第ニ章 聖女 9話
依頼:ハラハ森の調査協力
概要:ハラハ森のモンスターが狂暴化している問題について、ミア様達がおこなった一度目の調査中に、ケイト様が何者かによる罠により呪いを受けた。このためモンスター狂暴化の原因は人為的なものであり、闇魔法使いが関わっている可能性が高いと思われる。
アドラには、この闇魔法使いに対処するために同行してもらう。ただし直接的な戦闘はせず後方での待機となり、ミア様達では解決不能な闇魔法に対してのみ助力することになる。
以上が俺が受けた依頼内容だ、俺が受けたといっても半ば強制的にだが。まあ内容自体は簡単なもので、俺は基本的にハラハ森には入らず、仮に闇魔法関係が見つかったとしても、ミアが対処できるなら俺の出番は一切無い。
問題は今回の依頼を、ミアが強引にねじ込んできたことにある。ハラハ森は首都からは少し離れた場所にあり。俺が遠征するにはまだ早い、と判断した副ギルド長は反対していたそうだが、ミアの熱意に押されて根負けしたそうだ。
「坊主にミア様はずいぶん執着しているようだ、そんなことをする人には見えないが、もしかしたら坊主の引き抜きを狙っている可能性もある。その時はよく考えて決めるんだぞ」
とキースから言われており、待ち合わせの場所に行くのが非常に怖い。
出かける前に装備の確認を行う。服装はいつも通りで皮鎧の上にローブを着ている。
武装はオーガストとの訓練で変わっており、短槍と円盾が近接のメイン武装になった。槍は剣よりも簡単に殺傷力を出すことができ、リーチも長いので採用することになった。しかし俺の体力や技量から、普通の長さの槍では難があったため、リーチを捨てて、盾を使いながら使用できる短槍を使うことになった。
遠距離武器としては縄でできた投石器を携帯している。投石器も技量をそれほど必要とせず、弾を簡単に補充できるのが強みだ。問題は俺の技量では、止まっている的にも4割程度しか命中しないことだ。
残りの品は遠征に必要な寝袋や水袋などの生活用品と、ポーションなどの戦闘用の消耗品になる。
宿で装備の最終確認を終えて、俺は待ち合わせの場所である馬車の停留所に向かうことにした。
朝早くというのに馬車の停留所は人でごった返していた、いや通勤ラッシュと同じで朝だからこそ人が多いのだろう。停留所ということで様々な馬車が止めてあり、大人数で乗れるものから荷車のようなものまであった。それを牽引するモンスターもいろいろな種類がいて、馬・トカゲ・亀・ダチョウに似ている巨大な生物が並んでいた。少し早く来ていたのだが、馬車やモンスターを見ているだけでも時間を潰せそうだ。
とりあえず指定された番号の看板の下で待っていよう、と考えていた俺だったが、その指定された場所に近づくと、人だかりができており渋滞していた。もしかしてミア達か?と思った俺はそれ以上近づくのを止めて、少し遠くで待っていることにした。
「あの人だかりは何かあったのか?」
「何でも光壁の聖女が来ているらしいぞ」
近くに居た男達の話が耳に入って来た。聖女という言葉からして教会関係だろうから、やはりミア達があの人だかりを作っている原因だろう。
「そうなのか」
「そうなのかって…お前なぁもうちょっと驚けよ」
「だってよ聖女っていっても候補ってだけだろ、貴族って話だし変に目をつけられたらたまったもんじゃない」
目をつけられた人間がすぐ側に居ることを彼らは知らないだろう。ハハッと心の中で自虐的に笑うのだった。
「神器を持ってるんだ、まず間違いなく聖女に選ばれるに決まってるだろ。性格も気さくな方だと聞いている。顔を合わせておいても損はしないだろ」
「だけどよ…確か元孤児でアジンガエリだろ、絶対に聖女に選ばれるのは無理だね」
「ああ、そういやこの国はそんなんだったな…」
「俺の生まれ故郷をそんなん呼ばわりとはなんだ!」
「事実を言ったまでだが」
「なんだとお前の国だって…」
男達は言い争いを始めたが、俺には関係の無いことだ。ただ男達が言っていた光壁と神器という言葉が引っ掛かった、前に十五年前の火事について情報屋から聞いた内容に出てきたからだ。
そういえばミアは、前世で一緒に孤児院に居たミアに顔はヴェールでよく見えないがそっくりだ。ということは実はミアはミアの子供で、神器を譲られたとか?しかしそうなると元孤児というのが気になる。ミアがそんなことをする人間に育つとは思いたくない、となるとミアの両親が子供を産んでまた孤児院に捨てたミアの妹とか?しかしそれだと神器はどうなる?
カーン!カーン!カーン!
回答にたどり着けなくなり、ミアという言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうになっていた俺は、鐘の音で我に返った。
約束の時間になったわけだが、未だに人だかりは消えていない。あそこに飛び込む勇気は俺には無いので、看板の下に止まっている馬車の近くに移動した。
馬車は屋根付きの大きなもので、複数人が座れるように長椅子のようなものが設置され、外をのぞける窓もついていた。それを牽引するのは巨大な緑色のトカゲで、御者から果物を与えられ、それを美味しそうに食べていた。
「この馬車はギーダー村に向かいます」
呼び込みが始まり人が馬車に乗り込んでいく、ハラハ森に一番近い村の名前がギーダーなのでこの馬車で合っているのだろう。しかしミア達の姿はまだ見えないので、先に乗り込むわけにもいかない。
「この馬車はギーダー村に向かいます。もう少しで出発いたしますよ」
その声を聞いたのか、人だかりの中からミアとケイトが出てきて、こちらに向かって来た。
「アドラさん。よかった、来てないのかと思いました」
「すいません。待ち合わせの場所に人が多くて、近づくことができなかったもので」
「ミア様は有名だからな、皆が一度お目通りになりたいと集まったのだ」
人だかりがあった場所は未だに人が多くおり、誰もがミアに注目していた、その結果ミアに話しかけられている俺にも視線が集まるのである。仕方が無いことだが、こんな場所からは早く立ち去りたい。
「もうすぐ出発するらしいので馬車に乗りませんか?」
「そうですね、待たせてしまっては悪いですし」
御者に代金を払い、俺は逃げるように馬車の中に入った。
ゴトンゴトンと馬車が進む、俺は窓から外の景色を眺めていた。街から遠出するのが初めてであり景色が物珍しいのもあるが、一番の要因は馬車に酔ったためだ。
馬車には衝撃を吸収する構造がたぶん無く、道も舗装されていないので、馬車がものすごく揺れるのである。慣れてない俺はグロッキーな状態になってしまっていた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか…」
すぐ隣のミアが心配そうに声をかけてきた、俺達が乗り込んだ時にはすでに席がほとんど埋まっており、三人で座るには密着するしかなかった。別々に座ればいいのでは、と提案したがミアは三人一緒が良いと言い。座る場所もケイトが間に入ろうとしたが、ミアが俺の隣が良いと押し切った。
なぜこんなに気に入られたのかは未だに不明だが、正直に言えば心臓に悪い。そのせいでケイトの機嫌が悪いようだし、困ったものである。
余計なことを考えたせいで、また気分が悪くなってきた。頭を空っぽにして景色を楽しもう。
首都からだいぶ離れた道を進んでおり、周囲には人工物が一切見受けられない。踏み鳴らされた道から外れれば自然が広がっていた。
遠くに雑木林が見えて、その中で何かが動いていた。よく目を凝らすと毛むくじゃらで、四足歩行の動物だった。
「狼?」
バッと雑木林から十匹以上の狼が現れ、こちらに向かって走って来る。その前足には鎌のような巨大な爪が生えていた。
「うああ!」
思わず声を出した俺に釣られて、何人かの乗客がそれに気づく。
「シックルウルフだ!馬車を止めろ」
その声を聞いてか馬車のスピードが落ちていく、乗客は馬車が止まるのを待っていられないのか、次々と外に飛び出していく。俺は動いている馬車から飛び出す勇気が無いので、窓にしがみついている事しかできない。
そもそもなぜ馬車を止めたのだろうか、逃げるにしても馬車の方が早いのでは?と思っていた俺だが、降りた乗客は逃げてなどいなかった。それぞれ自分の武器を取り出してシックルウルフに向かって走っていった。
「シックルウルフならば、私達がわざわざ出る必要はありませんね。下手に手を出すと彼らの分け前が減るでしょうし」
「怪我人がでないとよいのですが」
ケイトの言葉からそんなに強力なモンスターではないのだろう、しかし俺には実感が無いので、固唾を飲んで見守るしかなかった。
双方の距離が徐々に縮まり、始めに魔法と弓矢が発射され戦闘が始まった。しかし始めの遠距離攻撃で、すでに大半のシックルウルフが仕留められており、もはや獲物の争奪戦となっていた。戦闘が始まって数分もしないうちに、シックルウルフ達は全滅した。
戦闘の結果で自分の生死が決まるので、一部始終を俺は見てしまった。もちろん気分は最悪である。それでも失神しなかったのは、オーガストの訓練のおかげだろうか?
とにかく危機はさったようなので、俺はなるべく外を見ないように馬車の中に向き治った。
「さて、そろそろ私達の出番ですかね」
「そうですな、行きますか」
今頃何をしに行くのだろうか?多くの荷物を持った人達が馬車を下りて行く。気にはなったが血に染まった風景は見たくないので、おとなしく待っていることにした。
「私も怪我人がいないか見てきます」
「では私もお供します」
「アドラさんは気分がすぐれないようですし待っていてください」
「ありがとうございます…」
俺も行かなきゃ駄目ですよね、と考えていたのでミアの申し出はありがたかった。まあ本来なら大丈夫ですよと付いていくのだろうが、そこで倒れてしまっては本末転倒だ。
しばらく待っていたら、すぐにミアとケイトは戻ってきた。
「よかったです。怪我人はいませんでした」
次に戦闘に参加した人達が戻ってきたが、やはり装備が血に汚れて鉄の匂いがした。
最後に戻って来たのは荷物を多く持っていた人達で、その荷物に新たに毛皮や肉などが追加されていた、どうやらこの人達は商人のようだった。
全員が乗り込むと、また馬車はガタゴトと進みだす。
シックルウルフの襲撃があってからだいぶ時間が過ぎ、空は夕焼けに染まっていた。あれからは特に事件も無く、途中休憩を挟みながら順調に進んでいた。夕方には着くと聞いていたのでそろそろだろう。
「ありゃどうしたんだ?」
外から聞こえた御者の言葉に、数人が窓から外を確認する。俺も釣られて前方を見ると、関所のようなものとその奥に大量のテントが張られていた。
「あの旗は…」
その関所やテントに立てられている金の三本線が書かれた旗を、どうやらケイトは知っているらしい。
「聖風軍」
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