第11話「大地の神器」
それからしばらくのち───
食事もすみ、ジュリーが近くを流れる川へと愛用のチュウカナベを洗いに出かけてしまうと、残されたみんなは木陰で雑談に興じていた。
「ねえ、ドラン」
足を投げ出し、少し行儀の悪い恰好で座っていたリリスが言った。
「なんだよ」
ドランは相変わらずの無愛想な顔である。
「あんたの額の輪っか、きれいね」
「ああ、これ?」
とたんに表情がパッと輝く。
「セルクルっていうんだ。おいらを世話してくれた人が大切にしていたもので、絶対額からはずしちゃいけないって言われてるんだ」
「ふーん。変なの。なんで絶対はずしちゃいけないんだろーね」
「…………」
ドランは黙り込んでしまった。
「?」
彼女は不思議そうに首をかしげたが、それ以上は追求せずにおくことにしたらしい。
にこりと微笑み言った。
「でもきれいだわ。キラキラ銀色に光って、あたし好きだな。ね、さわっていい?」
「うん、いいよ」
ほめられたのが嬉しかったのか、ドランの口調も十才の少年らしく素直になっている。
「わぁ、冷たい!」
リリスは意外といったふうに叫んだ。
「不思議な金属ね」
興味をおぼえたリリンもドランの側に寄ってきて言った。
セルクルと呼ばれる銀の輪をマジマジ見つめる。
「ものすごく滑らかだわ。わたし、こんな金属見たことない」
「すっごく価値あるものかもしれないね」
リリスが何気なくそう言った。
「ぜったい売らねーぞ!」
慌てて額に手をやり後ずさりするドラン。
「冗談だって、じょーだん」
アハハと笑いながらリリスは言った。
「むぅぅぅ────」
恨めしそうな目でドランはリリスを見つめた。
「!」
そのとき、そのドランの目の色がふいに変わった。
同時にリリスとリリンの目つきも険しくなる。
「クリフ」
リリスが押し殺した声でささやいた。
「どうしたの、リリスさん」
「あたしのうしろに来て」
「は、はい………」
リリスの切迫した声にクリフも緊張した面持ちで返事した。
「リリン」
「ええ、リリス」
ふたりはかたわらに置いてあった大剣を手にすると構えた。
クリフはリリスの背中にまわり、ドランはリリンの横に立つ。
「あんたも後ろにいなさい」
リリンはそう言ったが、ドランは恐い顔つきをしたまま首を振った。
「来る」
すると、緊張した声でリリスが言った。
彼らのいる場所は、森の中でも青空がのぞめる広々としたところだった。
四方をうっそうとした森の木々が取り囲み、ここからは見えないが、川を流れるせせらぎの音が聞こえてくる。
ジュリーはまだ帰ってきていない。
──ユラリ──
彼らの目前の空間が揺れた。
「!」
息をのむまもなく、そこに彼女があらわれた。
言わずと知れた炎の上級魔族フレイアである。
だが、もちろん彼らがそれを知るはずもない。
「上級魔族!」
リリスが叫んだ。
対して相棒のリリンは何も言わず、ごくりと喉を鳴らした。
「このきれいな人が魔族……」
リリスの背中からそっと前をのぞいて、クリフは呟いた。
一方ドランは黙ったままで、何を考えているのか身じろぎもせず炎のフレイアを見つめている。
彼女はいまだに手に例の剣を握りしめていた。
すでに大量に浴びた血のりは吸われてしまい、輝くほどの美しさを見せて刀刃は日の光にきらめている。
「人を殺してきたのか」
リリスは嫌悪感もあらわにして言った。
そう、剣には血のあとは残されていなかったが、フレイアの全身は人の血でまみれていたからだ。
「泣いている」
突然ドランが呟いた。
「?」
何事かと彼を見るクリフたち。
視線は確かにフレイアへと向けられていたが、ドランの目はどこか虚ろだ。
「おまえは何者?」
するとフレイアのささやくような声が聞こえた。
そのただならぬ感じに、クリフたちの視線が一斉に彼女へと移っていった。
彼女はクリフを凝視していた。
そして、同じ言葉を繰り返す。
「いったいおまえは何者なの?」
なかば呆然とした表情の彼女は、さらに驚くべきことを口走った。
「おまえからは神の匂いがする」
「え……?」
フレイアの言葉に驚くクリフ。
一歩、また一歩と足を運ぶ彼女───まるで人形使いに操られるマリオネットのようなぎこちない歩き方だ。
「近寄るな!」
慌ててリリスが剣を突きつける。
「それ以上近づくんじゃない!」
リリンも相棒にならって叫んだ。
「…………」
フレイアの足が止まった。
彼女は今気がついたといわんばかりに、リリスとリリンの銀色に輝く剣を凝視する。
「銀の魔法剣……また魔法剣士か……」
そう言うフレイアであったが、彼女らに対してあまり興味をおぼえたわけではないらしい。
すぐに視線をそらし、再びクリフの方へと目を向けたからだ。
「おのれ、上級魔族!」
無視されたリリンが怒った。
普通ならリリスが怒るべきところを、彼女は叫びながら剣をかざし、勢いをつけて地をける。
冷静沈着な彼女にしては珍しい。
これではいつもと逆だ。
「おろかな……」
フレイアは振り返ると呟いた。
それは蔑みというよりも、むしろ憐れみが感じられる声だった。
そして、彼女は剣を持っていない左手を彼女へとかざした。
「あっ、あぶないっ!」
ドランが叫んだ。
──ゴォォォォ────!
フレイアの手から炎が吹き出した。
それは渦を巻き、まるでのたうち回る何十匹ものヘビのようにリリンへと突進していく。
「キャァァァァァ─────!」
あっというまに炎に包まれるリリン。
悲鳴があたりの空気をつんざく。
「リリィ─────ン!」
金切り声を上げて相棒を呼ぶリリス。
それを見たフレイアは勝ち誇って叫ぶ。
「あたしの劫火の炎から逃れられるものはいない。一瞬のうちに灰と化す……!」
その彼女が絶句して、次の瞬間叫んだ。
「なんですってぇぇ!!」
目を見張るフレイア。
信じられないといわんばかりだ。
「ああっ!」
炎が消え去ったあと、そこには誰もいないはずであった。
だが、今、灰となっているはずのリリンともう一人、彼女をかばうようにジュリーがチュウカナベをかざしていた。
「あたしの炎をさえぎれる物はないはず…」
あまりの驚きのため声がかすれている。
「あるとすればそれは……それは……」
彼女の右手にもたれた炎の神器が震え、心なしか宝石の赤さが増したようだ。
「大丈夫か、リリン?」
いまだにチュウカナベをかざしたまま、彼は背後のリリンに声をかけた。
「ジュリー……」
すっかり涙目になって、彼女はジュリーの背中にすがりついた。
「死ぬかと思った……」
「おまえを死なせるものか、絶対に守ってやる」
「ジュリー……」
力強いジュリーの言葉に安心したのか、彼女はすがりつく手に力をこめた。
「そうはいっても、実は俺ももうこれまでかと思った」
ナベをおろしながら、いつになく彼は弱音を吐いた。
すると───
「すごいぜ、おっさん!」
ドランが興奮したような声を上げた。
「魔族の炎を跳ね返すナベなんざ、聞いたことも見たこともねーぞ」
そんなドランとは裏腹に、クリフとリリスは言葉もなくナベを見つめるのみ。
「スープ作ったり、炒め物したりするだけのナベじゃねーってことみたいだなぁ!」
思わず笑い声を上げるドラン。
それを聞いたフレイアが悲鳴を上げた。
「なんですってぇ!?」
剣を持ったまま、頭をかかえている。
「おまえたち、なんということをっ!」
そして、ビシリとチュウカナベに指を突きつけると彼女は叫んだ。
「それがいったい何なのか、おまえたちは知らないのっ?」
「え……?」
ジュリーは眉をひそめた。
思わずチュウカナベを持ち上げたが、その彼に代わってドランが答えた。
「ナベだろ。しかも異様に軽くて丈夫。さらに魔力も跳ね返す……?」
首をかしげながらそこまで言い、ドランは何かに気がつきハッとした。
「ま、まさか……」
「大地の神器よ!」
すかさずフレイアが叫んだ。
「それは大地の神器なのよ!」
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