3-7
車がなだらかなカーブを曲がって停車した。
「ここって……」
『寄り道の場所』
シートベルトを外して車から降りたキングを出迎えるスーツ姿の男達。彼らは美月にも恭しく頭を下げた。
重厚な石造りの壁に書かれた名称は〈AKASAKA ROYAL HOTEL〉
『部屋の準備は?』
『整っております』
『ご苦労様。美月、行こうか』
ホテルマンとの意味深な会話の意味を尋ねる暇もなく、キングに手を引かれて美月は赤坂ロイヤルホテルのロビーに足を踏み入れた。
回転式の扉を潜ると、目に映るものすべてがきらびやかで豪華絢爛に彩られたホテル内に美月は目を丸くする。
「私がこんなところに来ちゃって場違いじゃない?」
『場違いではないよ。美月はここのお客様だ。それに君はこのホテルに見合う素敵なレディだよ』
キングは先ほどホテルマンから受け取ったカードキーをちらつかせる。エレベーターホールで立ち止まった彼女はキングを見上げた。
「部屋の鍵?」
『そうだよ。早くシャワーを浴びないと風邪をひいてしまう。服もずぶ濡れだ。ここで洗濯してもらおうね』
エレベーターに乗り込み、迷うことなく彼は30階のボタンを押した。美月は雨に濡れた自分の服を見てまた困惑する。
「洗濯って……ホテルでそんなことまでしてもらえるの?」
『このホテルは私の頼みならなんでも聞いてくれるんだ』
またしても彼は意味深な言葉の奥底は語らない。やがてエレベーターが30階に到着した。長い廊下をキングについて歩いていくとキングがある部屋の前で歩みを止めた。
『3003……ここだね』
キングが3003号室の扉にキーを差し込む。ロック解除の音と共に扉が開かれた。
「うわぁ……! 凄い」
部屋に一歩入った美月は豪奢な内装に圧倒された。室内には毛足の長いモスグリーンの絨毯が敷かれ、大きなソファーと大きなテレビ、丸いダイニングテーブル。
もうひとつの部屋はベッドルームのようだ。
『こらこら、はしゃぐのは後。まずはシャワーを浴びないとね。こっちがバスルームだよ』
はしゃぐ美月を微笑ましく見つめて、キングは彼女をバスルームに案内する。バスルームを見た美月はさらに感動した。
自宅の何倍もの広さの浴室には大きくて真っ白な浴槽に、テレビまでついている。
『脱いだものはこの中に入れて、洗面台に置いてね。私が洗濯を頼んでおくよ』
キングに渡されたのはホテルのロゴの入る不透明のビニール袋だ。
『ゆっくり温まりなさい』
彼は美月をバスルームに残して扉を閉めた。ひとりになった美月は濡れてしまった服や下着を脱ぎ、ホテルのロゴの入るビニール袋に入れる。
念のため身体にバスタオルを巻いた状態で隣の洗面所に繋がる扉を細く開けた。ここに置いておけばきっと頃合いを見計らってキングが服を取りに来るのだろう。
(キングって何者なんだろ。こんなお金持ちしか泊まれないようなホテルの部屋借りちゃうくらいだからどこかの社長さんなのかなぁ? ホテルの人もみんなキングに頭下げてた)
バスルームに戻り、温かいシャワーを全身に浴びる。今は夏と言っても雨に打たれて冷えた身体にシャワーの温かさがとても染みた。
アメニティのシャンプーやボディーソープは美月も知っている海外ブランドの製品で、一度は使ってみたいと思っていた憧れの物達だ。バスルームがシャンプーの甘い香りに包まれる。
身体が温まってくるにつれて、それまで鈍っていた思考もこの奇怪な状況に不安を感じるほどには覚めてきた。
(キングはこんな所に私を連れて来てどうするつもり? いきなり襲うような人には見えないけど、人は見かけによらないって言うし……なんでついて来ちゃったの私!)
浴槽に湯を溜めながら自分をここに連れて来た謎の紳士について考えを巡らせる。
キングと言う名前以外は彼のことを何も知らない。もちろんキングの名称も本名ではない。
年齢も職業も知らない。どうして名前も知らない男の車に乗ってしまったのか、どうしてこんな場所までついて来てしまったのか、我ながら危機管理の甘さに呆れる。
(相手がキングだったからなんとなく安心してついて来ちゃったんだよね)
湯船にアメニティの入浴剤を入れてみた。乳白色に色付く水面からはラベンダーの香りがした。
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