3-10

8月13日(Mon)


 寺町法務大臣を拉致した犯人の手がかりを掴めないまま刑事達は苛立ちの夜明けを迎えた。

射殺された門倉元警視総監の後任として新たに警視総監の座についた笹本ささもと警視総監の指揮の元で捜査は進められた。


 警視庁内の大会議室に設置された電話が鳴ったのは午後1時頃だった。男性刑事が電話をとる。


{寺町大臣を解放した}


機械的な声が聞こえて刑事は通話を素早くスピーカーに切り替えた。会議室にいるすべての捜査員が電話の声に意識を集中させる。


{大臣は新宿中央公園にいる}


 笹本警視総監の合図で俊敏な刑事達が会議室を飛び出していく。笹本が受話器を受け取った。


『警視総監の笹本だ。君がイイジマユウスケくんか? なぜ門倉元総監や寺町大臣を狙う?』

{我々の目的は天地創造}

『天地創造?』

{古いものを新しく創り替えるのさ}


通話は切れた。天地創造、その意味とは……。


        *


 新宿中央公園のナイアガラの滝。


『おみず! おみず!』


 小さな男の子は滝を見ると目を輝かせ、母親の手を離れて滝まで駆けていく。彼は滝から流れる水に両手を浸し、ジャブジャブと音を立てて水遊びを始めた。


ふと男の子の目にあるものが飛び込んでくる。彼は振り向いて母親を呼んだ。


『ママー!』

「しょうくん、どうしたの?」


 母親が男の子の指差す先を見る。滝壺に何か黒いものが見えた。その正体がわかった瞬間、彼女はその場に尻餅をつき悲鳴をあげた。


 早河と香道の乗るパトカーに無線で一報が入ったのはそれから数分後だった。


{新宿中央公園ナイアガラの滝で成人男性の遺体を発見、背格好から寺町大臣の可能性あり……}


『思った通り生きて解放はしなかったか』


死体発見の知らせに助手席の香道は悔しげに拳を握り締める。ハンドルを握る早河は会議室で聞いた天地創造の意味を考えていた。

天地創造、そのワードをどこかで聞いた。聖書かそれに近しい何かで出てきた言葉であったような……


『誘拐した門倉唯は殺さず解放しましたよね。でも門倉元総監と寺町大臣は殺した……これがイイジマユウスケの言う天地創造でしょうか?』

『寺町大臣は保守派で有名だった。奴の言った“古いものを新しく創り替える”ってことはつまり古い体質の政治家を排除する意味にもとれる』


 早河達が新宿中央公園に到着した時にはすでに何人かの捜査員がナイアガラの滝周りに集まっていた。同じ班の原昌也と小山真紀の姿もある。

寺町法務大臣はナイアガラの滝壺の中で仰向けに倒れていた。先に到着していた上野警部が早河と香道を呼ぶ。


『頭を一発撃たれていた。死んでからここに遺棄されたのだろう。発見者はここで遊んでいた親子連れだ』


陸にあげられた寺町大臣の無惨な死に顔を見て、保守派で有名だった政治家は天地創造の生け贄にされたのかもしれないと早河は思った。


 新宿中央公園周辺で不審者や不審車両の目撃情報の聞き込みをしている最中、早河の携帯電話が着信した。非通知の文字に彼は唾を飲み込む。

側にいた上野警部に目配せをして早河は通話ボタンを押した。


{やぁ早河くん。プレゼントは気に入ってくれたかな?}


 聞こえてきた声は機械で作られた声ではなかった。この声には聞き覚えがある。今なら声の主がはっきりわかる。


『お前……貴嶋だな?』

{ようやく私のことを思い出してくれたね。よかったよかった}


電話の向こうで貴嶋佑聖は笑っていた。


『寺町大臣を殺したのはお前か?』

{私かもしれないし、私じゃないかもしれない}

『ふざけたこと言うなよ。門倉総監の射殺も孫の誘拐も、犯人のイイジマユウスケはお前なんだろ?』

{イイジマユウスケは私のアナグラムさ。キジマユウセイよりは凡人的な名前だよね}


貴嶋の口調からは罪の意識は微塵みじんも感じられない。


『お前の目的はなんだ?』

{その答えを知りたければ今夜23時、豊洲で会おう}

『23時、豊洲……』


早河は貴嶋が指定した住所をメモして上野に見せる。そこは豊洲の倉庫街だ。


{必ず君ひとりで来るんだよ。12年振りの再会を果たそう}


 貴嶋との通話が切れた。肩を落とした早河の隣に上野が並んだ。


『行くのか? ひとりで……』

『それが奴の指示です。俺ひとりで行きます。行かせてください』


 上野は逡巡する。早河をひとりで行かせれば何が起きるかわからない。最悪の結果では早河を死なせてしまうことになる。


『貴嶋は俺がひとりで来ることを望んでいます。もしこの場所に俺以外の人間がいれば貴嶋は姿を現さないかもしれません』


早河の覚悟を受け止めて上野は決断した。


『わかった。上への報告は俺がしておく。わからないようにサポートとして香道を……』

『香道さんには黙っていてください。俺がひとりで行こうとしていると知れば香道さんはきっと一緒に行こうとするはずです。バディですから。でも今回はそれではダメなんです。俺が必ず貴嶋を逮捕します』


 香道には内密にすると約束した上で、早河と上野警部、上野班からは原刑事、捜査一課長と他の班の捜査員が集められて今夜の貴嶋逮捕の計画が練られた。



第三章 END

→第四章 並んで歩く影法師 に続く

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