閑話 鍛冶屋のジルムント
今日はヘイグ村からドラッケンフィールの魔法学校に向かう子供たちの送別会があった。
四年前に一度に二人の子供が魔法学校への入学が決まったときには、この先俺が生きているうちに魔法学校に入学する子供はでないんじゃないかと思ったけれど、まさか二人が卒業もしないうちに次の子がでるとは思わなかった。
魔法学校に入学できるほど魔力のある子供は百人に一人と言われている。
ただそれはアシュテリア共和国全体での話で、こんな辺境の村ではさらに少ない。
中央や大都市では魔法学校を卒業した者がそのままそこに生活拠点を移すことも多い。
また、魔力量の多い者の子供も豊富な魔力を有する傾向にある。
だからドラッケンフィールの魔法学校は生徒の半数近くがドラッケンフィール出身だった。
それくらい中央や大都市では魔力を持つ子供の割合が多い。
当然魔法学校でたいした成績を残せなかった俺の魔力量は、魔法学校入学の水準には達していたものの別段多くはなく、俺の二人の子供も魔法学校入学の水準には満たなかった。
四年前にハインスとベルーナが魔法学校に入学するまでに十年ほど開きがあったが、それは特に遅いわけではなく、次に二人同時に出たことを考えればむしろ早い方だったと言える。
だからこのタイミングでレイナの入学が決まったことで村人は当然驚いたが、その一方でやっぱりかと思う人もいた。
俺もその一人だ。
レイナの母親、レイラもドラッケンフィールではないが魔法学校の卒業生だったことがわかり、納得する人も増えた。
俺はあの日のことを思い出す。
今からちょうど九年ほど前、アシュテリアが王政から共和制へと変化した直後の頃だ。
あの頃のこの国を取り巻く状況は凄まじかった。
まずアシュテリアの東に位置する大国、ミスリームの侵攻が切っ掛けだったと思う。
国境の町や村を切り捨てる国の政策に異を唱えたレジスタンスが蜂起し、中央――当時は王都と呼ばれていた――では内乱状態だったそうだ。
さらにその隙に北の帝国、ドラギュリアからも攻撃を受けた。
どの国とも面していないヘイグ村はあまり影響は無かったものの、王都や国境付近ではさぞかし大変だっただろう。
ヘイグ村に生まれて良かった。
しかしわずか二年ほどの間にこれらの争いは終結した。
なんと二か国の侵攻を退け、内乱までも治めてアシュテリアに共和制をもたらした人物がいるというのだから驚きだ。
今でも中央で国を纏めるために活躍しているらしい。
紛れもなくこの国の英雄といえる。
一度この眼で見てみたいものだ。
当然俺が魔法学校に通っていた時代はそんなこと教わりようがなかったが、ハインスやベルーナはその頃のことを教わっているようだ。
話が逸れた。
それらの戦争が少し落ち着いた頃この村に一人の女性――いや、少女といっていい歳頃だった――が訪ねてきた。
いや、正確には一人ではなかった。
その少女はまだ産まれたばかりであろう赤ん坊を抱いていた。
その少女は自分の名をレイラ、赤ん坊の名をレイナだと言い、この村に住まわせてほしいと頼んできた。
もしお金が必要なら、とそれなりの金額を差し出しもしてきた。
俺を始め村人達は当然警戒したが追い返す訳にもいかず受け入れることにした。
先の相次ぐ戦争で故郷や家族を失ったのだろう、と同情したからだ。
しかしレイラたちが村人から警戒されていたのもほんのわずかな期間だけだった。
レイラはレイナの面倒を見ながらもよく働いた。
なかなか手先が器用でなんでもできたため、色々な仕事を手伝ってくれた。
人手が足りないときにはレイラに頼むと大抵解決した。
そして何よりレイラは美しかった。
初めてみたときはこの俺も年甲斐なく胸が高なり、後で妻にチクリと皮肉を言われた。
当然村の若い男達からの人気は絶大で、交際や結婚を申し込む者が後を絶たなかった。
「私はそのつもりはありませんから」
とレイラはすべて断っていたけれど。
レイラは生い立ちこそ謎に包まれていたが、それを補って有り余るほど魅力のある女性だった。
そんなレイラに育てられ、レイナはすくすくと成長した。
今はまだ幼く、可愛らしいという言葉が似合う少女であるけれど、魔法学校を卒業する頃にはレイラに似てとても美しくなっているだろう。
その光のようにまばゆい金髪と白い肌に閃くような金の瞳は親子ともとてもよく似ている。
レイラの時みたいに浮かれた若い衆が大量発生するだろう。
いや、そもそもドラッケンフィールから帰ってこないかもしれないな。
レイラはキルシアスの魔法学校の出だと言っていたが、キルシアスといえば東の大国ミスリームに近い大都市だ。
先の戦争では真っ先に旧アシュテリア王国から切り捨てられたいくつかの町や村が魔法学校の通学範囲に含まれる。
やはり戦争で故郷を失い、さ迷い歩くうちにここにたどり着いたのだろうか。
レイナには父親がいないと言うが、そうなるとその理由にも想像がついてしまう。
あの子はまだ産まれたばかりだった。
故郷でできた子供だというのでは時期が合わない。
きっとここにたどり着くまでに人には言えぬことがあったのだろう。
だがこの村でレイナと二人で暮らすレイラは幸せそうだ。
レイラはレイナのことを本当に大切に育てているし、レイナはそんな母のことを大好きだと言って憚らない。
時々レイナを見守る眼が悲しそうに見えるのは、やはり過去の傷はそう簡単には癒えないからだろうか。
二人には幸せに暮らしてほしい。
魔法学校に入学するレイナに、俺は自分で鍛えた小さなナイフを送った。
魔法学校では薬の調合やその素材の採取も学ぶため、ナイフは必需品だ。
俺が自由に使えるのは火属性の魔法だけだけれど、ほかに土と命の属性の魔法も少し扱える。
土属性は金属を司る属性でもあるため、俺の鍛えた品はわずかに魔力を帯びた魔導具になる。
といっても一般人が鍛えたものより少し頑丈とか、少し切れ味が良いといった程度であるけれど。
それでもないよりはましだ。
なかなか良い仕事ができたと満足していたけれど、出発の間際レイラがレイナに送ったペンダントには眼を見張った。
周りの人間は気づいていなかったけれど、ペンダントについていた宝石、あれは魔石だ。
いや、グリンウィルとか言う魔法学校の教師は気づいていたかもしれないが。
しかもその魔石には複雑な魔方陣が刻み込まれていた。
どんな用途の魔方陣かは俺には判別できなかったがレイラがお守りだ、と言っていたからきっとそうなのだろう。
レイナは嬉しそうにそのペンダントをレイラにつけてもらっていた。
きっとあれは俺のあげたナイフなんて比較にもならない、強力な魔導具だ。
レイラの言う通り、レイナを守るのだろう。
あんな魔石をどうやって調達したのかも不明だし、あの魔方陣の効果にも興味はつきないがこの事でレイラを問いただして良いのだろうか。
いや、良いわけがない。
彼女の過去には不明な部分が多い。
きっとそう簡単に他人に話せないこともあるのだろう。
何よりレイラ自身が自分の過去を話すのを嫌っている。
そんな彼女の心に土足で踏み込んで荒らすような真似はしたくない。
何度も言うがあの親子には幸せに暮らしてほしいのだ。
そんなことを考えながら俺は眠りについた。
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