3-3
夜の闇に紛れて男が歩いて来た。すぐ側は妖しげなライトが灯る歓楽街。街灯の灯りに照らされてだんだんと男の姿が鮮明になる。
年若い男は派手な柄シャツの胸元をはだけさせ、夜なのにサングラスをかけている。どう見てもチンピラの風体だ。
『お久しぶりでーす』
チンピラ風味の男はサングラスを外して香道秋彦に頭を下げた。
香道は苦笑して男の全身を一瞥する。テロテロとした素材のシャツは黒地にアラビア風な赤い花模様が全体にあしらわれている。
『矢野、相変わらずだな。いつも思うがそんな服どこで売ってるんだ?』
『んー……原宿とか?』
矢野一輝はサングラスをシャツの胸元に差し込み、コインパーキングの片隅に佇む香道の隣に並んだ。彼は脇に挟んでいたA4封筒を香道に渡す。
『香道さんに頼まれたもの。詳細はそこに書いてあります』
『助かる』
香道は封筒から書類の束を取り出した。書類を灯りに照らして文字を追う。
『ってか、なんで今さら辰巳佑吾を調べているんです? それも早河さんには内緒って』
『ちょっとな。去年の夏にお前が掴んできた例の情報……あれがどうしても気になるんだ』
『ああ……あのラストクロウのことですか』
矢野は車止めの前に座り込み、煙草をくわえた。香道は立ったまま熱心に書類を読んでいる。
『辰巳の組織は辰巳が死んでからは組織幹部も自殺や暗殺されたりで組織の生き残りはいないと聞いています』
コインパーキングに隣接するビルはラブホテル。その隣のビルもラブホテル。こんな場所で男二人、目立つようで目立たないここは都会の闇の淵。
『もしも新たな組織が出来ていてそれが辰巳に近い人間が創ったものだったとしたら、組織に狙われるのはおそらく早河だ』
『早河さんの父親と辰巳の因縁が今も続いているって言いたいんですか?』
『お前……早河の親父さんと辰巳のこと知ってたのか?』
矢野の言葉に驚いた香道が顔を上げた。矢野は煙草の煙を吐いてニヤリと笑う。
『俺を誰だと思ってるんですか。これでも情報屋ですよ。早河さんの母親が辰巳の手下に殺されたことも知ってます。今のところ早河さんには黙っていますけどね』
矢野はこんなチャラチャラとした風貌をしていても頭がキレる。矢野とは早河を通じて知り合ったが、矢野と早河の関係性は実のところ香道にもよくわからないものがある。
『お前と早河ってただの刑事と情報屋の関係ではないし変な仲だよな』
『早河さんとは俺が高校の時からの付き合いなんで。兄弟みたいな感覚入ってますね』
『兄弟ねぇ。なぁ、出所後の辰巳は横須賀を拠点にしていたんだな』
『そうらしいっす。辰巳の組織……カオス本部も横須賀にありました。東京出身の辰巳がなんで横須賀に居着いたのかは不明ですね。横須賀に付き合ってた女でもいたのかも』
腕を組んだ男と女がパーキングに入ってきた。腹の出た太った男は推定四十代、ミニスカートの女はかなり若い。十代かもしれない。
車に乗り込む男女に矢野は呆れた眼差しを送っていた。
『辰巳に婚姻歴はなかったよな?』
『戸籍上ではね。さすがに犯罪者と結婚する物好きは……まぁいるかもしれませんけど。辰巳は一応は生涯独身のまま死亡していますね』
矢野が吐いた紫煙が熱帯夜の空気に溶けて消える。先ほどの援助交際らしき男女を乗せた車がコインパーキングを出ていった。
『ただ、辰巳はわりと顔は良かったみたいです。辰巳の写真見ましたけどあの時代でもいい男に入る部類のイケメン。おまけに頭も良かったとか。言い寄ってくる女は多かったでしょうね。戸籍には載っていない辰巳のDNAを受け継いでいる子供のひとりやふたりいると思うと鳥肌ものですよ』
『辰巳の子供……』
香道はざっと目を通した書類を封筒に戻す。辰巳が死亡したのが12年前、もしも彼に子孫がいたとすれば子供は今何歳になる?
『じゃあ俺は行きます』
『ああ。矢野、いつもの』
香道は懐から出した分厚い封筒を矢野に差し出した。封筒の中身は今回の報酬だ。
しかし矢野は受け取らなかった。
『今回は早河さん関係のことなので無償でいいですよ。その代わり今度いつものラーメン奢ってくださいねー。特盛餃子も追加で』
矢野は再びサングラスをかけ、白い歯を見せて笑った。
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