第ニ章 聖女 8話
(なんでまた?)
仕事をするためにギルドにやって来た俺だったが、いつも使っている部屋に入ると、キースの他に何故かミアとケイトもいた。
「おお来たか、今日は教会が保有している武器を依頼されてな、視察をミア様がやることになった」
「よろしくお願いします」
「そうだったんですか」
てっきりまた何か遭ったのだろうか、と心配したが杞憂だったようだ。
「今回の武器はかなり強力な呪いがかかっているため、先にミア様に結界を張っていただく」
机の上には綺麗に細工がされた箱が置いてあった。蓋の部分には魔法石と魔力石がはめ込まれており、昨日ケイトが腕に付けていたものとは別タイプの、呪いを封印する魔道具なのだろう。
いままでこんな厳重に保管された品は初めてだったので、かなり危険な品なのかもしれない。そのせいか他の三人の態度が妙に硬い気がした、ケイトなどは部屋に入ってから、ずっとしかめっ面をしている。
「結界を張ります」
ミアが魔法を発動させる。地面に光のサークルが現れて立ち上がっていく、前に聖騎士団が使っていた魔法にそっくりだが、俺には結界魔法の知識など無いので、見た目が似ているだけできっと違うのだろう。
「結界が張れました、アドラさんお願いします」
「はい」
光のサークルの中に入り、念のため魔力の検知をつかってから、箱の蓋をゆっくり開けた。
「ん?」
中に入っていたのは一本のナイフだった。飾り気がなく、特別な物には見えなかった。それよりもおかしいのは、ナイフから発せられる闇の魔力が、それほど多くないのである。
だが…確か闇の魔法には秘匿の魔法もあり、物を隠したり自分の存在を稀薄にしたりできると、セシリーの講義で習った。実際に黒い本にも、その系統の魔法があったのは確認した。このナイフの呪いには、秘匿の魔法もかかっているのかもしれない。
油断せずにさっさと本を開いて、呪いの吸収をすませた。しかしナイフから吸収できた闇の魔力は極僅かだった。念のためナイフの裏側も見てみようと、手袋をはめてナイフを手に取って眺めたが、特に呪いの紋章らしきものは存在しなかった。
「終わりました」
ナイフを箱にしまい後ろに振り返ると、他の三人は何か深く考えているのか、反応が無い。
「終わりました」
「む?おおそうか、今日はもう上がっていいぞ」
「お、お疲れさまでした。アドラさん」
声を少し大きくすると、ようやく反応があった。しかし少し反応がおかしい気がする。
「何かありました?」
「い、いえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
念のため聞いてみたが、何故かキースではなくミアが返答してきた。
「昨日聞いたとは思うが、ミア様はハラハ森で起こっている。モンスターの狂暴化について、調査をおこなっていてな。ギルドも協力することになったのだが、なかなか会議が進展しなくてな」
モンスターの狂暴化については初めて聞いたが、それで皆が難しい顔をしていたのかと納得した。キースがこのところ忙しそうだったのも、それが原因だろうか?なんにせよ俺には関係ない話なので、三人に挨拶をしてギルドから宿に帰った。
バタン
アドラが扉を閉め帰っていった。アドラの足音が聞こえなくなるのを確認して、残った三人は話し始めた。
「違いましたね…」
「ミア様。お気を落とさずに」
「副ギルド長の予想は外れだったか…」
ミアから聞いた兄に似ているという言葉を聞いて、副ギルド長はアドラがゴーストに取り憑かれているのではないか、と仮定したのだった。
ゴーストが取り付くのは、弱った人間の他に自分の親族や思い入れのある品を持った者、そして自分に近しい特徴の持ち主というのが多い。
アドラはミアの亡くなった兄に雰囲気が似ており、形見かもしれない黒い本を持っており、取り憑かれる易い条件が整っている。またゴーストに取り憑かれているなら、十五年前の火事について断片的に知っているのも、ゴーストの影響の可能性がある。
それを確かめるために用意されたのが今回の場で、結界と称してミアが使った魔法は、ゴーストに憑かれているかどうか判断する聖判だったのだ。そのため用意されたナイフは、穢れはあるが呪われた物ではなく。箱も単なる魔力で鍵がかけられる代物というだけで、封印の効果は特にない。
「副ギルド長は、もしゴーストが憑いていなければ、黒い本の能力ではないか、とも言っていましたね」
「もしそうなら私達が今できることは何も無いですね…」
「いっそのこと本人に、問いただしてみればいいのではないですか?」
こういった回りくどい事を好まないケイトの発言に、キースは難色を示す。
「そうなると、ギルドが周辺調査をおこなったことを、言わなければならなくなりますので。アドラの性格からして、それを知ったらギルドと距離を取りかねないのです。黒い本の能力もありますから、無駄に刺激するべきではないかと」
「そうかもしれませんね。ハラハ森の調査が終わったら、私達も黒い本について調べたいと思います」
「ミア様が自らがですか?確かに重要な案件ですが、お手を煩わせるほど切迫してもおりません。ギルドとしては、父君から契約魔法などの情報を、提供していただけるだけでも、十分だと考えています」
「あの本を知っている者として、ほおっておくわけにはいきません」
こうなると頑固な所があるミア様は譲らないだろう。ミアの決意に満ちた目を見て、従者として長年一緒に居たケイトはそう思うのだった。
昼の時間になったので食事処に来たのだが、雨の日なので食事処がいつもより混んでいる。雨は気分が落ち着いて好きなのだが、これだけはいただけない。一応は他の人と時間をずらすために、少し遅く来てみたのだが、あまり意味はなかったようだ。
宿に一旦戻って、もう少し休んでから来るべきか、と悩んでいたところに声をかけられた。
「アドラさん」
声のした方に目を向けると、ミアとケイトがおり。ミアがこちらに向かって手を上げていた。
最悪だ…何が最悪かといえば、ここは冒険者がよく使う食事処であり、庶民的な場所である。そのため見た目が高価な装備をしているミアとケイトは、非常に浮いた存在となっていた。ミア達の周りのテーブルだけ、空席が目立っていることからもそれがわかる。
そんなミアが声をかければ、俺に店中の視線を集まるのは必然であった。しかしここで引くことは許されない、ギルドとの付き合いなど今後の事を考えれば、行くしかない。なるべく他の人間と目を合わせないように、ミア達のいるテーブルに向かう。まるで針の筵を歩いているようだった。
「ミア様こんにちは。どうしました?」
「いえ、一緒に食事でもと思いまして」
嬉しそうに悪魔の提案をしないで欲しい。
「いえ、私がお邪魔するわけには…」
「ミア様は身分差を気にせず、騎士の私とですら一緒に食事をしてくださる。庶民であろうと気にすることは無い、ミア様の好意を無下にするな」
ケイトはそう言って睨んできた、これは断ったらどうなるかわかってるんだろうな、という意味であろう。
「ありがたく御一緒させていただきます」
どうやら針の筵に座らなければいけないらしい。
三人の食事は、傍から見ると和やかに進んでいるように見えた。が和やかなのはミアだけで、ケイトはアドラのことを警戒していたし、アドラは二人の不興を買わないように立ち回るので精一杯で、料理の味など二の次の状態だった。
「ここのお店の料理は美味しいですね、アドラさんは何か好きな料理はあるんですか?」
「スパイスを多く使っているものが好きです」
「私はあまり刺激が強い物は苦手なんです。甘い果物は好きなんですが…」
「そうなんですか」
「そういえば近くの屋台に、ここの名物であるブドウの砂糖煮が売っていましたね、ミア様あとで寄ってみましょうか」
「それはいいですねケイト」
ミアはアドラと話がしたくて話題を振っていたが、アドラは短い言葉で返すだけなので、話が止まってしまうが、そこをケイトが補って何とか会話が続いていた。アドラは失言をしないように話していたが、傍から見れば素っ気ない態度で、失礼なことをしていた。しかしそれを指摘して、注意する人間は残念ながらここにはいない。
食後にお茶を飲みながらもしばらく話は続き、アドラは精神的に疲れ切っていたが、何とか相槌を打っていた。
「名残惜しいですが、そろそろお開きにしましょう」
「楽しい時間を、ありがとうございました」
別れ際、どうみても乾いた笑みを浮かべているアドラに対して、ミアは本当に名残惜しそうな声をしていた。
「ケイト、もう一度ギルドに行きますよ」
「アドラの事でですか?」
「そうです」
「ミア様…いえ、わかりました」
自分が何か言った所でどうにもならないと感じ、ケイトは言葉を飲み込んでミアに付き従うのだった。
今日からまた訓練に復帰する予定だったのだが、先に仕事を済ませに行ったギルドで事態は思わぬ方向に行くことになる。またミア達が待っており、キースの口から思いもよらぬ言葉が出てきたのだった。
「ハラハ森の調査に、同行してもらいたいそうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます