第13話「魔族の転生」

「ラスカル……ううう……」

 しばらくディーズはひざまずき、頭をたれて悲しんでいた。

「ディーズさま……」

 忠実なるフレイアは、そんな彼のそばで愛する人の苦悩する姿を見つめていた。

 すると───

「おまえのせいだ……」

「え……?」

 クリフはギクッとした。

 いつのまにか顔を上げた物凄い目つきのディーズと目が合う。

「ラスカルはおまえをかばって死んでしまった……」

「そ、そんな……」

 憎しみのこもった視線にクリフは真っ青になった。

「クリフ!」

 すると、ようやくジュリーたちがクリフのそばに駆けつけてきた。

「みんな……」

 クリフはホッとして、自分を取り囲む仲間を見回した。

「大丈夫か、クリフ?」

 ドランがひざをついて声をかけた。

「うん…ありがとう」

 クリフは弱々しく答えた。

「よかったな」

 ジュリーはかがんでそう言い、安心させるようにクリフの肩に手を置いた。反対側の手にはチュウカナベが握られている。

「今度はあたしたちが守るわ」

 リリスが力強くそう言い、リリンとともに輝く魔法剣をかまえる。

「クリフには指一本さわらせない」

 こちらをにらみつけているディーズに対峙し、彼女たちもねめつける。

「おのれ……人間ども……」

「仲間を殺したのはあんたじゃねーか!」

 するとドランが声を張り上げた。

「なに?」

 目をむくディーズ。

 そんな彼をドランはにらみつけ、さらに罵声を浴びせかけた。

「クリフのせいにするなんざ、邪神ってえのはそんなに卑怯もんかっ!」

「なにおぉぉぉ─────!」

 ディーズは髪をさらに逆立て吠えた。

「おまえのようなガキに何がわかる!」

 彼の目の赤さが増した。

 憎しみをこめて言い放つ。

「人間は何も知らぬ。なぜオレたちが邪神として身を落とさねばならなかったか……オレたちは……オレたちは邪神になどなるつもりはなかった。オレたちのどこが邪なものなのだ。決めつけたのは誰だ。人間か? 偉大なる創造主か? いや……ちがう。それはあのにっくきオムニポウテンスが言ったことだ」

「それは…それはどういうことですか?」

 ディーズの言葉を不審に思ったクリフが、立ち上がると聞き返す。

「いったい、あなた方に何が起きたというんですか?」

「…………」

 すると、ディーズは黙り込んでしまった。

 だが、すかさずドランが言った。

「あんたらに何が起ころーが、他人のせいにしたという事実は変えられりゃしねーじゃんか。なあ、炎神さんよぉ」

「なんだと?」

 たちまち険しい目をドランに向けるディーズ。

 ドランは立ち上がったクリフの前に回ると静かに喋りはじめた。

「なんかのっぴきならねー事情が、あんたら神さんにもあったかもしんねー。そこんとこは、おいらも気の毒に思うよ」

「…………」

 意外にもディーズは、何も言い返さずにおとなしく聞いている。

「でもよ!」

 とたんにドランは口調をガラリと変え、精一杯あごをそらせて言いつのった。

「それは大昔の話だろ。オムニポウテンスやら、戦いに参加した神々本人に仕返しをするんならともかく、なんでなんもカンケーないクリフを殺そうとするんだ。善神の血縁に、なにも好きこのんで生まれてきたわけじゃあねー。ましてや、地神を焼き殺したんは、あんた自身の炎じゃんか。なにもクリフが地神をひっぱりこんだわけじゃない、地神自ら炎をひっかぶったんだ。どうしてヤツがそんなことしたと思う? それさえもあんたにゃわかんなくなっちまってるんかい。それほどもう心の奥底まで、ほんまもんの邪神へと成り下がってしまってるんかっ!」

「うぬぬぬぬぅぅぅ────」

 聞いていくうちに、ふつふつと怒りがわきおこってきたらしい。

 ドランが、とても十才の子供の言葉とは思えないことを言っているということにまったく気がついていない。

「人間などに、オレの心がわかってたまるものかっ!」

 彼は怒りに我を忘れて叫んだ。

「みんな殺してやる!」

「ディーズさま……」

 愛する人の名を呼ぶフレイアの声は弱々しかった。

 彼のあまりの憤怒にどうしてよいかわからないようだ。

「クリフ、ドラン、下がって!」

 リリスとリリンが剣をかまえ、クリフたちを後ろに下がらせた。

「こいつも役に立ちそうだぞ!」

 ジュリーがチュウカナベ───いや、大地の神器を前にかざしながら、リリンの隣に立った。

「ヌオォォォォォ──────!」

 ディーズは物凄い咆哮を上げた。

「くるわ!」

 リリスが緊張した声で叫んだ。

 すると、ディーズは両手の手のひらを彼女らにかざした。

──ブワァ!

 次の瞬間、炎がほとばしった。

「まかせろ────!」

 ジュリーが叫んで、ナベをかざした。

──ブァァァァァァァ──────

 物凄い大きさの炎だった。

 これほどのものでも、あの大地の神器はかばいきれるものなのだろうか。

(ジュリーさん、大丈夫……)

 思わずクリフは目を閉じ、自分のために身をていしてくれるジュリー、それからリリスたちの安否を気づかった。

「おまえはっ!」

 その彼の耳に、ディーズの驚愕した声が飛び込んできた。

(?)

 クリフはゆっくりと目を開けた。

 自分の目前には、リリスとリリン、それからジュリーの背中が見えている。

「あれは……」

 そして、そのさき、ディーズの前に立ちはだかる人影が───さっきまでは誰もいなかったはずのその場所に、誰かが立っていた。

 白い上着に白いズボン姿が見える。

 上着は腕がむきだしになっていて、その人がとても筋肉質な人物であるとわかる。

 そして、頭は金髪で短く刈り込んであり───そこまで見てクリフは叫んで飛び出した。

「ナァイブティーアスさんっ!」

「クリフ!」

 慌ててドランが追いかけ、クリフの腕をつかんだ。

「…………」

 後ろ姿を見せているその人物は、ゆっくりとクリフを振り返った。

「ナァイブティーアス……さん…?」

 振り返ったその人は、想像していた通りの顔をしていた。

「いかにも。私がナァイブティーアスだ、我が息子よ」

 夢の中で聞いた声に間違いなかった。

「やっぱり、あなたがぼくの父だったんですね」

 クリフは涙ぐんでいた。

「母は、母はいったい誰なんですか。教えてください、逢わせていただけるのですか?」

「おまえの母は……」

 ナァイブティーアスが言いかけたその時。

「おのれぇぇぇ─────!」

 憎しみのこもった声がとどろいた。

 ディーズである。

 再び炎を繰り出し、宿敵へと投げつけようとする。

「ハァッ!」

 それを易々と片手で吹き飛ばす金色のナァイブティーアス。

 なんという力だろう。

 そしてゆっくりとディーズを振り返る。

「あなたはもはや封印だけでは済まされなくなってきていますね」

 彼はディーズにまともに相対すると、静かにそう言った。

「…………」

 なぜかクリフの心が震えた。

 その声にとても冷たいものを感じる。凍りつきそうなくらいに。

「地神ラスカルの旅立った場所へ、あなたも旅立たせてあげましょうか」

 彼の顔は微笑んでいた。

 クリフたちからは顔が見えないのでわからなかったが、なぜか楽しそうに微笑んでいるのがわかる。

「なに、この人……」

 ディーズの横でフレイアが震え上がった。

「おのれ……」

 ディーズは歯ぎしりして、相手をにらみつける。

「あ……?」

 だが、突然、その彼の目が何か信じられないものを見たとでもいうように見開かれたのだ。

「そ、そんな……」

 彼はあまりの驚愕に、口をパクパクさせている。

「なぜ…おまえが…あの方と同じ目……」

 意味不明な言葉を呟いている。

「ディーズさま……?」

 フレイアは、愛する人のうろたえる姿に驚いた。

 だが、ディーズは彼女がそばにいることなど忘れてしまったかのように呟く。

「ま、まさか……あなたは……」

「私の息子を手にかけようとする者、誰であろうとも私は決して許しはしない……」

 ナァイブティーアスは手をかざした。

「…………」

 ディーズの目に恐怖の色が浮かんだ。

「ディーズさまっ!」

「はっ!」

 フレイアの叫び声に、彼は我に返り、まるで今はじめて彼女がそこにいたことを知ったような表情を見せた。

「いけない…!」

 ディーズはそう叫ぶと、フレイアを突き飛ばした。

「ディーズさま!」

「すまなかった……」

 限りなく優しい声で告げるディーズ。

 そんな彼に手を伸ばしたまま、フレイアの身体はどんどん離れていく。

 必死に愛する人の手をつかもうとしている。そして───

──カッ!

「ああっ!」

 ナァイブティーアスの手から光が放たれ、ディーズの身体をつつんだ。

「ディィィィズゥゥゥさ、まぁぁぁぁ─────!」

 フレイアの叫びが悲しくこだましていく。

 反対にディーズの叫び声はなかった。

 炎の神の赤い髪もたくましい身体も、まぶしく放たれた神々しい光につつまれまったく見えない。

「なんてきれいな光……でもなんて悲しい光だろう……」

 いつしかクリフは、自分が滂沱の涙を流していることに気がついた。

 光は、彼が今まで見たことのない輝きを見せており、それはまるで、魔に冒された者に清浄なる浄化をほどこしているかのように光り輝いている。

「あ……」

 唐突に光が途絶えた。

「!」

 誰もが息をのむ。

 さきほどまでそこに立っていたはずの彼、赤い髪をしたディーズが影も形もない。

 ただ、少し離れた場所にフレイアが倒れているのみ。

「いや…いやよ…」

 その彼女は放心したように呟いている。

「さて」

 そんなフレイアには目もくれず、ナァイブティーアスは振り返ると、何事もなかったように話の続き再開した。

「クリフの母の話だったな」

「え……」

 クリフは少し戸惑った。

 確かにディーズは自分を殺そうとした邪神ではある。

 だが、有無を言わさず消し去るほどのことだったのだろうか。

「どうして、あの人を消してしまったのですか」

 クリフは思わずそう聞いていた。

「ディーズをか?」

 ナァイブティーアスは不思議そうな顔をした。

「自分の子供を殺されそうになったら、誰でもああするものではないか?」

「…………」

 クリフは何か違和感を感じた。

 この人の言うことはもっともなことだ。

 だが、なぜだろう。なぜしっくりとこないのだろう。

(本当にこの人はぼくの父なのか?)

 どす黒い疑惑が心に広がっていくのをクリフは感じた。

 すると、その時!

「ディーズさまのかたきぃぃぃぃぃ─────!」

 フレイアだった。

 なんと、彼女は炎の神器を両手でかまえ、ナァイブティーアスに突っ込んでこようとしていた。

(いけない!)

 クリフは心で叫んだ。

 彼女はきっと殺されてしまう。

 そう思った瞬間、ナァイブティーアスがフレイアへと手をかざした。

──ブワァッ!

 だが彼は、今度は光ではなく気を発した。

「キャアァァァ──────!」

 フレイアの身体は吹っ飛ばされ、その手から炎の神器が離れた。

 弧を描いて空中を飛ぶ剣は、いまだ赤い輝きを失っていない。

──スチャッ!

 ナァイブティーアスはその剣を手にした。

「はっ!」

 手にするやいなや、気合もろともフレイアめがけて投げつけた。

 ぎらりと彼の瞳が鋭く光る。

「えっ?」

 その時、クリフは自分の目を疑った。

 信じられないものを見てしまったと思った。

(闇の黒……)

 ナァイブティーアスの瞳は、鮮やかな輝きを見せるブルーだった。

 それはジュリーの青よりも澄みきっており、まさに清き人というべき感じだったのだ。

 だが、クリフの目が一瞬とらえた彼の瞳は黒い瞳だった。

(なぜ……?)

 クリフの心にさらに疑惑が広がった。その刹那───

──ドシュッ!

「ぐあっ!」

 ナァイブティーアスの放った剣が、見事なまでにフレイアの胸部に突き刺さった。

「ぐ、うううう……」

 倒れこむフレイア。

 口のはしから血をしたたらせながら憎い相手の顔をにらみつける。

「ああ……」

 クリフは思わず顔をおおいかけ、それを途中でやめると、急いでフレイアへと駆けよった。

「大丈夫ですか、お姉さん」

 クリフは深々と突き刺さった剣におそるおそる手をそえ、顔をしかめた。

 彼の表情は、まるで自分が刺されでもしてるように痛々しいもので、フレイアはナァイブティーアスをにらんでいた目をそんな彼に向けた。

「抜いたほうがいいのかな……それとも…」

 心配そうに傷口を見つめる少年。

 彼女の険しかった目が和む。

「もう…いいの……」

 フレイアの声は思いのほかやさしかった。

「お姉さん……」

「あたしは炎の魔族フレイア……」

 彼女の顔はだんだんと血の色を失って真っ青になっていく。

「フレイア……さん……死なないで」

 クリフはぽろぽろと涙を流した。

「不思議……ね。あなたは光の神の子なのになぜかイーヴルさまのやさしさを感じる。闇は…人の心の暗黒を映し出す。でも同時に人に無限な安息をも与える……イーヴルさまとはそういったお方だということ、ラスカルさまはそんな闇神と同種の力を持つという……これは……あたしの愛するディーズさまの受け売りなんだけど……ね……ううっ…!」

「フレイアさん!」

 彼女の顔はますます蒼白になっていく。

「あなたなら……あなたならきっと、ディーズさまが唯一心を許したラスカルさまのような、全てのものに無限の愛情を注ぎ込む大地の神になってくれるかもしれない……」

 フレイアは弱々しく微笑むと、静かに目を閉じた。

「…………」

 クリフは黙って彼女を見つめた。

 フレイアの手が、握られた剣の柄から離れて地面に落ちる。

 すっかり血の気を失った彼女の顔は、不思議なくらい美しく、まるで人形のように整っていた。

 魔族なのに、なぜか清らかな少女のような清純さを感じさせている。

 ただ、くちびるからたれている一筋の血、そして、殺めた村人の血でいまだに染まったままの肌が、彼女の凶行をそれとなく教えていた。

「…………」

 クリフは、彼女のくちびるの血をそっとぬぐいさり、ぽつりと呟く。

「変わらないじゃないか……」

 彼の声には悔しさとも悲しさともいえないものが含まれていた。

 むしろそれは底知れない憤りとでもいうべきものだった。

「人間も魔族も、そして神だって、どこがちがうというの。みんな同じじゃないか。人を好きになったり、憎んだり……」

 いまだクリフの目からは涙が落ちつづけていた。

「フレイアさん……」

 クリフは彼女に呼びかけた。

 だが、炎の魔族フレイアはすでにこと切れている。

「本当にぼくが神の子なら、ぼくは今あなたを救ってあげたい。生き返らすことは無理だとしても、あなたをどうにかして救うことがきっと……」

 クリフは横たわるフレイアの身体に両手をかざした。

「きっとできるはずなんだ……」

 彼は必死だった。

 なぜそんなことをしようと思い立ったのか、彼自身もおそらくわからなかったにちがいない。

 しかし、クリフは誰に教わったでもなく、目を閉じて手のひらをかざしつづけた。

「何をしてるんだ?」

 少し離れた場所でジュリーがささやいた。

「わからない……」

 聞かれたリリンも困惑して答えた。

「あの魔族はもう死んでるみたいだものね。回復魔法をほどこすってことじゃないだろうし……まさか蘇生させるなんて……」

「蘇生なんてたいそうなこと、神にだってできるわきゃねーよ」

 リリンにこたえて、ドランが言い切った。

「なんであんたがそんなこと知ってんのよ」

 リリスが不審に思って言った。

 ドランをすがめて見ている。

「へっ!」

 ドランは実に生意気そうな目つきでリリスをいちべつした。

 きらりと額の銀のセルクルが輝く。

「リリスねーちゃんよ。世の中にはおたくの知らねーこた、ゴロゴロしてんだぜ。ちょっとばかし風神に可愛がられたからって、なーんでも知ってるなんてぇ思い上がってもらっちゃこまるよなぁ」

「なっ!」

 リリスが目をむいた。

「なんであんたがあのお方のことを知ってるのよっ!」

「へへ……」

 ドランはリリスの驚きように満足したのか楽しそうに笑った。

「さあ、なんでかな?」

「あんたねえ……」

 リリスが何か言おうとしたそのとき。

「あっ……」

 ジュリーの息をのむ音が聞こえ、ドランたちは慌ててかぶりをふった。

 彼らの視線はクリフへと注がれる。

──パァァァァ──────

 クリフのかざした手のひらから、白っぽい緑の光が放たれた。

 見つめていると、胸いっぱいにかぐわしい香りの空気が入りこみ、穏やかな気持ちになれそうな気がする。

 ドランたち全員がそう思った。

 だが、ただひとり、はたしてそう感じているのだろうかと思わせる視線をクリフに向けている人物がいた。言わずと知れたナァイブティーアスである。

「…………」

 彼はクリフのしていることをじっと見つめているだけだった。まるで値踏みでもしているがごとく。

「む…?」

 するとその彼の表情が変わった。

 クリフの手のひらから放出された光が、フレイアの身体をまばゆく包みこみ、すっかり見えなくしてしまったときのことだ。

 そして次の瞬間、光が途絶えた。

「なんと……」

 思わず呟くナァイブティーアス。はじめてみせる驚きの顔だった。

「ああっ!」

 それに合わせるかのごとく、他の者たちも驚きの声を上げた。

 うなだれ、地面にひざまずくクリフがそこにいた。彼しかいなかった。

 いや、さきほどまでなかった物が、そこにはあったのだ。

「花……?」

 リリスが小さく呟いた。

 そう、彼女の言うとおり、クリフの足もとに一輪の赤い花が咲いていたのだ。

 血のように真っ赤で派手な色合い、花びらは波うつウェーブがかかっており、その花弁は一枚一枚がやけに大きい。

──フワァ……

 おりしもかすかに風が吹き、やさしく花びらをなでていった。

「フレイアさん……」

 クリフが顔を上げた。

 彼の目にはまだ涙がたまっており、声には苦痛が満ちていた。

「これでよかったんだろうか……?」

「素晴らしい!」

 すると、突如ナァイブティーアスの賛辞の声が上がった。

 そちらへ目を向けるクリフ。

「さすがだ、我が子よ」

「………」

 クリフの目つきが険しくなる。

 拍手喝采でもしかねない相手に、彼としては珍しく吐きそうなくらいの嫌悪感を抱いた。

「地神ラスカルの無から物を造る能力、そして魂神マインドの魂を昇華させる能力をさらに進化させた能力……今までに誰も成しえたことのないことをおまえはやってのけた」

 すでにナァイブティーアスの瞳はもとのブルーだった。

 どこにも禍々しい黒色の片鱗は見られない。

「人間は転生をする。世界が終わるその時まで、繰り返し繰り返し転生しつづける。だが我ら神には繰り返す魂はない。死するとき、それはすべての終わりを意味する。しかし、無に帰するというわけではない。我らは還っていくのだ、創造主のもとへ。それは遙か未来のことではあるが、いつの日か、かの君のおられる場所へ、常磐の彼方へと我らの魂は還っていく───が、しかし……」

 静かに語りかけるナァイブティーアス。

 さらに彼は続ける。

「魔族は……下級魔族は神が造りだした人工の生命体であるから、もちろん魂はない。それに比べ上級魔族は、その存在の理由を誰も知らぬ異形の者たちだ。我ら神や人間たちのように独自の心を持ち、己で考えることのできる魂を持った者たち───なぜ彼らがこの世界に存在するのか誰も知らない。ただ我ら神と同じく、転生することはないということしか知られてはいない。だが我ら神と決定的に違う点がある。それは、彼らには還っていくべき場所がない。死するとき、彼らには無となって消えていく運命が待っているだけだ。そう、文字通り消滅してしまうのだ」

「消滅……」

 クリフは彼の言葉を繰り返し、ぶるっと身震いした。

「だからクリフ、我が息子よ。おまえが炎の魔族にほどこした魂の転生は偉業なのだよ。今はまだおまえは成人していない。神としてはまだ半人前のおまえでもそのようなことができるのだ。もし、成人したら、おまえは魔族を人間に転生させることもできるかもしれない。いや、もしかしたら魂を持った下級魔族でさえも造りだすことができるかもしれないのだ」

「魂を造りだす……?」

 クリフは自分の両手を広げ、戸惑いの目で見つめた。それを満足げに見つめると、ナァイブティーアスはさらに言う。

「それが出来るのは創造主ただひとりと言われている。だが、我々の中から創造主へと進化を果たすものがいないと、誰にも言えないのではないか?」

 その声には、我慢ならないほどの自惚れが感じられた。

 クリフは再び顔を上げ、ますます険しい目を相手に向ける。

「クリフ……」

 そんな彼を、感動のまなざしで見つめて呟くリリス。

(彼はあたしの愛したカスタムさまとは別の人。でも何でだろう。何でこんなに胸がドキドキするんだろう。まだあんなに幼くて、男として見るには早いのに、何でかあたしは彼にときめいている)

「リリン…あたし変かな」

 彼女は突然、隣に立つ相棒に問いかけた。

「何よ、急に」

 リリンは不可解な表情を浮かべた。

「あたし、カスタムさまを忘れられそう」

「ふうん……」

 リリスの言葉に彼女は何もかもわかったと言いたげに微笑んだ。

「あんたは昔っからミーハーだから。いいんじゃない。好きなんでしょ、クリフが」

「なんだと?」

 それを聞いたジュリーが、聞き捨てならぬとでもいわんばかりにリリスにつめよった。

「クリフはいい子だが子供だぞ。しかも幼すぎる。きみのような大人の女性が、なぜわざわざ年端もいかぬ子供にホレるのだ」

「わかっちゃねーな、おっさんはよ」

 するとドランがせせら笑った。

「なにぃ?」

 目をむいて怒るジュリー。

 だが、ドランは全く気にしていない。

「恋愛に押しつけは禁物だぜ。年なんて関係ねーだろ。それにリリスねーちゃんはいい目してる。年がいってないからって、クリフは男のおいらだってホレるほどのヤツだ。それはおっさんだってわかってんだろ?」

「ぐ……」

 ジュリーは何も言い返せず、言葉をつまらせた。

「そう、あたしはクリフに恋してる」

 するとリリスが言った。ナァイブティーアスの前に立つクリフの姿を見つめながら。

「もしかしたら一目ぼれかもしれない。初めて逢ったときの衝撃は忘れられないもの」

「たぶんにそれは、風神と同じ髪の色だったからだろーけどな」

 ドランが思わず呟いた。

「そうかもしれない」

 今度は、リリスもドランの言葉を不思議に思わず、うなずいた。

「でもね、それはきっとただのきっかけだったと思うわ。クリフの心に触れれば触れるほど、あたしは彼の心の広さというか、優しさというか、とにかくすべてを快く感じるの。なんて言うか……今までやってきたあたしの汚れた行為が浄化されて、心も身体も何もかも真っ白な状態に戻れそうな、そんな爽快さを感じれるの。これはカスタムさまに感じたものと全然ちがうものだわ」

 そして、彼女はさらに熱っぽくクリフを見つめ、うっとりとした声で言った。

「あたし、今とっても幸せよ」

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