第5話「邪神戦争」
あくる日───
「とりあえず……」
荷物をまとめながらジュリーが言った。
「ゆうべクリフが言ってた夢の主…ええっとナァイ…?」
「ナァイブティーアスです」
すかさずクリフが言った。
「そう、そのナァイブティーアスの言っていた……どうでもいいが、なんて長ったらしい名前なんだ」
「おっさんには負けるさ」
「おっさんじゃないって何度も言わせるな」
「んべぇ───」
拳を振り回して怒るジュリーにドランは舌を出してみせる。
「とにかく……」
ジュリーは反撃をあきらめ、話を続けた。
「大地の神器というのを探し出せばいいんだな……大地の神器、大地の……何だかどこかで聞いたことあるな……?」
しきりに首をかしげるジュリー。
そんな彼にかまわず、クリフは呟く。
「東の方へ行けって言ってた」
彼は淡々と言った。
「でも、なぜそんなものを探さなければいけないんだろう。ぼくの両親となんの関係があるんだろうか」
その口調は静かではあるが、得体の知れない恐怖を感じているようだ。
そう、クリフは恐れていた。
自分の正体を知るのが、心の底から怖いと思った。
「神器っていうくらいだから、もともと神の持っていたものではないかな。大地といえば地神……つまり地の神がこの世界に残したものということか……」
いまだに何かを思い出そうとしているジュリーは、ともすれば自分だけの考えに沈み込んでしまいがちだ。
「だったら、なおさらぼくの両親とどういうつながりがあるの?」
ほとんど泣きそうなくらいの声でクリフは言った。
「うーん……もしかしたら祭司だったかもしれない……」
「地神の?」
思いもよらないといったふうに首をかしげるクリフ。
すると、ドランが険しい声で言った。
「それはちょっとヤバいんじゃない?」
「ええっ? なんで?」
ドランの言葉に驚くクリフ。
「だって地神っていったら……」
ドランはクリフの髪に目をやりながら言いよどんだ。
その髪は朝日に照り映えてキラキラ輝いている。
「ううーん……」
ジュリーもあまり言いたくないらしい。
うなったまま黙り込んでしまった。
「ねえ、なんなの? なんで祭司だといけないの?」
クリフはジュリーにつめよる。
そんな彼をジュリーは訝しげに見つめた。
「きみは邪神戦争のことを知らないのか?」
「邪神戦争?」
ジュリーがうなずくと、クリフは首を横に振った。
「驚いたな……邪神戦争のことを知らない人間がこの世界にいるとは……だったら魔族のことは?」
「魔族だったら知ってるよ。ぼくのいた島のまわりの海には、上半身が人間で下半身が魚のシーシリアンと呼ばれている不思議な生きものがいて、そういうものは魔族っていうんだって父さんに教えてもらったもの」
「ふむ……」
ジュリーはあごに指をやりながら続ける。
「少しニュアンスがちがっているが、まあ魔族の存在は知っているんだな。じゃあ邪神のことは?」
「知らない。邪神って……なに?」
「それは……」
「邪神っていうのはな」
ドランが話の腰を折って言った。
「暗黒神とか炎神とか、さっき話にも出ていた地神とかが邪神なんだよ……」
「つまり…こういうことだ」
さらに何か言おうとしていたドランを、今度はジュリーがさえぎる。
「むぅ~」
あからさまにジュリーをにらみつけるドラン。
だが、ジュリーは気にもせずに続ける。
「はるか昔、世界をより良く導く、神と呼ばれた者たちがいたのだよ。彼らが世界を完全に管理していてくれたおかげで、我々人間は永遠ともいえる平和を謳歌していた。だが、それも崩れるときが来たのだ……」
そして、ジュリーは厳かに話しはじめた。
「風神、水神、地神、氷神、炎神、音神、魂神、竜神と、それらすべての神々を束ねていた闇神が、太陽神とともに世界を管理していたのだが、あるとき、長ともいえる闇神イーヴルが狂気にかられて暗黒神、邪神へと変貌してしまったのだ」
ジュリーの言葉がとぎれた。
一瞬、恐ろしいくらいの静寂があたりを包み込んだ。
「闇神イーヴル……」
クリフは呟いた。
(なぜだろう……なんだかどこかで聞いたことがある……)
クリフは不思議な気持ちだった。
夢に出てきた金色の人の名前とは違う感情がわきおこってくる。
非常な安心感──そして、震えるほどの恐怖感───
「なぜそのようなことになったのか、人間たちにはもちろん知るよしもなかった。しかしどちらにせよ、今まで人間を守り、慈しんでくれた神は、そのときより存在しなくなってしまったのだ。突如として暗黒神の狂気が世界を席巻していったんだ。そして、そのときを境に、世界は大いなる暗黒の時代へと突入していくこととなる……」
──ヒョォォォォ──
そのとき、不気味な風が三人のそばを通りすぎていった。
「!」
クリフは飛び上がって驚いた。
だが、ジュリーは何事もなかったように続けた。
「すべての神が暗黒神に従って、世界を恐怖へと塗りこめていったんだ。だから、地神も邪神へと変わっていった。以前から仕えていた祭司たちのほとんどは、主としていた神から離れ、神のいない生活を営むようになったが、一部の者たちは邪神と変わってしまった神をそのまま信じ敬う、邪神教徒と成り果ててしまったんだ」
「邪神教徒……」
クリフの声は震えていた。
その彼の声に呼応するかのように、さきほどまで晴れ渡っていた空にどんよりとした雲が広がりだした。
「言い伝えによると、神々は神器を持っており、それぞれの能力を具現化したものとして信奉する信者たちに与えたということだ。地神の神器がどういうものかわからないが、確かに祭司が持っていてもおかしくない」
「ということは……」
クリフは問いかけるようにジュリーを見つめた。
「そう、その夢の人物が誰かは知らんが、きみの両親は生きていて、恐らく大地の神器を所持しているのだと言っていたのかもしれない」
「生きている……」
クリフは小さく呟き、心配と喜びの表情を交互に浮かべた。
きっと、自分は両親に逢える──そんな確信が心に浮かぶ。
すると、ジュリーが静かにうたいだした。
「あるとき世界は光に包まれた
太陽の神とは異なる光
大いなる慈悲に満ちた
まばゆいばかりの光
その光をまとい
この世界に現れたものは
神々と同じ種族でもあり
また違っているようでもあった
そう───
異世界の神の降臨である
光の神
仲間とともにやって来た
世界に平和を
人々に平穏を
邪神をいさめるため
邪神を駆逐し封印するため
秩序を取り戻しにやって来た
これすなわち邪神戦争なり」
「異世界の神……」
クリフは呟いた。
彼にとってそれは初めて知る話であり、にわかには信じられないことであった。
「これは推測だが、クリフの夢に出てきた人物は異世界の神ではないかと思う。長の名はオムニポウテンスという名であるから、仲間のひとりではないだろうか……」
「光の神オムニポウテンス……」
ジュリーの言うことに、なかば茫然として呟くクリフ。
何もかもが新鮮に聞こえる。
それから彼は大きくため息をついた。
顔を上げ、ジュリーに問いかける。
「今のは歌ですか、それとも物語ですか?」
ジュリーはうなずいた。
「これは以前、俺の住んでいたところに流れてきた吟遊詩人がうたってくれたものだ。邪神戦争の吟詠は様々なものがあるが、この詠はそのどれともまったく違っていて斬新なものだった。俺はすごく気に入ってね、頼み込んでその吟遊詩人に伝授してもらったのだ」
「ふーん、そうなんですか」
クリフは感心してうなずいた。
吟遊詩人という存在さえも知らなかったのである。
「彼は太陽神についてもうたっていた」
ジュリーは続ける。
「太陽を司る女神は
黄金に輝く豊かな髪と
慈悲深さをたたえた青い瞳を持っていた
だが闇神の変貌とともに
太陽は失われ
空は永遠ともいえる永きに渡って
闇に包まれた───」
じっと聞き入るクリフ。
その様子を満足げに見つめてジュリーは言った。
「彼はこういった詠をフィドルを奏でながらうたってくれるのだ」
「フィドル?」
首をかしげるクリフ。
サラリと玉虫色の髪が揺れる。
「フィドルとは三本の弦を張った楽器なんだが、彼はその名手なんだよ。こうやって弓ですりながら何ともいえない微妙な音を出すのだ。彼は誰も奏でたことのないほど美しい曲調でうたってくれた。とても俺には真似できないがね。まるでそう、あらゆる音を司る音神が舞い降りたといっても過言じゃないくらいの素晴らしさなんだ」
「音神…………」
クリフは何となく胸が苦しくなって、ごっくんと喉を鳴らした。
ジュリーは続ける。
「この詠でうたわれているように、夜の神が存在するなら確かに太陽の神もいるはずなのは周知の事実。だが、それが女神であったという話はついぞ聞いたことがない。そして、太陽が失われたというのはいったいどういうことか、とにかく謎が多すぎる詠だ。初めてこの吟詠を聞いたとき俺は眠れなかったな、気になって」
「女神ねぇ……」
唐突にドランが呟いた。
「ドラゴンを統べる竜神は女神だよな」
「よく知ってるな、ドランくん?」
とたんに嫌味たらたらのジュリー。
顔を近づけてドランをねめつける。
「きみはクリフとはちがって世の中のことにずいぶんと精通しているらしい」
「なんだとぉ~」
ギンギンににらみ合うふたり。
「そっそれでっ!」
クリフは慌てて割って入った。
「ようするに何がだめなんですか、地神の祭司だと…?」
「あっああ……そうだった……」
ハッと我に返ってクリフに顔を向けるジュリー。
何かの痛みを感じているかのように目を細める。
「地神の祭司であることは、すなわち邪神教に身を染めているということ……きみのご両親がそうであるかどうかは推測の域をでないが、もし、本当に邪神教徒として生きているというのならずいぶんとやっかいなことになる……」
「ど、どういうことですか……?」
おそるおそるクリフは聞いた。
「邪神教に身を染めるということは、魂が汚れるということ……血の洗礼を受けて教徒となった者は、死んでも魂の転生はないと言われている」
「魂の転生……?」
ジュリーは真面目な顔でうなずいた。
「我々人間は、死んだら必ず転生すると、かつて神であった者たちに聞かされてきた。永遠ともいえる永きに渡って転生しつづけるのだと。だが、それを教えてくれた神は邪悪なる者に変貌してしまい、封印されてすでにこの世界には存在していない。そして、その邪神を封印した異世界の神々は、さらに我々にこう教えてくれたのだ───邪神教の洗礼を受けてはならぬ。もし洗礼を受けたら取り返しのつかぬことになる。邪神教徒のまま死を迎えると、その魂は永久に消滅して二度と生まれ変わることはないのだと」
「魂が消滅……」
クリフは真っ青になって呟いた。
「そんな……」
「だが、まだそうと決まったわけじゃない」
元気づけようとしてか、ジュリーは明るく言った。
「とにかく探し出してみればわかることだ。そんなに気を落とすことはないぞ」
「ええ、そうですね」
クリフは弱々しく笑った。
「どちらにせよ、ぼくは両親を見つけて聞いてみたいことがあるのだから」
「思い出した!」
しばらくしてジュリーが叫んだ。
「え?」
クリフはびっくりしてジュリーの顔を見つめる。
「大地の神器だよ」
喉につかえていたものが取れたように晴々とした表情を見せるジュリー。
心なしか興奮しているようだ。
「さっき話した吟遊詩人が、大地の神器のことを教えてくれたことがあった」
「どんなことをですか?」
そういうクリフの声はうわずっていた。
「どんな形をしているのかは彼も知らなかったみたいだが、地神が造ったものらしいということを言っていた。しかも、それを手にしたものは神へと進化するだろうということもね」
「神に進化する?」
怪訝そうに首をかしげるクリフ。
「人間が神になれるということだが、俺にはちょっと信じられんな。彼のいうことには神器が人を選ぶんだそうだ。ま、それはいいとして、ここからが面白いんだぞ」
ジュリーはもったいぶって続ける。
「大地の神器には対になる炎の神器と呼ばれるものがあるそうだ。こちらは炎神が造った神器で、このふたつの神器が合わさった時、何かとてつもない現象が起きるのだということだ」
「とてつもない現象……」
クリフは不安を感じ、呟いた。
「すべての魔力を跳ね返し……」
すると、いきなりジュリーが歌いだした。
静かに歌う彼の声は低く、聞く者の耳に心地よく聞こえる。
「すべての魔力を跳ね返し
すべての霊力を寄せつけず
手にしたものを守り通す
内側に向けられた魔力は
放った相手へと威力を発揮し
自らの魔力で倒れゆく
おそるべし究極の楯
おそるべし大地の神器」
「究極の楯……」
クリフは感動で胸を震わせ、ジュリーの歌う詠に聞き入っていた。
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