第三話 初めての野宿
「君が新しく魔法学校に入学するレイナだね? あらためて自己紹介をさせてもらうよ」
馬車をしばらく走らせたところでグリンウィルさんが話しかけてきた。
グリンウィルさんは少し小太りでやや白髪の混じった黒髪をした人物だった。
何を隠そう私はこれまで村から出たことがない。
馬車に乗るのも当然初めてだ。
興奮してあちこち見回す私が落ち着くのを待ってくれていたのだろう。
それに気づいて私は少し恥ずかしくなる。
ちょっとはしゃぎすぎたかな?
こんなんじゃおしとやかなお母さんみたいになれないな。
「私はグリンウィル。ドラッケンフィールの魔法学校で教師をしている。君が低学年の間は私が直接教えることは無いが、いずれは君も私の授業を受けることになるだろう。よろしく頼むよ」
低学年のうちは文字の読み書きや、計算、各国の成り立ちやこの世界の歴史など常識を学ぶそうで、実際に魔法を学び始めるのは三年生になってかららしい。
グリンウィルさん、いやグリンウィル先生は闇属性の中級以上の魔法を教えているようで、四年生になるまで直接教わることはないそうだ。
でも、読み書きや計算か……。
「あの、私は読み書きや計算はもうできますよ」
と告げるとグリンウィル先生は少し驚いていた。
ドラッケンフィール出身の生徒だと最初から読み書きや計算ができる人も多いが、私みたいに辺境の村出身だと珍しいとのことだった。
ハインスとベルーナも魔法学校に入学するまでできなかったらしい。
ヘイグ村では必要な状況に迫られることがなかったため、あまり違和感は感じなかったけれど。
「あー、それはこの子の母親が魔法学校の卒業生だからかもしれません」
とハインスが告げるとグリンウィル先生は、
「なるほど」
と納得したようだった。
確かに私は小さい頃、お母さんに読み書きや計算を教わっていた。
授業をあまり真面目に受けていなかったお母さんだけど、読み書きや計算はちゃんと覚えていたらしい。
ヘイグ村ではあまり役に立たなかったけれど、おかげで魔法学校での最初の勉強には遅れずについていけそうだ。
おっと、慢心してはいけないのだった。
危ない危ない。
「君の母親というと、見送りのときに最後までついてきていた女性だね?最初に見たときは姉妹かとも思ったが……。何やらペンダントをもらっていたね」
グリンウィル先生はお母さんからもらったペンダントに興味があるようだ。
「ちょっと見せてくれないか?」
と、頼まれた。
私は少し躊躇した。
お母さんから肌身離さずつけているように、と言われたペンダントだ。
今日出会ったばかりの人に、そう簡単に見せても良いものなのだろうか?
私が悩んでいると、
「大丈夫だよ、グリンウィル先生は信頼できる人だから」
と、ベルーナからお墨付きをもらった。
ベルーナが言うなら、と私は服の下にしまっていたペンダントを取り出し、首からは外さないままグリンウィル先生に見せた。
このペンダントは大好きなお母さんにもらった大切なお守りだ。
いくらベルーナのお墨付きがあるとはいえ一瞬たりとも他人に手渡すことはできない。
グリンウィル先生は少し離れたところからペンダントの宝石をしげしげと見つめていた。
その表情からは何を考えているか読み取れなかったが、最終的にほぉ、と息をつくと、
「確かにそのペンダントは強力なお守りだ。君を守ってくれるだけの魔力が込められている。母親の言いつけを守り、大切にしなさい」
と言われた。
もちろん言われなくてもそのつもりだ。
返事の代わりにすぐにペンダントを服の下にしまい、服の上からギュッと握りしめた。
その様子を見てグリンウィル先生は苦笑していた。
握りしめたペンダントの宝石からはやっぱりほんのりと熱を感じた。
もしかしたらこの熱はお母さんの魔力なのかもしれない。
距離は遠く離れてしまうけれど、お母さんとはいつも一緒だ。
そう考えると少し嬉しくなった。
その後、ハインスとベルーナはグリンウィル先生と雑談を始めた。
内容はほとんど魔法学校での授業のことだったので、私はすぐ話についていけなくなり、手持ち無沙汰になった。
仕方ないので窓の外を眺めているうちにだんだんと眠くなり、そのまま眠ってしまった。
魔法学校の馬車はかなり豪華な作りになっていて、座席はふかふかでけっこう寝心地が良かった。
ベルーナに起こされたときにはもう夕日が沈みかけていた。
今夜はここで野宿をするそうだ。
当然私は初めての経験だ。
この馬車はドラッケンフィールに向かうまでに二つの村から一人ずつ生徒をのせていくことになっているけれど、そこに泊まる以外はすべて野宿になるらしい。
寄り道するぶん少し遠回りになるから全部で十三日の道のり。
野宿は十回することになる。
今日は初日なのでお母さんが作ってくれたお弁当がある。
お母さんは料理上手だ。
このお弁当にも私の好物がいっぱい詰まっている。
でも明日からは保存食を食べることになるらしい。
これから一年近くお母さんの手料理が食べられなくなるのか。
残念だな。
今夜はしっかり味わって食べよう。
私たちが野宿の準備をしている間、グリンウィル先生が魔物や盗賊避けの結界を張っていた。
闇属性の適正がある程度ないと使えない高度な魔術で、当然ハインスやベルーナには使えない。
けれど、魔法学校の教師は優秀な魔術師ばかりだから、グリンウィル先生以外でもほとんどの教師が使えるそうだ。
魔物のすむ森から離れた街道を選んで進んでいるし、魔法学校の馬車を襲う盗賊はまずいないけれど念のためだと言っていた。
魔法学校の馬車には優秀な魔術師である教師が護衛として乗っている。
だから、ある程度の人数に襲われても簡単に返り討ちにできる。
それに高価な品物を運んでいるわけでもないため、盗賊にとっても死闘の果てに得られる見返りが少なすぎるのだ。
それでも少し不安に感じ、なかなか眠れずにいたら、
「私の結界より君のお守りの方がよっぽど強力だよ」
と、グリンウィル先生が苦笑しながら言っていた。
その言葉で安心した私はベルーナのとなりに潜り込み、眼を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます