閑話 砂理井のオフ、あるいは魔法使いの日常 その2

「じゃ、いってくるね。女将さん。」

「はいよ!セイちゃんかわいいんだから、ほんとに、気をつけるんだよ!」

「へへ。そんなこと言うの女将さんだけだよ。それじゃ。」


 腹も満たされ、上機嫌な砂理井。ある意味、このセカイで唯一気を許しているのはこの女将だけなのだ。


 馬鹿力引き引き亭を出ると、そのまま王都中心部に向かおうとして……5分ほど進んでから引き返す。

 馬鹿力引き引き亭、ああ、言いづらい。以降、バヒ亭と呼ぶこととする。

 バヒ亭は王都中心部から徒歩25分ほどの場所。他国からすれば小規模なこの国の王都だが、それでもそれなりの広さ。ちなみに魔王城2までは15分。魔王城は、健脚でも2時間の軽登山だ。


「ダンジョン、見に行こう。」


 実は、砂理井はダンジョンに入ったことがない。そもそも、冒険者登録をしていないし、古今東西どのギルドにも所属していないのだ。

 腕一本、いや、特殊魔術…その実“魔法”なのだが…で稼いで旅をしていた。


「鋼牙の連中はどうでもいいけど、銅曲の若いのは、ちょっと焦りすぎの気があったからなぁ。」


 唐突だが、砂理井は友達が少ない。この都市に来て間がないということもあるが、そもそも、友人を作るほどの期間同じ場所に居たことがない。

 いや、それは言い訳だろう。そも、人と言葉を交わすのが、触れ合うのが苦手なのだ。

 だからか、独り言が多い。1人のときは、だが。


「うん、あれだな、ちょっと見に行くくらいは、セーフだな。」


 砂理井は、正規ルートでダンジョンに入ることをなんとなく諦め、なんとなく銅曲…“銅を素手で曲げられる団”…の4人を迎えに行くことにした。



 ぬるりと目的地に到達。案の定、銅曲の連中が8匹のゴブリンに包囲されている。リーダー格はハイゴブリン−一定以上の質の装備の保有と、知性を伸ばしたゴブリンの進化種−、ソレ以外はゴブリンオーガ−知能が低い代わりに力が強いゴブリン亜種−だ。

 目の下に隈をつくり、明らかに疲弊している彼らでもこの程度は倒せるだろうが、無傷とはいかない。強引に押し込んだところで、ヒーラーの居ない彼らでは、戻り次第治療院に直行、だろう。(薬草系はダンジョン内限定で飛躍的に効果が上がるが、それは一時的なもの。使用の度合いによって、帰還と同時に急激な負荷がかかる。)



 砂理井の魔法は、全くもって戦闘向きではない。なら何故、強いのか。



 それは、めたくそ鍛えているからだ。



 鍛えることを補助する魔法ならある。時間圧縮系、思考加速系、物理法則無視系から逆算した正確な観測技術。


 そしてなにより……


「大丈夫ですか。」

「ふあ!ねえさん!」

「ど!ねえさんどし、ここ、どし!?」

「言語が不自由になってますよ。」


 “不均衡のダンジョン5階”

 ギルド製事象観測機が定義する“ダメージ幅”の上限下限値が、大きく振れることで知られる。

 王都から徒歩30分ほどの近距離、かつ、中級以上の実力があれば、下限値での連続判定でも十分に進める程度の難易度。そのため、近隣ダンジョンの中ではダントツの人気だ。

 だが、ひとつだけ問題がある。


 行きは普段より活力が出て、帰り道はその逆、強い眠気に襲われるのだ。


「急いで戻ろうとするのは、パーティ性能にマイナス査定が入る、というか、本当に危ないのでやめたほうがいいですよ。」


 最低限の動きでハイゴブリンの剣戟を徒手空拳でいなす砂理井。騎士崩れの冒険者が使う近接格闘術に似た動きだが、それは、砂理井が“見て”覚えた技術を混ぜて使えるからだ。

 基礎となっている“綜合武術格闘術”は、また、別に師匠が居るのだが……


「行け。」

「ぎ、ぎぎぎ!!!」


 襲撃グループのリーダー格であるハイゴブリンの剣戟を避けつつ前進、同時にそのロングソードを持つ腕に手を添えて、それだけで関節の動きを封じる。

 同時に足を踏みつけ、側面で相対しつつ、何もできない状況を作り、この言葉。殺気を放つでもなく、目をしっかりを見つめて一言、耳元でかけたひと言でハイゴブリンは闘争を始める。

 配下のゴブリンオーガに合図を出せば、まだ戦えただろうが、あまりにも砂理井の動きがスムーズ過ぎた。勝手に、圧倒的強者だと思ったのだろう。


「行きにかけた倍の日数、時間をかけて休憩を増やして戻る。こと、このダンジョンでは鉄則でしょう。」

「あ、そ、というか、ねえさん凄い強くないですか?」

「今は、説教、して、いるんですよ?」

「すい、すいません!はい!すいません!」

「そうだそうだ!おま、リーダーがはよ帰ってねえさんの歌が聴きたいとかいうから!」

「そん!お前らだって同意、」

「どうでもいい。さっさとかえりますよ。」

「いや、ねえさん、あの、その穴、なんです?」

「出入り口です。魔王様が貸してくれた、魔道具です。通り、なんでしたっけ、通り抜ける風に外に出られるやあつ、です。」

「うわ!すご!ほんとに外の風景だ!」

「こんな魔道具あるんだ、すげえ、魔王様すげえ。」

「さあ、いきますよ。入り口のギルド職員には、適当に、出る時サインし忘れたとかなんとか言えばいいですから。」

「「「「はい、ご相伴します。。。」」」」


 通り抜けた先は、ダンジョン入り口から500m程離れた地上。正確な地形把握スキルを持っていればわかるが、地下5階の斜壁面からまっすぐ地上へ穴をほった場合、出る位置だ。


「ねえさん、ありがとうございました。」

「ん。今日は20時から、食堂で歌う。」

「おおお!!まじですか!いや、はい、予定より早めに出られたので、も、お風呂か入っていきます!」

「来てくれればそれでいいよ。流石に、鋼牙の連中だけだと、暑苦しいからね。」

「必ず行きます!っし!気合入れて受付の人に怒られにいくぞい!!」



「もう13時か。甘いものたべたいな。」


つづくつづく

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