第ニ章 聖女 4話
俺には才能が無い。何の才能がと聞かれれば全てだ、といっても宇宙飛行士や殺人鬼などにはなったことがないので、全てとは言い切れないかもしれないが。今まで経験したことで、人並み以上に優れた結果を出したことは無い。別に世界で一番になりたいとは思わないが、せめて社会で生きていける程度には才能が欲しかった。
地球に居た頃は才能が無いのに加えてコミュ障もあったため、社会の保護が無ければ生きていくのも無理だっただろう。現在は冒険者で生きていけているが、冒険者は資格が必要なく面接も無いからである。またやっている仕事は薬草の採取であり、つまりは草を取るだけなのだから、俺でもできる簡単な仕事だ。まあ冒険者の仕事としては、見習いレベルの仕事なのだが。
少し話がそれたので戻そう、才能の話だ。冒険者として大成するのに必要な才能はいろいろとあるが、一番必要なのは戦闘の才能だろう。冒険者の仕事というのは大抵が荒事だからだ、モンスター退治に護衛の仕事、薬草の採取だって薬草の種類によっては危険なモンスターの生息域に行かなければならない。
では俺の戦闘の才能はどの程度かというと、やはり無かったようなのである。
俺は戦闘訓練を受けることになり、午前中はオーガストに近接戦闘について、午後はセシリーに魔力と魔法についての訓練をしてもらうことになった。キースはギルドの仕事で忙しいので、俺が受けた依頼であるギルドに預けられた装備の浄化が終わったら、装備を運んでギルドに帰って行った。
オーガストは始めに木の棒による素振り、といういかにも特訓らしい特訓を課してきた。オーガストがまず見本を見せてくれた、風を切る音とともに木の棒が振り下ろされる。滑らかで体のブレが無く、見事な素振りだった。
「よし、やってみろ」
そう言われて木の棒を渡された、持ってみると思ったよりも重量があった。見よう見まねで構えてみたが、足や腕の負担で震えて、うまく安定して構えることができない。
「背筋を伸ばせ、足はもう少し広げていいぞ」
「はい」
オーガストに指示され細かい所を直して、どうにか形にはなった。
「よし。振ってみろ」
「はい…」
構える体制を維持するだけでも辛いのだが、なんとか木の棒を振る。
「体制はなるべく崩さないようにしろ、それと落とすのではなく自分の力で振るんだ」
「…はい…」
指導を受けながらの素振りを続けるが、長くは続かなかった。
カラン!
「すみません…」
腕の疲労に耐え切れず、木の棒を手から落としてしまった。
「…いや。限界のようだ、素振りはここで終わりにして。少し休憩にするとしよう」
オーガストは困っていた、訓練の内容を大幅に変更しなければならなくなったからだ。このアドラという少年の体力が予想以上に低かったことと、素振りを見ても才能があるように感じなかったためだ。
(明日は基礎体力をつけるために、ランニングをするのががいいかもしれん。しかし今日は残った時間をどうつかうべきか、見た所これ以上運動をさせれば、すぐにでも倒れてしまうだろうな。さて、どうしたものか…)
冒険者に必要な雑学でも教えようかとも考えたが、疲れた状態では頭に入らないかもしれない。なら詳しく覚えなくとも何かの参考になればいいだろうと思い、自分達がした昔の冒険について話すことにした。
「…実はそれがトラップで、部屋が倒壊しそうになったんだ」
「そうそう、慌てて私が魔法で柱を作ったのよね」
セシリーも話に加わり懐かしい思い出が蘇る。アドラは特に口を挟むことなく、ただじっと俺達の話を聞いていたが、会った時からしていた死んだ魚のような目から、年相応の光り輝く憧れる少年の目になっていた。
カラーン、カラーン
「おっと、もうこんな時間か」
つい話し込んでしまい、いつの間にか昼の鐘が鳴っていた。
「じゃあ、ランチにしましょうか」
「あ、じゃあちょっと食べてきます」
外食に行こうとするアドラをセシリーが引き止める。
「食事を作ってきてあるから、みんなで食べましょ」
「いや、いいですよ…食事の世話までしてもらうわけには…」
「遠慮するな、食事を一緒にして親睦を深めるのも訓練に必要なことだ」
「すいません、それじゃあご一緒させていただきます」
なんとかアドラを引き留めることに成功して、セシリーが作ってくれた料理を三人で食べることになった。ランチの最中もアドラはこちらが話しかけなければ喋ることは無かったが、俺達に幾分か慣れたようで、警戒は薄くなっているように感じる。だがまだまだ打ち解けるには時間がかかりそうだ。
「さて、俺はそろそろ道場に向かうか。午後からもがんばるんだぞ」
「はい、ありがとうございました」
「オーガストも師範代の仕事をがんばってね」
「ああ、行って来る」
どうやらオーガストは午後から別の仕事があるらしく、倉庫を出て行った。セシリーと個別指導となるわけだが、これはこれで気まずい思いがある。
「じゃあ魔力と魔法の訓練を始めましょうか」
手を振ってオーガストを見送ったセシリーがこちらに向き直り、俺とは違い気軽な雰囲気で話しかけてきた。
「はい、よろしくおねがいします」
「まずは基本的な知識から覚えましょう。魔法とは全ての根源であるマナを取り込んで魔力とし、それを操作して様々な現象を起こす方法です。マナという言葉を使うことは少ないですが覚えておいてくださいね」
「はい」
「魔力を特定の流れに操作することで魔法が発現するのですが、この魔力の流れの形によって発現する魔法が変わります。これを見てください」
セシリーが水晶のような透明な石を二つ取り出した。水晶の中にはどうやって加工したのか紋章が描かれていた。それは黒い本に書かれているものと似通っているようにも思える。
「これは魔法石と言って元は透明な水晶なのですが、魔力を何度も流すことにより魔力の流れを刻むことができます。これに魔力を流すことで、刻まれた魔法を発動させることができます」
水晶に描かれた紋章は、魔力の流れが可視化されたものらしい。
「ではこの二つの魔法石を使ってみますね」
セシリーはそう言うと俺から少し離れて、水晶を両手に持ってそれを前に突き出した。手に持った水晶が光りだす共に、セシリーの近くの地面が盛り上がり、一瞬にして土のトゲが斜めに二本生えていた。
「今の魔法を見て気づいたことはありませんか?」
そうセシリーが聞いてくるが、俺は特に気づいたことはなかった。答えが思いつかない俺にセシリーがヒントを出してくれた。
「魔力石をよく見てください」
「あっ、紋章が違うのに同じ魔法だ」
「正解です」
セシリーが持っている二つの魔力石をみると、紋章の複雑さにかなりの違いがあった。
「魔力の流れが複雑であればあるほど、使用する魔力も増えますし形成するのに時間が掛かります。逆に無駄な流れを減らすことができれば、魔力や時間の節約になるわけです。しかし魔力の流れを調整するのはなかなか難しく、魔法として成立しなかったり別の魔法に変わってしまったりすることがあります。習得した魔法を全て調整するのは難しいですが、頻繁に使用するものは長い時間をかけてでも調整し続ける方がよいでしょう。さて…以上を踏まえてアドラ君の魔法を調整してみてください、何回も魔法を使用することになるので、もっとも魔力の消費が少ない魔法でおこなった方がいいですよ」
「はい」
俺が使える魔法の中で一番魔力消費が少ないのは、体感的にたぶん暗黒だろう。自力では数回しか使えないが、ギルドの依頼で黒の本に魔力がそこそこ貯まっているので数十回は使えそうだ。試しに感で魔力の流れを一部分無くして、暗黒の魔法を形成してみる。
「いきます」
発動すると特に問題なく、いつも通りに闇の霧が発生した。
「闇魔術師が基本とする暗黒の魔法ですね、何度かこの魔法にしてやられたこともあります」
一番消費が少ないだけありメジャーな魔法なのだろう、どうやらセシリーはいい思い出は無いようだが。
それから五回ほど試して、複数の魔力の流れを切ることができたが、特に問題なく発動できた。試せば試すほど魔力消費が減るので、思ったよりも多くの回数がこなせそうだ。順調だと喜んでいた俺だが、反対にセシリーは難しい顔をして何か考えていた、心配になり理由を聞いてみることにする。
「何かまずかったですか…」
「んー…特に問題はないんだけど、アドラ君は一回魔法を使うごとに一部の魔力の流れを切っているのよね」
「はい、おかげでどんどん魔力消費が減っています」
「それ自体は悪い事じゃないんだけど、そんなに不必要な流れがあるというのがちょっとね」
セシリーによると、弟子に工夫させたり他人に技術をまるまる取られないように、無駄な魔力の流れを故意に作って、教えたり魔法石に刻み込むことはあるらしいが、下位の魔法にわざわざ無駄な魔力の流れを作る人は滅多にいないそうだ。
「よかったら黒い本の中身をみせてもらってもいいかしら」
「いいですよ」
別に見せて困る相手でもないはずなので、暗黒の魔法が載っているページを開いて見せる。
「これが暗黒の魔法のページです」
「…他の魔法も見せてもらっていい?」
「はい」
ペラペラと適当にページをめくって見せた、するとセシリーの難しい顔が、険しいものに変わった。
「いくらなんでもこれは魔力の流れが複雑すぎる。これを作った人間はワザと使う人間の魔力消費を上げて…」
セシリーの声が徐々に小さくなり、最後の方は俺には聞き取ることができなかった。
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