ep4「来たりし聖天の御使い《イコン》」

 旧東京都多摩地区、横田飛行場の広大な滑走路を突風が吹き抜ける。曇天の下に甲高いジェネレーター音を轟かせながら、蒼い十字架は今まさに地に降り立とうとしていた。

 着地。ほんの高度数mで人型へと解けて行った十字架は、ふらふらとよろめく足取りでアスファルトに足先を喰い込ませる。


 ――――人工聖杯内のプラズマ圧低下。核融合炉の臨界停止。


 頭上に浮かんでいたエンジェルハイロゥの光はふっと消え去り、物言わぬ巨人となったメシアクラフトは群がる人々に身を任せる。整備班、医療班、司祭班、様々な肩書きを持つ百人単位の運用人員が取り付くにつれ、稼働を停止したメシアクラフトは脈動する何本ものケーブルに繋がれて行った。


 やがて巨人の胸元がこじ開けられる。

 外部からの操作でコックピットハッチが解放され、鋼の巨人の胎内からはパイロットが引きずり出されて行った。


「う、ぐ……っ」


 血まみれのユウキはもはや一人で立つことも出来ず、ほとんど失血死寸前の状態で担架に乗せられる。それさえも彼にとっては毎度の事だ。

 上下する担架に揺られながら、ユウキは霞む視界で遠くを見やる。

 飛行場を囲うフェンスの向こうには、1km以上も離れているというのに群がる人々の姿が見えた。メシアクラフトの降臨を目にした人々が集まって来たらしい。鼓膜が圧されるほどの歓声は止む気配がなかった。


「……そんなんじゃないよ、俺は」


 過去、救世主や聖人たちによって数多くの奇蹟が起こされて来た。

 浮遊、病の治癒、蘇生、発光、預言など例を挙げればきりが無い。

 そしてこの時代において最も重要な意味を持つのが、メシアクラフトの起動という奇蹟だ。メシアクラフトを起動させ得た者は、その時点で生きながらにして列聖――すなわち二度の奇蹟を果たした者として聖人に認定――される。


 聖ニコライ=ユウキ。それこそが人々の知る聖人の名だった。

 彼こそが、滅びの世界に救済をもたらす聖人の一人だった。


 そんなことはユウキ自身が一番よく分かっていた。

 フェンスの向こうで歓声を上げる人々は、生ける聖人とメシアクラフトこそが人類に勝利をもたらしてくれると信じているのだろう。ユウキは気が遠くなりそうな想いを味わいながら、この反攻決戦で戦う事になる敵の戦力見積もりを思い出す。

 一万だ。

 戦わなければならない敵は一万を超えているというのに、人類側の切り札はたった三機のメシアクラフトのみ。もう群衆に向かって手を上げる気にもなれなかった。


 ――――今度こそ俺たちは滅びるかもしれない。


 飛行場に集った人々の背には、まばらな塩の結晶に覆われた多摩地区の光景が広がっている。そして大型輸送用ヘリコプター6機に吊り下げられる形で、市街地上空へと浮き上がって行く十字架の姿があった。

 蒼い装甲表面に痛々しい亀裂を走らせる十字架には、メシアクラフト第三号機を示す血のマーキングが施されている。ユウキの記憶が正しければ、あれは去年タクラマカン砂漠で撃墜された機体の残骸だった。


「あんなものを今さらどうするんだ」


 大気を打ち付けるローター音と共に、残骸は遥か遠くへと運び去られて行く。

 主要戦力は未だ健在のメシアクラフト三機に加えて、もはや自力では動けない残骸が一機のみ。ユウキが反攻決戦の仔細を知らされたのは、末期状態にまで遺伝子汚染の進んだ彼が、丸二日に亘る輸血・骨髄移植処置を受けてからのことだった。

 ――――――――――――――――

 12月13日、メシアクラフト初号機の合流完了。

 12月13日、残骸を八王子盆地へ配置完了。

 12月20日、通常兵力の部隊配置も全て完了。

 12月21日、反攻決戦における準備は全て完了。

 ――――――――――――――――

 ユウキ率いる避難民たちが東京に辿り着いてからおよそ一週間後。

 2030年12月22日の旧東京都、横田基地内に設けられた大広間にユウキの姿はあった。クリスマスを三日後に控えた今日、遂に人類最後となるかも知れない反攻決戦が発動するのだ。

 祭壇じみた大テーブルについた者たちから、魔術的な意味合いを帯びた祈りの文句が天に捧げられる。


「天にまします我らの父よ。我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ」


 出撃前の礼拝は昨晩から続いていた。目の前に並んでいるのはテーブルを覆わんとするほどに並べられた料理の数々、まさに最後の晩餐として供された食事だ。

 ユウキもまた乾いたパンを千切り、口に運ぶ。

 もう何一つとして味を感じられない。

 やがて大広間に響き始めたアラートを耳にして、ユウキは壊れつつある身体でよろめきながら席を立つ。


 人として願うたった一つの奇蹟を叶える為に、原種個体を殺せるかもしれない最後のチャンスを無下には出来なかった。

 ついて来た司祭から渡された短槍を手に、彼は基地内の廊下を歩んで行く。


 ――――カレン、これが最後になりそうだ。


 胸から提げたペンダントを握り締め、ユウキはこれまで一瞬たりとも忘れた事のないカレンの笑顔を思い浮かべる。この身を亡ぼしてまで何のためにメシアクラフトに乗り込むのか、数え切れないほど繰り返して来た問いに今一度答えを出す。

 原種個体を殺してその血を浴びる為に。

 死者蘇生の奇蹟でカレンを蘇らせる為に。

 人造の救世主として世界の重みを背負う理由など、それだけあれば充分だった。


 そして格納庫の扉が開け放たれた途端、ユウキの前には雨で黒々と濡れた広大な滑走路が広がる。路面こそが黒いキャンバスとするならば、そこに描かれているのはやはり真っ黒な小山の如き影だった。

 漆黒の布を纏う蒼い巨人。

 雨の飛行場に巨大な影を落とすシルエットは、何か黒い覆いを被せられたままひざまずくメシアクラフトの機影だった。


 ――――メシアクラフト専用決戦装備、聖骸布積層装甲シュラウド・アーマー


 黒い聖骸布、それはかのトリノの聖骸布を基に複製された人類史上最大面積の聖遺物だ。メシアクラフトに降り注いだ滴は赤く変色し、布を滑り落ちた雨滴は血の川となって路面に流れ落ちて行く。

 ユウキは赤く変質させられた雨を浴びながら、漆黒の衣を纏う機体の足元へと辿り着いていた。聖歌隊が響かせる歌声に耳を傾け、彼はゆっくりと短槍を振り上げる。


「求めよ、さらば与えられん。かくあらん事をアーメン


 直後、口からは堪え切れぬ悲鳴が零れた。

 ユウキ自身の手によって脇腹に突き立てられた短槍は、辺りに血飛沫を飛び散らせている。救世主が受けたとされる受難の模倣儀式を終えたユウキは、自らの血で赤黒く染められた滑走路を歩み出す。

 使命という名の形無き十字架を背負い、遂に終りの戦いが始まろうとしていた。



 * * *



 三つの蒼い十字架が、眩いばかりの光輪を帯びて宙に浮かぶ。

 ユウキが乗り込むメシアクラフト初号機を含め、未だ戦力として稼働可能な三機は空中で陣形を組んだまま待機しているのだ。


 そして一つの壊れた十字架が真っ赤な湖面にそびえ立っている。

 撃墜されて動くこともままならないメシアクラフトは、八王子盆地に十字架形態のままで設置されたのだ。


 およそ高度1000m。ユウキは空中に浮揚し続けるメシアクラフトの中から、旧八王子の街をすっぽりと飲み込ほどに広大な湖を見下ろす。死んだパイロットの骸は未だあのコックピットの中に格納されているらしい、とユウキは事前に聞かされていた。

 全てはこの湖を作り出し、反攻決戦を成功させる為の措置だった。


「二週間前まではこんな所に湖なんて無かったんだよな」


 残骸を中心に広がっているのは、人造の湖に他ならない。

 聖なる造血プラントとしての機能だけを残された機体の残骸が、想像を絶するほどの血量で湖を作り出したのだ。死んだパイロットさえも聖遺物として組み込んだまま、メシアクラフト第三号機の残骸は亀裂から血液を垂れ流し続けている。


 それこそは聖書に伝えられる最大の受難――――神の子を磔にした様の摸倣儀式だ。

 イコンたちをおびき寄せる為に撒いた罠は、メシアクラフト一機を犠牲にして執り行われる人類史上最大規模の類感魔術。二千年来の大罪を犯した人類に対し、イコンたちが裁きを与える為に出現するだろうことはほぼ確実視されていた。


「だから必ず来る、原種個体あいつもここに……あと五秒」


 ユウキは雨が降りしきる曇天を見上げ、何処から来るとも知れない敵の姿に目を凝らそうとする。

 人類の組織的抵抗力が残っている間に行える最後の作戦とは、多大な犠牲を払ってでも原種個体をおびき寄せて殺すことだ。仮説上、他のイコンなど影のようなものに過ぎない。オリジナルたる原種個体さえ葬り去ればイコンは全て消滅すると予想されていた。


 だからこそ、世界でたった三機生き残ったメシアクラフトには、ほとんど特攻と同意義の役割が与えられている。

 ユウキの顎から汗が滴り落ちる。

 作戦発動までのカウントが遂に0を刻んだ。

 

現刻を以て作戦開始ミッションタイム・クリアー。遠隔爆破を開始」


 轟音。赤い湖面からは次々に水柱が立ち昇って行った。

 爆薬の炸裂だ。壊れた十字架として設置されていた残骸には、あらかじめ爆薬付きのオリジナル聖釘が仕込まれていたのだった。

 聖書の記述通り、打ち込まれた釘の数は4本。

 人造の救世主たるメシアクラフトに深々と打ち込まれた聖釘は、ここに極めて大規模な魔術儀式を完成させる。遂に天から神々しいほどの光が注ぎ始めた。


「来たか!」


 ユウキはメインモニター越しに、分厚い雲を割って降りて来るイコンの姿を目にしていた。

 もはや大群などと呼べる規模ではない。およそ数千にも達する四枚羽の化け物たちは、空に隙間なく敷き詰められているのではないかと思えるほどだ。

 真っ向から挑んでも勝てるはずはない。

 それでも逃げることなく宙に漂うメシアクラフト三機は、この空域に音速の十倍以上で飛来しつつあるミサイルの数々を捉えていた。その数、実に一万近く。


 ――――第一波、先制爆撃開始。


 地平線を白煙で埋めるほどのミサイル群が、天より舞い降りつつあるイコンたちへ向けて殺到する。

 人類史上、遂に起こらなかった核戦争に相当する熱核弾頭が、この一戦の為に全て注ぎ込まれようとしているのだ。戦術核弾頭の炸裂が一斉に数百もの火球を生み出し、一瞬遅れて花開いた火球たちが数百万℃の超高熱で空を焼き払って行った。


 しかし、所詮は通常兵器。

 いかに先端物理学の粋を凝らした純粋水爆といえども、聖なる化け物であるイコンを葬り去ることは出来ないはずだった。

 それだというのに、強烈な熱線の中で焼き尽くされた翼は灰となって散って行く。実に千匹近くのイコンが葬り去られていた。


「総力戦なんだよ、俺たちには後がないからな」


 ユウキはコックピットで激震に揺さぶられながらも、血塗れの手足に込めた力を緩めようとしない。ほんの少しでも集中を解いてしまえば、通常兵器でもイコンたちを葬り去れるように祝福を与える事が出来なくなるからだ。


 今や、空には三つの円い虹が浮かんでいる。

 滞空するメシアクラフト三機は、いずれも直径数kmに亘るエンジェルハイロゥを広げ続けていた。ほとんどのミサイルたちは光輪をすり抜けることで即席の祝福を受け、聖なる熱核弾頭となって敵を焼き尽くしているのだった。


「エンジェルハイロゥは最大出力で展開を継続。以降も作戦続行!」


 聖なる戦術核ミサイル、着弾。

 聖なる地対空ミサイル、着弾。

 臨時教皇からの祝福を受けたICBM、着弾。


 神学的な処理を施された大量破壊兵器の数々が、イコンたちを数十秒間に亘って地獄の炎に沈め続ける。

 世界各地に残された数少ない拠点からも、大陸間弾道ミサイルによる数千km越しの火力支援が行われていた。空に花開く数百、数千という人工太陽の数々は、地球上で決して起こってはならない終末戦争の光景そのものでもあった。


 ――――第二波、第三波、火力投射を完了。


 やがて衝撃波の乱打が止み、火球も一つ残らず消え失せる。

 熾烈な核爆撃が終わってもなお、三つの十字架はさしたる損傷も無しに林立するキノコ雲を見上げていた。

 黒い聖骸布で覆われた装甲には焦げ一つ見当らない。都市を吹き飛ばすほどの衝撃波を浴びて来たというのに、十字架たちはそよ風にでも揉まれるような様子で聖骸布をはためかせている。


「核火力の投射完了を確認。出番だ」


 聖なる核弾頭群の火力投射はほぼ完了、既に人類側の切り札は出し終えていた。しかし、空を埋める敵の数は未だ二千を下回っていない。

 事前の想定通りだった。

 天へと吸い込まれて行く地対空ミサイルの数々は、林立するキノコ雲を掠めて一気に高度を増しつつある。三機のメシアクラフトもまたヴェイパーコーンを纏い、爆発的な加速でミサイル群の白い軌跡を追い上げて行く。

 メシアクラフトの三機編隊は瞬く間に雲を突き破り、雲上の世界へ。


「レリック誘導弾、全て目標捕捉ロックオン一斉発射ファイア


 超音速飛行を続ける十字架たちから、百発以上の空対空ミサイルが解き放たれる。聖人の遺骨が仕込まれた誘導弾は次々に敵へと着弾し、辺りの空域を爆炎で埋めて行った。

 次の瞬間、炎の中からは巨人たちが飛び出す。

 一斉に変形した三機のメシアクラフトは、二千を数える敵の只中で白兵戦へと移行したのだ。ダイヤモンド製の巨大な爪が振るわれる度に、四枚羽の怪物は無残にも赤い血を噴き出して行く。


 一匹、そしてまた一匹。


 敵が放つ神々しいまでの光を裂くように、黒い布を纏う巨人が空を翔ける。すれ違いざまに振るわれるメシアクラフトの爪は、強力な魔術的効果を発揮して次々にイコンの肉体を引き裂いていた。

 メシアクラフト側の被弾は未だ軽微なレベルでしかない。黒い聖骸布はアーマーとして機能し続け、被弾が重なった箇所は塩の結晶と化して崩れ落ちていった。


「これならいける……!」


 もしも生身の身体を晒そうものなら一瞬で塩となる。それほどに強烈な光が満ちる雲上の空を、返り血で真っ赤に穢された三機のメシアクラフトが駆け抜ける。

 苛烈なGに押し潰されつつ、ユウキは苦悶の声を漏らした。


「ぐ……ッ!」


 見ればちょうど胸の辺りがぱっくりと裂けていた。また一つ、身体に刻まれた新たな聖痕からは鮮血が滲み出して行く。

 遺伝子汚染がさらに進みつつあるのだ。

 血を浴びれば浴びるほどにユウキの遺伝子は汚染されて行き、また別の奇蹟を再現出来るようになる。それは塩基配列に新たな聖書の文言が刻まれる為であり、身体が徐々にイコンのそれへと近付いて行く為でもある。


 ――――今度使えるようになったのは、そういう奇蹟か。


 こうしてまた一歩、ユウキは自らが化け物の道へ堕ちたことを悟った。

 新たに開いた聖痕の痛みを堪えつつ、唇からは聖なる文言を紡ぎ出す。詠唱を重ねるにつれて、彼の瞳には奇蹟を意味する黄金の光が宿って行った。


「――――我が試練を報せよ。かくあらん事をアーメン


 ユウキは黄金に輝く瞳で辺りを見渡すやいなや、恐るべき速度でロックオンを重ねて行った。三つ、四つと合わせられて行く照準は、しかし何も無い空間を狙っているに過ぎない。

 直後、トリガーボタンは何の躊躇いもなく引き込まれていた。


発射ファイア


 発射に次ぐ発射。両腕を振り上げたメシアクラフトの手首からは、隕石にも匹敵する速度の聖ロンギヌス徹甲弾が次々に撃ち出されて行った。

 ロンギヌスの槍の穂先で断熱圧縮された大気は、実に数万℃にまで熱せられて超高温プラズマと化す。ゆえにマッハ20という極超音速域で飛翔する徹甲弾は、まるでレーザーじみた光跡を描いて大気を突き進む。


 着弾。何も無いはずの空間へと伸びて行った光線たちは、その全てがあやまたずイコンの翼を貫いていた。光線に貫かれたイコンたちは、輝く射線に沿ってごっそりと身体を抉り飛ばされて行く。


「逃がすものかよ」


 ユウキが新たに発動させた奇蹟、それは幻視による予知だった。

 過去、歴史上最も早い時期に聖痕を授かった修道女の中には、予知という形で奇蹟を授かった者がいたという。新たに未来視としてユウキに発現した奇蹟は、視界にごく近未来の光景を描いている。

 敵は次にどこへ動くのか。

 ほんの数秒後に訪れるはずの未来を見るユウキは、敵の未来位置に合わせて次々に砲撃を叩き込んでいた。


 ユウキのメシアクラフト初号機から伸びる光線の先では、必ずイコンたちが翼を散らして行く。牽制射も制圧射ももはや必要ない、100%の命中精度で撃ち放たれる聖ロンギヌス徹甲弾はまさしく必中の魔弾そのものだった。

 巨人が通り過ぎた後には、まるでトマトのように弾けたイコンの骸だけが宙を舞う。わずか数分たらずで百匹のイコンを葬り去った空には、敵の血たる真っ赤な雨が降り注ぎ始めていた。

 それでも未だに、六枚羽の原種個体はどこにも姿を見せていない。


 ――――どこだ、奴はどこに!


 悪魔じみた戦闘力を発揮するメシアクラフト初号機を軸に、いつしか三機のメシアクラフトは編隊を組んでいた。

 二機がディフェンス、一機がオフェンス担当の陣形だ。

 二機の巨人が手をかざした間にはゆらゆらと揺らめく光の盾が現れ、襲い来る数え切れないほどの攻撃を防いで行く。それこそは双子の聖人伝説を原型とする、メシアクラフト二機が対になって発動させる大規模な魔術防壁だった。


 三世紀のアラブに存在したとされる双子の聖人たちは、処刑される時に矢を跳ね返し、火刑からも生き延び、海に沈められてもなお傷一つ負わずに生き延びたという。メシアクラフトを介して媒介されたその奇蹟は盾という形で具現化し、熾烈な光の雨から機体を守っていた。

 光の盾に守られたまま、ユウキのメシアクラフトは砲撃を続行する。


目標捕捉ロックオン発射ファイア


 ユウキのメシアクラフトが次々に聖ロンギヌス徹甲弾で敵を貫いて行く。対して敵からの攻撃は魔術防壁がことごとく防ぎ、三機のメシアクラフトはほぼ完璧な連携で以て空に流血を弾けさせていった。

 連携戦術のどこにも隙は見当らない。

 もはやイコンでさえもメシアクラフトたちを止められない。そう思える程に一方的な狩りを続けていた矢先に、突如として戦いの均衡は崩されていた。


 イコンたちが群れる空の彼方より、一本の青い炎が降り注ぐ。

 射線上にいたイコンさえも蒸発させ切るほどの異常な熱量で以て、炎は揺らめく光の盾へと襲い掛かる。盾で受け止められたのもほんの一瞬、二機のメシアクラフトが展開していた魔術防壁はわずかな抵抗を見せた後に貫かれていた。

 青い炎に胸を刺し貫かれたメシアクラフトは、力を喪って墜落を始める。


「聖骸布も一撃で……!?」


 ユウキは半ば呆然としながら、遥か下方へと墜落して行く僚機を見送る。コックピット周りにぽっかりと空いた穴が見えてしまったから、パイロットが生きているかも知れないとは思えなかった。

 まだ理解が追い付かない。

 あの炎は魔術防壁だけに留まらず、聖骸布という極めて強力な魔術防御手段すらたった一撃で貫通してみせたのだ。双子聖人の奇蹟と同格、あるいはそれ以上の神格でメシアクラフトを撃破するほどの攻撃だった。

 だからこそ、と言うべきか。


「やったのはお前か」


 ユウキは奇蹟の青い炎を放った者の正体をほとんど確信しながら、未だ千匹以上のイコンが漂う空を見上げる。

 確信していた通りに、それは居た。

 四枚羽のイコンたちを従えるようにして、あの六枚羽のイコンが天から降臨し始めている。全てのイコンのオリジナルにして始祖、すなわち世界で初めて東京に現れた原種個体は十年越しに姿を顕そうとしていた。


「やっと、やっと見つけた……!」


 歓喜とも憎悪ともつかない想いに昂るユウキの叫びは、閉ざされたコックピット内に響いて行く。この十年間で捧げて来た全てを込めるように、彼の手は操縦桿を一気に押し込んでいた。

 黒きメシアクラフトと白き原種個体。その身に奇蹟の力を宿す者同士が、どこまでも蒼い空で互いの血を喰らい合おうとしていた。

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