第四話 秘密②

 部屋に帰ってきた私たちは本の整理を少しした後、休憩のお茶をしています。


「この本たちが店頭に並ぶのが楽しみです」


 私は素晴らしい魔法書たちに少し浮かれていました。


『それなんだけどさー。これほとんどの本が結構な値段じゃない? だから、うちの店じゃ売れないっていうか、売れ筋じゃないっていうか』


 自分でも言いたくなさそうにジニーが言います。


『だから、おばあさんから買い取ったら、店には並べずに専門の卸業者に売ろうと思うんだよね』


「なんですって!」


 私は立ち上がりました。丹精込めて読解し、魔法を使ったつもりです。それなのに自分の店に置けないなんて。半分はアソウさんの店に行くのだって、胸が苦しくなったのに。


「しょうがないんじゃないかな。だって本棚に空きないし」


「それは……」


 アソウさんの言うことに口を噤んでしまいます。確かにお店にはこの大量の本を置く場所がないのです。


『それに店に並べると一冊ずつ登録料がとられるし。それだけでも結構な額になるんだよね……』


「登録料、ですか?」


 聞きなれない単語に疑問が浮かびました。アソウさんも同じの様で、


「何それ初めて聞いた」


『簡単な魔法書ならいらないんだけど、強力な魔法書の場合、店に並べるのに魔法書協会から登録料を取られるんだ。違反すると最悪協会から追い出される』


 そんな協会があることも初めて知りました。協会を維持するうえでも、在りかを明らかにする意味でも、登録料は必要なのかもしれません。


「でも何も全部を卸業者に売るわけではないですよね」


『そうだね。数冊は店に並べてもいいかもねー』


「十冊は並べてください」


 私はジニーに顔を近づけます。どうしてもそれぐらいは必要です。


『あ、う。しばらく粗食でいいなら……』


「構いません。では私は改めて読書に専念します」


 私はまだ手つかずの本を見比べて厳選します。


「俺は構わなくないんだけど」


『ナナがああなったら何を言おうとダメだ、アソウ』


「……まぁ、これだけ売れば相当ノルマの方も減るな」


『何を言っているのさ。業者に売ったのはお客さんに売った分じゃないから、ノルマには入らないよ』


「な、なんで」


『なんでもなにも、業者の人は本を読むわけでも魔法を使う訳でもないからさ。店で魔法書を売るのは他の魔法道具にはない魅力を知ってもらうためでもあるし』


「そんなー」


 アソウさんはがっかりしていますが、私は何となく予期していました。ジニーの目的は本当のところ謎ですが、ただ本を売って儲けるためだけならお客の来ない魔法古書店などしていないでしょう。


「それでは私は失礼します」


 二人にそう言うとそのまま自室に入りました。




 私はふうと息を吐いて本を閉じました。この本も大変興味深いものでした。きっと強力な魔法が使えることでしょう。


 魔法書に書かれていることは実に様々です。図鑑のようなものもありますし、土地の風土について書かれている物もあります。一番多いのが魔術師自身の伝記でしょう。日記のように異世界での冒険について書かれているのです。


 読む手も止まらないというもの。どうやら何時間も机にかじりついていたようです。窓から見える外はもう暗く、星が瞬いていました。


 カーテンを閉めると私はダイニングに向かいました。


「あ、やっと出てきた」


 ダイニングのテーブルではアソウさんが本を読んでいました。本にしおりを挟んで立ちあがります。


「お腹減っただろ。いまスープ温めるからな」


 そう言ってキッチンに行き、鍋をかき混ぜ始めました。


「すみません。また食事を作らせてしまって」


 食事を作るのは当番制。ですが、今日のように私が本に夢中になってたまに当番を忘れてしまうのです。それでもアソウさんは文句も言わずに、作ってくれていました。


「はいどうぞ」


 コトンと目の前に置かれたスープには豆が入っていて、こちらに来てから私の一番の好物です。それもアソウさんが作ってくれたスープに限ります。


「いただきます。……。あの、食べにくいのですが」


 アソウさんがこちらをじっと見ているので、ものすごく食べにくいのです。


「いや、ごめんごめん」


 そう言うとアソウさんは読みかけの本を再び読み始めました。


「ごちそうさまでした」


 そう言った後に気づきました。また、美味しいと言いそびれました。食べ終わった後には言いにくいのです。


 アソウさんとおやすみなさいを言い合い、自室に戻りました。さすがにそろそろ休もうと思ってベッドの方へ。ただ、ベッドの周りも本だらけです。私は誘惑に負けて、手を伸ばしてしまいました。


「これは……」


 手に取ったのは少し変わった一冊でした。本の表紙にタイトルがありません。何も書かれていない青い装丁の本でした。



  *



 朝、目が覚めて、部屋のドアを開けたと同時に、反対側にある部屋のドアも開いた。


「おはよう、ナナちゃん」


『おはよう、ナナ、アソウ』


 ジニーも現れて挨拶をしたが、ナナちゃんは無言。なんかいつもと様子が違うような。そう思っているとナナちゃんが早足で俺の所まで歩いてきた。


「どうかしたの」


「黙ってこれをお読みください」


 ナナちゃんが一冊の本を胸に押し付けてくるので受け取る。その本は変わった本だった。青い装丁の本だけど、他の本より紙質が悪い。表紙もペラペラだ。


「なに? この本?」


「いいから店番の合間にでも黙って読んでください」


 よく見るとナナちゃんの目元は赤くはれていた。この本に何かあるのだろうか。




「ナナちゃん!」


 俺はナナちゃんの店側の引き戸を思いっきり開けた。ナナちゃんはハタキを持って、本の埃を払っていた。


「読みましたか」


 俺が来ることを予期していたかのようなナナちゃん。俺はこくりと頷く。


「ああ。この本……」


 俺は小脇に抱えていた本を正面に差し出す。


『ナナが朝渡していた本がどうかした?』


 ナナちゃんの店にいたジニーがキョロキョロと俺とナナちゃんの顔を見比べた。


「この本、もう最高ー!!」


「ですよね、ですよね」


 珍しく満面の笑みでナナちゃんが、はたきを振りながらぴょこぴょこ跳ねている。何だか可愛い。俺の口はニヤニヤしながら、するするとよく滑る。


「だよな、だよな。特に主人公とライバルが激突するシーンが!」


「主人公とヒロインの切ない恋愛模様が!」


「「!」」


 全く違う意見に一気に空気が冷えた。


「いやいや。確かに恋愛も書かれていたけど、この本のメインはひ弱な少年が仲間たちと強くなっていく成長物語だろ?」


「なにを読んでいたんですか? 確かに戦闘は描かれていましたが、それも会うに会えないヒロインとの恋愛を盛り上げるためでしょう?」


 俺は可愛くなくなったナナちゃんとにらみ合う。


「戦闘!」


「恋愛です!」


 気が合わないと思うのはこういう時だ。同じ本を読んでもほぼ毎回、意見がぶつかるのだ。


『まぁまぁまぁ』


 ジニーが俺とナナちゃんの間に入ってきて、興味津々に聞いてきた。


『そんなに面白い本だったの?』


「「もちろん」です!」


『どれどれ』


 本が宙に浮いてパラパラと勝手にページがめくられる。速読にしても早すぎだ。


『うぐっ、うぐっ』


「え、泣いている」


「ジニーこれをどうぞ」


 どこが目か分からないが、本の縁からしずくが落ちた。ナナちゃんがハンカチを取り出すと、

宙に浮いてしずくを拭う。


『ありがと。あまりの感動大作で千年ぶりぐらいに涙したや』


 冗談かどうか分からないが、本が泣くという異常な状況に俺たちのケンカ熱は冷めた。


「ただこれ、他の魔法書と全然違うよな。手作り感満載というか」


 俺は本を手に表と裏を交互に見る。


「私はこれ、亡くなったおじいさんが書かれたんだと思います」


「まさか」


「だって、これ……」


「どちらにしろ、これだけ特殊な本です。お客様にお伺いを立ててから、どうするか決めましょう」


 俺たちはこの日は早めに店を閉めることにして、おばあさんの家に向かうことにした。




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