなくなったけど、これまでに何度かこの村を通ったことのあるハインスが村を案内しようと張り切っていて少し鬱陶しかった。

 ベルーナが言っていたことがよくわかった。

 ドラッケンフィールでは絶対ハインスと一緒に行動するのはやめようと思った。


 リゼンコット村にはヘイグ村にはなかった宿があった。

 と言っても空いた民家を人が泊まれるように整えただけのところだったけれど。

 今夜はそこに泊まることになった。

 それでも、久しぶりのベッドとちゃんとした食事がある。

 初めての長旅は思っていた以上に私の体に堪えていた。

 グリンウィル先生に


「明日は朝早く出発するから早く寝なさい」


 と言われたが、言われるまでもなくすぐに眠りに落ちた。


 次の朝馬車に乗り込もうとすると、村人がたくさん集まっていてびっくりした。

 よくよく考えてみればヘイグ村でも村人総出でお見送りをしてくれていたのだからリゼンコット村でも同様なのだろう。

 私たちの見送りではないのだけれど、興味津々といった感じの視線を感じた。

 リゼンコット村の方が住人が多いのでたくさんの人に見つめられるのは少しだけ怖かった。

 その視線を掻い潜るようにして私たちは先に馬車に乗り込んだ。


 お見送りが終わってリゼンコット村の生徒が馬車に乗り込んできた。

 男子生徒で学年は六年生らしい。

 名前はダンケルと言った。

 きれいなプラチナブロンドの髪の、爽やかな青年だった。

 毎年送迎の馬車が一緒になるから、ハインスやベルーナとは仲が良いそうだ。

 私にも、


「俺は今年で卒業だけど、よろしくね」


 と挨拶された。

 最後にリゼンコットの村人に挨拶を終えたグリンウィル先生が馬車に乗り込み、次の生徒を乗せる村に向けて出発した。


 ダンケルさんは命の属性の魔法が得意だと言っていた。

 命の属性は回復や再生、成長などを司っていて、この属性の適正が高いと治療魔法を扱いやすくなるそうだ。

 優秀な治療魔術師はどこに行っても引っ張りだこで、食いっぱぐれることはないらしい。

 ダンケルさんの成績は悪くないけどドラッケンフィールで仕事をもらえるかは微妙なところだ、と言っていたけれど。

 ハインスとベルーナにも聞いてみると、二人して顔を見合わせた後なんとも言えない笑みを浮かべていたので、そんなに成績はよくないのだろう。

 二人の前にヘイグ村から魔法学校に入学した人がドラッケンフィールで仕事を見つけられたのは、奇跡のようなものだったらしい。


「レイナちゃんは頑張って良い成績とってね!」

「俺たちの意思を継いでくれ!」


 と二人に言われた。

 私はどちらかと言うとヘイグ村でみんなの役に立ちたいと思っていたけれど、二人の迫力に押されたので曖昧に頷いておいた。




 リゼンコット村を出てからさらに四日後に次の村に到着した。

 コンラートとという名前の村で、ここまで来るとドラッケンフィールや付近の町との交流も盛んになってくるらしく、ヘイグ村やリゼンコット村との規模の違いが遠目からでもわかった。

 ここにも夕暮れ時より少し前に着いたので村を見学することにした。

 今度はハインスの張り切り癖が役に立つかと思ったけど、この村に立ち寄るのは初めてらしく案内はできないと残念そうに言っていた。

 大事なときにハインスは使えない!

 なんでもコンラート村から乗せる生徒は私と同じ新入生で、ここ何年かはこの村から通う生徒はいなかったから素通りしていたようだ。

 ダンケルさんも初めて来たと言っていた。

 結局四人で村を見学したけれど、案内がなかったので宿の回りをうろうろしただけで終わってしまった。

 ヘイグ村には殆ど無かった二階建て以上の建物が目につき、道がわかりづらかったのだ。

 迷子にならずに宿に戻って来れただけでも良しとしよう。


 コンラート村にはドラッケンフィールからも時々商人が来ると言うだけあって、宿は専用の施設として綺麗に整えられていた。

 料理は辺境の村ではなかなか手に入らない調味料や香辛料がたっぷり使われていて、少し味が濃く感じたけどとても美味しかった。

 そして生まれて初めてお風呂に入った。

 ヘイグ村では温めたお湯で体を洗うことはしていたけれど、全身までどっぷりお湯に浸かるなんて経験はしたことがなかった。

 いまいち勝手がわからなかったからベルーナと一緒に入ったけど、魔法学校では寮にお風呂があるから毎日入れるらしい。

 石鹸というものは曲者だった。

 掴もうとしてもつるりと滑って逃げてしまう。

 こするとふわふわと白く泡立った。

 この泡で体を洗うらしい。

 それが楽しくてつい使いすぎてしまいベルーナに怒られた。

 石鹸は高級品だそうだ。


 初めてのお風呂を堪能した後は、さっさと部屋に戻って寝ることにした。

 部屋はベルーナと一緒だ。

 部屋は隅々まで清掃が行き届いていて、ベッドのシーツも真っ白だった。

 ベッドは一つしかなかったので今日も私はベルーナのとなりに潜り込む。

 ベッドも布団もすごくふかふかで暖かく、すぐに眠くなってきた。

 寝る前にベルーナに、この村に来てどんなにびっくりしたかを話すと、


「ドラッケンフィールはもっと広くて建物も大きいし、住んでる人も多いの。お店もいっぱいあって慣れない人だとすぐに迷子になっちゃうかも。魔法学校のご飯はここよりももっと美味しいし、寮もこの宿より綺麗でお風呂も大きいよ。」


 と、笑いながら教えてくれた。

 やっぱり大都市はすごいなぁ。

 ドラッケンフィールに着くのが楽しみだ。

 そんなことを考えながら眠りについた。


 次の朝、馬車の回りにはやっぱり人だかりができていた。

 コンラート村は住人が多いぶんのその数も凄い。

 私たちが馬車に乗り込んでからしばらくして、コンラート村からの生徒が不安そうな顔をして乗り込んできた。

 やや青みがかった黒い髪の大人しそうな女の子で、名前をユーリと言った。

 新入生なので当然グリンウィル先生やダンケルさんとも面識がないし、コンラート村からはしばらく入学生がいなかったから、私と違って、ハインスやベルーナみたいな村の知り合いもいない。

 知り合いのいる私でも魔法学校に行くのに不安があるのだから、たった一人で魔法学校に行くことになったユーリはさぞかし心細いだろう。

 友達や知り合いがいないと寂しいよね。

 私としても、せっかく同い年の女の子と出会えたのだ。

 これから六年間一緒に授業を受けることになる。

 今のうちから仲良くなっておきたい。


「私はレイナ。私も今年から魔法学校に入学するの。よろしくね、ユーリ!」


 と自己紹介した。

 ユーリは自分と同じ立場の子供を見つけたと思ったのか、少しほっとした表情で、


「よろしくね、レイナ。一緒に勉強頑張ろうね!」


 と、返事をしてくれた。

 その様子をベルーナたちは暖かく見守ってくれた。


 馬車が出発してからユーリといろんなことを話した。

 私とハインスとベルーナが同じ村の出身だとわかると少し寂しそうにしていたから、私が慌てて他の人たちから聞いた魔法学校の楽しいところを話すと、眼を輝かせて聞いてくれた。


「それに寮は学年毎に別れるからベルーナたちとは一緒にいられないの。だから私と仲良くしてね?」


 と頼むと快く頷いてくれた。

 コンラート村では三十年以上魔法学校に入学する子供はいなかったらしく、最後に入学した生徒はなんと卒業後は中央で働くことになったため、周りに魔法学校のことを教えてくれる人がいなかったらしい。

 そのときにコンラート村には多額の補助金が中央から送られ、そのお陰で村がずいぶん発展したそうだ。

 大都市以外の出身で中央に呼ばれるような人材なんて滅多にいないから、その人はよっぽど優秀な魔術師だったのだろう、と言っていた。

 グリンウィル先生もその生徒のことは直接は知らないが、今でも名前を聞くことがあるという。


「その人物のように優秀な成績を修められるように励みなさい」


 と、にこやかな顔でプレッシャーをかけられた。

 そんなことを話しているうちにユーリの緊張もだいぶほぐれたらしく、私以外の人ともよく話すようになった。




「これ、あんまり美味しくないね……。昨日の夜もあまり眠れなかったし……」


 ユーリも野宿は初めてだったようで、慣れない保存食や寝袋に戸惑っていた。

 私はそこまで苦にはならなかったけど、ヘイグ村より発展したコンラート村で育ったユーリにはきつかったようだ。

 これにはグリンウィル先生が苦笑しながら頷いていた。

 ドラッケンフィール周辺の町への送迎馬車はもっと豪華で、寝具や食事にも手が込んでいるらしい。

 しかし、辺境の村への送迎馬車だとそうはいかない。

「教師がどこへ向かう馬車に同乗するのかは毎年くじで決めるのだが、今年は……」

 と言いかけて、途中で口をつぐんでいた。

 ハズレだった。とでも言いたかったのだろうか。

 グリンウィル先生は意外と失礼な人だ。


 慣れない野宿に苦しみながらも、私たちの旅は順調に進んでいった。

 最初のうちは疲れがなかなかとれず辛そうだったユーリだけれど、少し慣れてきたのかだんだん元気を取り戻し、私とはずいぶんよくしゃべるようになった。

 ドラッケンフィールの街が見える頃には私たちはかなり打ち解けることができた。

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