第ニ章 聖女 3話
ギルドが保有している倉庫の一つに、まだ薄暗い早朝だというのに三人の人影があった。一人はギルド員のキースであり、残りの男女はキースの昔の冒険者仲間だった人物だ。
「すまんなオーガスト、セシリー、急な申し出を受けてもらって」
オーガストは昔のパーティーリーダーだった男であり、前衛の剣士をしていた。短く揃えられた青の短髪で、朗らかな顔をしていた。一般人と変わらない服装をしていたが、服の上からでも判るほどガッシリとした肉体をしており、腰にはロングソードを帯びていて、見えている柄と鞘は細かい装飾が施されている見事なものだった。
セシリーは魔法使いの女性で、土魔法使いであり地形操作を得意としていた。緑のボブカットで、おっとりとした表情をしている。装備は茶色いローブを着て、手には石を無骨にカットしたような見た目の杖を持っていた。
「気にするなキース。どうせ朝は鍛錬しかすることがないんだ、いい小遣い稼ぎだよ」
オーガストは現在、街で剣術道場の師範をしていた。
「そうそう。気にしないで、私としてはもう少し老後の蓄えが欲しいし」
「そう言ってもらえると助かる」
二人とも昔の冒険で一生暮らせるほどの金額は稼いでいるし、無駄遣いをするような人物でもない。そう知っているキースだが、二人の気遣いを無下するわけにはいかず、余計なことは言わないで礼を言った。
「そういえば…教える相手はアドラっていう、新人の冒険者としか聞いてないが、いったいどんなヤツなんだ?ギルドがわざわざサポートするなんて、よっぽど期待できるやつなのか」
「…いや、坊主はどちらかというと冒険者に向いてないタイプだな、かなり臆病で精神的に弱い。もう仮登録から半年以上も経つがモンスター討伐の依頼は一切受けずに、ひたすら初心者向けの薬草取りしかしていない」
「なんだそれは…」
オーガストは想定を大きく下回るキースの評価に、不安と呆れを感じて言葉に詰まってしまう。
「そんな子にギルトがわざわざ出張るってことは訳ありってことね」
「なるほど」
セシリーの言葉を聞いてオーガストは納得して気を引き締めた。冒険者を辞めた自分達をわざわざ呼ぶのだ、間違いなく厄介な話なのだろう。
「ああ、セシリーの考えは間違っていない。坊主自身は闇属性の魔法使いだが今の所は問題は無い、だが持っている魔道具がだいぶ強力な物でな」
「そりゃ確かにギルドが動く必要があるな」
「問題にしかならない組み合わせだものね」
二人は冒険をしていた頃に、何度か魔道具が起こした事件に遭遇したことがあるので、危険な魔道具があるのは知っている。今回はさらに持ち主が闇属性というのが厄介ごとに拍車をかけていた。
元冒険者であり他の国にも行った二人は、闇属性の相手に対して余り良いイメージは無いが、別に忌み嫌うほどの感情は持っていない。しかしこの国の大多数の人間の考えは違うだろう。騎士の国とも呼ばれるアルサス王国では、闇魔法は卑劣で邪悪なものというのが常識だ。子供に読み聞かせる物語でも、崇高な騎士が邪悪な闇魔法使いを倒す話が定番であるほどに。そのため魔法使いでなくても、闇属性というだけでもこの国では嫌われのだ。
いわれない迫害を受けて報復のために魔道具の力を使う、またはトラブルに巻き込まれてやむおえず、どちらも十分にありえる話だ。
「その魔道具を買い取るか、いっそのこと取り上げた方がいいんじゃないのか?」
「まあ…それも考えてはいるが最後の手段だ。坊主は悪いヤツではないし、魔道具も使いようによってはかなり有用な力を持っている」
「じゃあその魔道具について詳しく教えて」
「そうだな。まず形は黒い本の形をしている。ページに書かれて紋章に触れることで、そこに記された闇の魔法を使うことができるそうだ。それと本を開くと周囲の闇の魔力を吸収する」
「魔力石と魔法石をまとめて、使いやすくしたような魔道具ね」
魔法石は魔力を込めれば、それに記された魔法を使うことができ、魔法石と魔力石を組み合わせれば誰でも魔法が使える。ただし両方ともかなり高価なアイテムであるため、常用する冒険者は少なくもっぱら最後の手段として使われる。
「で、その周囲の闇の魔力を吸収する力がかなり強力でな、うまく使えば闇の魔法やアンデッドに対してかなり有効なはずだ」
「確かに役に立つかもしれないが、それでも新人の冒険者に持たせるのは危険な魔道具だと思うが」
「正規の持ち主でないと、その魔道具は力を使えないらしくてな」
「なるほど、ギルドとしては有望な冒険者になる可能性をみすみす捨てられないが、野放しにもできない。だから俺達に鍛錬を頼んだといことか」
「お前達ならむやみに情報を漏らさないだろうしな」
「ああ、それは大丈夫だ」
キースが信頼できる相手で冒険者の指導ができるとなると、この二人以外の適任者は思いつかなかった。
「でも、その子どうやってそんな強力な魔道具を手に入れたのかしら?」
「坊主は変な恰好をした人物から渡されたと言っていたな」
「魔道具製作者かしら?彼等って変人が多いし」
セシリーは知り合いにも居る魔道具製作者を思い出し、微妙な表情を浮かべた。
「胡散臭いな、後ろで誰か糸を引いてるやつが居るんじゃないか?」
「周辺調査はおこなったが、特に引っかかるものはなかった。まあ、そこら辺の監視や見極めも含めて鍛錬を頼む」
「思ったより大変な仕事だな。で、肝心の生徒はいつ来るんだ?」
「まだ時間には早いが、坊主ならもう来る頃合いだと思う……お!来たみたいだな」
倉庫の人が出入りする扉から、周囲を窺うようにアドラが入ってくるのだった。
今日は朝から憂鬱だった…理由はキースから言われた戦闘訓練の開始日だったからだ。知らない場所に行って知らない人に教えてもらうということが苦痛だ、そして俺がまともに訓練をこなせる可能性は少なく、まず間違いなく叱咤されるだろう。しかし約束を放り出すわけにもいかない、知り合いじゃない人も待っているならなおさらだ。せめて遅刻しないように早めに宿を出た、迷子になる可能性だってあるのだ。
指定された倉庫に着いて気づいたが、別に知らない場所では無かった。倉庫の立ち並ぶ区画はゴーストの事件で来た場所だ、まあ風景を覚えているだけで詳しい地理などは解らないのだが。しかし似たような建物が多くて、何度も確認したが本当にこの倉庫で合っているのか自身が無い。かといって外にいつまでもつっ立ってるわけにもいかず、指定された倉庫であることを願って、俺は入り口の扉を開けて中に入るのだった。
入った倉庫の中には物がほとんど置いておらず、隅の方にすこしだけ木箱が積まれている程度だった。また上部にある窓が開かれており、多少は薄暗いがそれでも十分な光量があった。そのため待っていたキース達をすぐに見つけることができた、倉庫を間違えなかったのはよかったが、もしかして遅刻してしまったのではないかと焦る。走ってキース達の元に向かいとりあえず謝っておく。
「すいません。送れたみたいで…」
「いや大丈夫だ、俺達は打ち合わせがあって早めに来ていただけだ」
別に俺が遅れたわけではなかったようで安心した。
「この二人が坊主の特訓をしてくれる相手で、俺の昔の冒険者仲間だったオーガストとセシリーだ」
「よろしく」
「よろしくね」
「アドラです。よろしくお願いします」
二人とも厳しそうな見た目はしておらずホッとした、オーガストの方は体育会系な見た目なので警戒対象ではあるが。二人ともキースより幾分か若い感じで三十代ぐらいに見える。
「さっそく訓練といきたい所だが、先に坊主には仕事をしてもらうぞ」
「はい」
訓練場所を聞いた時に授業料の話が出て、金を払う代わりにある依頼を受けて欲しいと頼まれていたのだった。
「あそこの荷車に置いてあるのがそうだ」
キースが指し示した場所には荷車が停めてあり、大量の装備がタルや木箱に納められ乗せられていた。
俺が受けた依頼は、ギルドに保管されている装備の穢れを、黒い本に吸収させることだった。なんでも生物を殺すと穢れが発生するそうで、使った武器などが徐々に穢されていくそうだ。本来なら聖水を使ったり酷い物は教会で浄化してもうのだが、主に金銭的な問題で浄化できない冒険者はギルドに依頼を出す。
装備をギルドに預けて、フリーの光魔法使いが浄化してくれるのを待つらしい。しかしフリーの光魔法使い自体が少なく、また貴重な魔力を報酬が安い浄化の依頼に使う者は稀で、なかなか依頼が達成されることは少ない。
依頼した冒険者は装備が無くて困らないのかと思ったが、キースが言うには浄化の金が払えないのは初心者を脱した冒険者が多く、その頃になるとより良い装備に買い替える事が多いそうだ。なのでギルドに預けた装備は、仮に浄化されても使う人はほとんどいない。それでも浄化の依頼を出すのは、初心者の頃に使っていた武器に愛着を持つ冒険者が多いからだそうだ。
「じゃあさっそく取り掛かりますね」
背負っていた包みを下ろして黒い本を取り出す。
「それが例の魔道具か」
「魔法石や魔力石はどこに付いているのかしら?」
二人もやはり黒い本に興味があるようだった、見られるのは苦手なので手早くすませたい。本を開いて闇の魔力を吸収し始めると、後ろで「おお」とか「むむ」とか聞こえてきて恥ずかしい。しばらく待ってから魔力の検知を使い、闇の魔力が残ってないか確認して作業を終わらせた。
「終わりました」
「そうか、ご苦労だったな」
キースはこれで二度目なのでさして態度は変わらないが、オーガストとセシリーは違った。オーガストは感心したような顔をしていて、セシリーは何故か困ったような顔をしていた。
「どうしたんだセシリー」
それに気づいたオーガストが心配したように尋ねる。
「心配しないでオーガスト。魔力を意図的に流して干渉されにくいようにしてたんだけど、闇の魔力の吸収を防げなかったみたいなのよ。ちょっと悔しくて」
「それはすごいな…今でも魔法と魔力操作の鍛錬を欠かさないセシリーの抵抗を突破するなんて。なるほど、ギルドが期待するのも理解できる。これはきっちり鍛えてやらないとな」
妙に俺に対する評価と期待値が上がっているようだが勘弁してほしい、それに答えられるような人物では無いのだから。俺は思わずため息をつきたくなったが、キース達の前でするわけにもいかず、せめてもと心の中で深いため息をついたのだった。
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