第ニ章 聖女 7話

「え、ええと…見知らぬ人に貰いました」


お偉いさんの依頼をどうにかこなせた俺だったが、呪を受けた聖騎士の主人であるミアに、本について真剣な声で尋ねられた。しかし詳細なことは話せる内容ではないので、大雑把に事実を言っておく。


「いつ貰いました?どんな人でしたか?」


「子供の頃に、えーと、変な格好の…」


「失礼ですが、ミア様はこの黒い本についてご存じなのですか?」


「あっ…!す、すみません」


ミアの矢継ぎ早の質問に困っていた俺に、副ギルド長の助け舟が入る。ミアは自分がはしたない行動をしていたと気づき、俺の服から手を放し顔を真っ赤にしながら謝った。


「同じ本なのかは判りませんが、兄が持っていた本にそっくりなのです…」


「よければ、詳しくお話を聞かせてもらえませんか?」


「はい。ですがその前にケイトの治療をします。話はその後でもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろん」


とりあえず俺は元の立っていた位置に戻ってこれた。しかしキースが契約魔法について何か情報が得られるかもしれない、と言っていたがまさか本について知っている人が居るとは思わなかった。


「ケイト、ごめんなさい。いま治しますから」


「そんな、ミア様が謝ることはございません。元々は私の不注意が招いたこと」


ミアがケイトの腕の近くで手を向き合わせると、その間に光の玉が生まれた。それが徐々に輝きを増すと、ケイトの赤黒く爛れていた腕が、見る見る元の腕の色に戻り治っていった。

どうやらミアは光魔法を使えるようだった。光で傷が治る理屈はよくわからないが、闇魔法もなぜ闇なのかという魔法が多数あるので気にしない方がいいのだろう。

やがて呪いがあった痕跡は完全に消えて、ケイトは腕の調子を確かめるように腕と手を動かした。


「ミア様ありがとうございます。もう大丈夫です」


「ケイト、よかった」


ポーションを飲んで短時間で回復したことはあるが、他人の回復している様子を見るとあらためて凄まじいと感じる。


「アドラさん、先ほどは失礼しました。そしてケイトを解呪していただいて助かりました、ありがとうございます」


「あ、いえ…仕事でやったことですから」


「ふふ…そうだとしても助かりました」


急に名前を呼ばれて、謝罪と感謝を述べられた俺は、少し慌てふためいて言葉を返した。そんな俺を見てミアは何かを懐かしむような、哀愁のある微笑みを見せるのだった。

本についての話をミアから聞くことになったのだが、当事者の一人ということで俺も話に参加する流れとなった、キースは仕事が忙しいようで挨拶をして部屋を出て行った。

俺は副ギルド長の横に座り、ミア達と向かい合う状態だ、偉い人に囲まれて座るというのは居心地が悪い。本については気になるが、なるべく早く話が終わらないだろうか。


「私も黒い本について、あまり詳しく知っているわけではないのです。兄が持っていたのを一度見たことがあるだけなので」


「そうですか、失礼ですが…ミア様にご兄弟は居なかったと存じています。その兄というのは誰の事をおっしゃっているのでしょうか」


「私が養子だというのはバーナビーさんはご存知ですよね」


「ええ、そううかがっております」


皆が副ギルド長としか呼ばないので、今の今まで知らなかったが、副ギルド長の本名はバーナビーというらしい。本名で呼ぶことは無いので、すぐに忘れてしまいそうだ。まあ忘れても使う機会が無いの問題ないだろう。


「私が養子に行く前の孤児だった時に、兄と慕っていた人が居たんです」


「そうでしたか…その人は今?」


「…亡くなりました」


「申し訳ありません。ツライことをお聞きして」


「いえ、いいんです。本を見たおかげで兄との懐かしい記憶が蘇りました」


しんみりとした空気になり、非常に空気が重い。

しかしミアも孤児院の出だとは思わなかった、光属性の孤児は成人すると教会の一員として迎えられるので、ミアもそのくちだろう。


「兄が亡くなった後に、遺品を探したのですが本のような物は見つかりませんでした」


「もしかしたらアドラ君の持っている本がそうなのかもしれません。黒鉄の本など、これ以外は見たことがないほど、珍しい物ですからね」


「そうだとしたらいったい誰が持ち出したのでしょうか?」


「アドラ君に本を渡した人、と考えるのが妥当でしょうね。アドラ君、もう一度詳しく本を渡した人物を教えてもらえますか」


「ピエロの恰好をして、よく笑う芝居がかった言動をする人でした」


自分で言っていておかしいと思うが、事実そんな奴だったので他に言いようがない。


「ミア様はこの人物に心当たりはございますか?」


「いえ、ありません。ケイトはどうです?」


「残念ながら知りません」


「私は何人か心当たりがあったのですが、アドラ君が知っている人物ではありませんでした」


世の中は広いもので、副ギルド長は何人か候補になる人間を知っていた。冒険者、傭兵、暗殺者、魔術師など、探せばピエロの恰好をした人物は意外と居たのだった。副ギルド長が似顔絵を描いたり特徴を教えてくれたが、どれも俺が会った人物とは違っていた。


「やはり本の作成者や、渡した人物を探すのは難しいようですな」


まあ見つけようとして見つかるような相手とは思えない、燃え盛る倉庫に突如として出現するような存在だ。


「ギルドはどうして本について調べているのですか?」


「ミア様は本を知っておられましたし、詳しくお話ししましょう。本について頼みたいこともございますし」


副ギルド長は黒い本の能力と危険性についてミアに話した。


「そんな力が本に込められていたなんて、じゃあ…」


それを聞いたミアは驚愕した顔になり、呟くように何か言った。最後の方は小さすぎて、俺には聞きとれなかったが。


「わかりました。本と契約魔法について、帰ったら父に相談してみます。ただ…現在おこなっているハラハ森の調査が終わってからの話になりますが」


「いえ、それでかまいません」


その後、二言三言交わして本の話は終わった。俺は部屋から出ることになったが、残りの三人は、まだ何か話があるようで部屋に残っていた。まあ俺には関係ない難しい話だろう、俺はさっさと宿に帰って休むことにした。



「ミア様はアドラ君のことをどう思いましたか?」


「どう?といわれても冒険者に成りたての初々しい感じはしましたが…」


「なにか他に感じることはありませんでしたか?」


「そうですね…」


「バーナビー殿は何故そんなことをミア様に聞くのですか?」


ぶしつけな質問ではないかとケイトが話を遮る。


「実はですね、アドラ君は何故か一度だけ、十五年前の火事について調べていたようなんですよ」


「どうしてアドラさんがあの火事のことを…」


「ミア様が神器を授かった話は有名ですから、それで詳しく知りたくなっただけなのでは?」


「いえ、彼はミア様について全く知らなかったようなのです。更に火事について知らないはずなのに、部分的には知っていた所が見受けられました」


「それはもしや、本を使って良からぬ事を考えている者が背後にいるのではありませんか?」


「ギルドの調べでは、その存在を見つけられませんでした。ミア様と会えば何か反応があると思ったのですが、特にそんなこともないようでして」


「ミア様に危険があるかもしれないとわかっていながら、バーナビー殿はあの少年と合わせたのですか!」


「念のためしっかりと周りは固めておりました」


副ギルド長はコンコンと机をノックすると、急に周囲の壁から複数の気配が現れたのをケイトは感じた。


「それにケイト様の呪いをどうにかできる人物は、このギルドではアドラ君しかおりませんでしたから」


「だとしても…」


「いいんです、ケイト」


「ですが…」


副ギルド長の言葉を聞いて、うつむいてなにか考えていたミアが顔を上げ、ケイトをたしなめる。


「先ほどバーナビーさんが訪ねてきた質問の答えですが、アドラさんは似ているんです」


「似ている、ですか?」


「アドラさんは亡くなった兄に似ているんです。顔は違うんですが、髪や目の色は一緒ですし、何より雰囲気がそっくりなんです」


「亡くなった兄に似ている…もしや…アドラ君は…」


三人の話はそれからもしばらく続いた。

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