第2話「神の啓示、悪魔の囁き~ドドス、新たなる旅立ち~」

 俺はまばゆいばかりの場所を歩いていた。

「なんて心地よい場所なんだ。こんなところで、いつまでもテティと暮らせたら、どんなに幸せだろう───」

 そう思ったとたん、はっと気づいた。

「そうだった……テティはこの俺が殺してしまったのだ……」

 心が張り裂けそうだった。

 彼女は俺を裏切ったのではないと、ようやくあの月の御子のおかげでわかった。

 だが、だからといって、俺がテティを殺したという事実は変わらない。

「俺は……俺は……」

 光り輝くその場所で、俺は膝をつき、両手で握りこぶしを地面とおぼしき場所に打ちつけた。

「俺はいったいどうすればいいんだ! 彼女にどうやって償えばいいのだ!!」


 そこで目が覚めた。

 月明かりの下、川の近くの木の下で浅い眠りに入っていた俺である。

「夢か……」

 ぼんやりと、水面に映る丸い月を見つめる。

 そうしてから、腕で自分の身体を包み込むように抱いた。

「テティ……」

 俺は、あのかわいそうな少女の魂と融合したのだ。

 魂が融合するとは、いったいどういうことなのか、実際のところわからない。

 顔付きが変わったり、背中のこぶがなくなるわけもなく、俺は醜いままだし。

 だが、以前よりも、そんなに闇の大神官に対しての執着心が、なくなっているような気がする。

「俺はこれから、何を支えに生きていけばよいのだ……」

 そう呟いたその時───

「……いそげ……」

「落とすな……」

 近くを誰かが喋りながら歩いている。

 俺はそっと立ちあがった。

 こんな時間、こんな場所を通る輩など、誰であるか決まりきったこと。

 そっと草陰から覗いてみれば───

「邪神教徒か……」

 思わずため息が出る。

 二人の人物が、真っ黒なフードをまとい、急ぎ足で通りすぎるところであった。

 一人は脇に子供とおぼしき小さな身体の人間を抱えていた。

「!!」

 俺は驚いた。

 ちょうど、隠れた場所を通り過ぎる時に、その子供の顔が見えたからだ。

 森の中、真夜中近くとはいえ、ちょうど月の光で彼らの姿がはっきりと見える。

「テティ……」

 そう。その子供は少女で、金髪が月明かりでキラキラと輝いていた。

 俺が殺した少女と同じくらいの年頃。

 そして俺は、そう思った瞬間、風神に授かった風の力を使っていた。

──ブワァッ!

「ギャッ!」

「ウワッ!」

 ヤツらは風に吹き飛ばされ、子供を投げ出した。

「な、なんだ?」

「そこの者!!」

 俺は精一杯のドスのきいた声で言い放つ。

「我は風の魔族なり。その生贄を置き、早々にここより立ち去るがよい!!」

「ひ、ひぇ───ま、魔族だぁぁぁぁ───!!」

「ま、待ってくれぇ───!!」

 邪教徒どもは、あっというまに逃げていってしまった。

 風神カスタムに授かった風を操る力は、なぜか彼が死んだ後も俺に残された。

 もちろん、彼が存命していた時よりは、ずいぶんとその殺傷能力は落ち、どちらかというとすでに瘴気が含まれた風は起こせなくなっていた。

 それでも、かなりの強風を起こすことができ、そのおかげで、何度か下級魔族に出会っても身の安全は守ることはできた。

──ザザ……

 草むらから出ると、ゆっくりと子供に近づいて行く。

「…………」

 目を閉じたその女の子は、もちろんテティとは違っていた。ただ髪の色だけが似ていただけで、色黒だし、みっともないくらいにガリガリに痩せていた。

 確か、この近くに小さな村があった。そこの子供なのだろう。

 俺は、その子を抱えると、その村に向かって歩き始めた。


 村では、なぜか歓迎されて宿まで提供してもらった。

「本当にありがとうございました」

「う…ああ…なに、たいしたことではないさ」

 俺はこんな待遇を受けるのに慣れていなかった。

 この醜い姿のせいで、どこにいっても疎まれていたからだ。

 だが、その夜、夢を見た。

 またしてもまばゆいばかりの光の渦の中、俺はじっと立ちつくしていた。

 その時、俺の耳に神々しいまでの声が聞こえたのだ。

「我は光の神なり」

「なんとっ!!」

 驚く俺にかまわず、神は言葉を続けた。

「ドドスよ。お前はよくがんばっているようだ。このまま精進し、人々のためにつくすのだぞ」

 その声を聞き、俺はこれこそ『神の啓示』であると確信した。

 そう悟った瞬間、いきなり目が覚めた。

「そうか。オレは神に期待されているんだ。これからは心を入れ替えて人々のためにつくすぞ!!」

 俺はこの時、心の内に清浄なるものが宿ったような気がした。

 

 それからというもの、俺は今まで邪教徒として生きてきたとは思えないほど真面目に旅を続けた。

 俺は一時、闇の神官として邪教に身も心も捧げていたので、おそらく今死んだとしたら、二度と転生はできないだろう。

 だが、俺は別に魂が消滅してしまってもかまわないと思っていた。こんな世界に未練などなかったからだ。

 しかし、今の俺は、テティの魂と融合し、俺一人の魂ではなくなってしまった。

 いつかは、魔法剣士にこの身を切り捨ててもらわなければならない。邪教徒は魔法剣によって殺されることで、魂が浄化されるからだ。

 できれば、俺は世界最強の魔法剣士シモラーシャ・デイビスに殺されたい。

 だから、俺は彼女に出会うまで、なんとしても生き延びなければならないのだ。

 そして、心を入れ替え、旅の途中で困っている人がいれば助けてやろう。なんてったって俺は、光の神に期待されているのだからな。

 そうして旅していたある日のこと──俺は、ある朽ち果てた神殿の中に一夜の宿を取ったのだが───



 俺は夢を見ていた。

 真っ暗な場所を歩いていた。

 まったく周りが見渡せず、いったい自分がどこにいるのかさえもわからない。鼻をつままれても──とはこのことだ。

「なんて、イヤな感じのする暗さだ」

 俺は思わずそう呟いた。

 だが、その時は気づいていなかったのだが、以前の俺だったら、まばゆい光の下よりもこんなふうな暗闇にこそ安息を見出していたはずなのだ。

 俺のこの醜い姿を白日のもとにさらけ出すなど、考えるだけでも恐ろしいことだったのだ。

 そのとき、俺を呼ぶ声が──

「ドドスよ!!」

「誰だっ!?」

 俺は鋭く叫んだ。

 以前に見た夢の声とは明らかに違う。これは───

(何かとてつもない禍々しさを感じる……)

「そうとも、ドドスよ。我は暗黒神だ」

「なんとっ!!」

 驚く俺にかまわず、暗黒神は言葉を続けた。

「ドドスよ、何をしている。お前はそんなやつではなかったはずだ。我はお前に期待していたのだが。おまえの力はこんなものではあるまい。お前の本当の力を見せてみろ」

「そうか。俺は悪魔にも一目置かれていたのだな。やはりここは闇の大神官として邪神のために働かなくては……」

 だが───

 なぜかはわからぬ。

 短い間ではあったが、善なる心も俺にとっては真実と感じられた。そして、その気持ちも未だに潰えていない。

 だが、今またその正反対の存在の声を聞いたとたんに、やはり俺の生き方は邪なるものなのだと──そう思えて仕方がない。

 俺は───俺は───

「俺はいったいどうすればよいのだ?」

 心が激しく動揺している。

 俺は、居たたまれない気持ちになって、頭を抱え、その場にうずくまった。

「光の神の言葉……暗黒の神の言葉……単純に考えれば、今までの俺ならば迷うことなく邪神に仕えるのだが……だが、今の俺は……テティの魂もその身に取りこんでいる。そのせいだろうか、光の神の言葉にも心を動かされる……どちらの神の言葉も真実だと感じられる……ということは…ということは……」

 俺は、生涯、これほど頭を使ったことはないというほど真剣に悩み、そして考えた。

 果たして俺は──このドドス・ハバレッティアは、これからの短い人生をどのように過ごせばよいのだろうか。

「はっ!!」

 唐突に俺は目覚めた。

 神殿の石畳の上に、布を敷いて寝ていた俺だった。

 俺は上体を起こし、崩れかけた壁から漏れてくる月明かりを見つめた。

 壁の外はうっそうとした森で、遠くに獣の鳴き声が聞こえる。

 そのときだ。

 俺の心の奥底から何かの声が聞こえた。

「は……、そ、そうだ…そうだったんだ……」

 そうだ。

 何だ、簡単なことじゃないか!

 俺は、すっくと立ちあがった。身体にかけていたマントがパサリと落ちる。

「俺は、光の神にも暗黒の神にも期待をされているのだ。なんだ、それじゃあ、俺には怖いものなどないのだ。だったら、この世は俺の思いのまま。何をしたっていいのだ。そうか、そうなんだ。そういうことだったんだっ!!!」

 俺は幸せに酔いしれていた。

 生まれて初めて、この醜い姿からも、魔法剣士への道が閉ざされた不運からも解放されたような気がした。

 俺は世界で一番強い男なのだ!

 神にも悪魔にも期待をされている世界で唯一の男!

 あのシモラーシャ・デイビスよりも恵まれた存在───それが俺なのだ。それが、このドドス様なのだっ!!

「ふ…ふふふ……ふはは…」

 知らず笑いがこみ上げてきた。

「ふははははははははははははぁ──────!!!!!」

 俺の笑い声は、この朽ち果てた神殿を突き抜け、天にも届けとばかりに響き渡ったのだった。


 これより、俺の新たなる旅が始まるのだ──俺の、この世界最強の男であるドドス様のな。


            初出2001年2月28日

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