閑話 砂理井のオフ、あるいは魔法使いの日常 その1
彼女の朝は早い。
「ハァ、ハァ、ハァ……最悪だ……」
いつものように、悪夢で目覚める。そして、握り込んだ拳をゆっくりと開き、心を落ち着かせた。
私は強い。私は強い。言い聞かせるように、何度も拳を握り、開く。
ベッドから立ち上がると、シルクの寝間着が鈍く光り、いつもの彼女の格好に変異する。
肩下まであるくせっ毛を伸ばしっぱなしにした髪型も、ボリュームのある夜会巻きに。
白のシャツに黒のロングジレ、細身の黒パンツ。
一度鏡の前に立つと、逡巡。黒のパンツが深い青色に変わる。シャツは半ばまで腕をまくる。
心が落ち着いた頃合いで、室内にあるピンク色の冷蔵庫から、水出ししておいたジャスミン茶を取り出す。同じく冷やしておいたガラス製のコップに注ぎ、一息に飲み干す。
気温は摂氏25度。暑いとも寒いとも言えない気温は、しかし冷えた飲み物がおいしい。彼女は腹を下すこともない。
そこは、“馬鹿力引き引き亭”2階の角部屋。
1年分を前払いしたことで、備え付けの家具以外に自身で用意した食器棚や冷蔵庫などが設置されている。
便所や風呂場が無いため、正方形のスペースをフルに活かせる。といって、ごちゃごちゃと調度品を置く趣味はない。
「行くか。」
ボソリと呟くと、魔導認証の扉を開き廊下へ。
廊下は巨木の一枚板で作られているため、ミシリとも言わない。曰く“2階の床は、後ろの木の枝をそのまま使ってるのさ”と。そんな馬鹿な。
1階へ降りると、そこは食堂。女将さんがランチの準備をしているらしく、少し慌ただしい
「ああー!セイちゃん!今日はおねぼうさんね!」
この女将さん、恰幅もいいが声も大きい。が、不思議と嫌な感じはしない。
「ええ、久しぶりに今日はお休みで。」
「あらあら、じゃあ、今日は……いや、お休みならゆっくり過ごすかしら?」
「いえ、よかったら、歌いますよ。」
「そう!今日は鋼牙の連中も銅曲の連中も、ダンジョン帰還日の予定だからね、きっと喜ぶわ!」
「はは、そうですかね、と、ありがとうございます。」
「ふふ、じゃあ、これもサービスね!」
朝食は日替わりのみ。1日3食食べる文化の無い地域なので、朝と昼は殆ど同じメニューだ。
本日の献立は、野菜とキノコのスープに黒パン、ハーブソテーした魚にじゃがいもが少し。サービスでつけてくれたというのは、ランチ用の肉団子をトマトソースで煮込んだものだろう。少し大きめの小鉢は、朝からガッツリいきたい砂理井にはありがたい。
「遠慮なく頂きます。」
「どうぞ、ゆっくりめしあがれ!」
木漏れ日の具合からすると、もう10時頃なのだろう。遅めの朝食もいいところだ。
カツカツと食事を平らげつつ、さて、と思う。
「んむ、もぐ……さて、夜までどうしようかね。」
〜つづく〜
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