第ニ章 聖女 2話

 嫌なことがあった時は寝るに限る。俺は今日もベットの上でうつらうつらとしていた、こうやってボーっとしているのが何よりも心地よい時間なのだ。


コン、コン


ドアがノックされたような気がした。


コン、コン


間違いなくドアがノックされているようだが、俺を訪ねてくる友人や知人は存在しないので、居留守を使うことにする。宿の主人の可能性もあるが、その時はその時だ…。


コン、コン


「おい、坊主。いないのか」


俺の意識は一気に覚醒した。ドアの外からした声がキースだったからだ。なぜ来たのか、どうして俺が泊っている宿の場所を知っているのかと、疑問はいろいろと浮かんできたが、とにかく待たせるわけにはいかない。ベットから起き上がり、だらしなくなっている服装を正してから扉を開けた。


「キースさん?」


「なんだ、居るじゃないか」


「ちょっと寝ていたもので」


半分は寝てたようなものなので、嘘を言っているわけではない。


「病気にでもなったのか?」


「いえ、別にそういうわけでは…それよりキースさんはどうしてここに?」


「どうしてって…坊主はここ数日間ギルドに顔を出してないだろ。様子を見に来たんだよ」


「そんなわざわざ来なくても…仕事もあるのに」


「実はこれも仕事の一つだ…まあ仕事とは関係なしに、様子を見ようとは思ってたがな。とにかく少し話がしたい。ここで立ち話もなんだし、中に入れてもらえるか?」


「あ、はい。汚い部屋ですが」


受付の仕事だけでなく、冒険者の安否確認までしなくてはいけないとは…ギルド員は大変だ、接客も多いだろうし俺には絶対に務まらない仕事だ。と俺はギルド員の苦労を思いながらキースを部屋に招いたのだった。



「汚いというよりは、何も無い部屋だな」


「そうですか?」


脱ぎっぱなしだった服をカゴに放り込みながら俺は答えた。俺はホコリが気になるレベルにならないと掃除をしないので、かなり不潔だと思うのだが。


「あまり生活感が無いと思ってな」


「寝るのと物置きぐらいにしか部屋を使いませんからね」


トイレは共用で台所は無し。無駄な物は買っていないのでこんなものだろう。

地球で一人暮らしをしていた時は酷かった。買って来た商品のパッケージと袋で部屋に足の踏み場がほとんど無く。生ゴミは捨てていたが、キッチンの掃除はしていなかったので、変な臭いが漂っていた。

現在の生活はキッチンは無いので外食のみ、最低限の生活用品は包装がされていないのでゴミや袋が出ない。つまり自然に発生するホコリ以外で部屋が汚れる理由が無いのである。


「すみません。お茶どころか椅子もなくて…」


「床でいいさ、俺も冒険者になりたての頃はこんな生活をしていたからな」


やはりそんな雰囲気はあったが、キースは冒険者だったらしい。ギルド員になったのも冒険者だった時の伝手だろう。

床に座ったキースを差し置いてベッドに座るわけにもいかず、俺も床に座ることにした。


「で、どうしてギルドに来なくなった?」


「最近妙に他の冒険者に話しかけられたり、パーティの勧誘を受けるんです」


「それはゴーストの事件で、倉庫への突入メンバーだったからだろうな。ヒューバートやレイ達はここの出身者で有名だ。それに対して坊主は素性が知れてない、興味本位や実力があると思ってパーティの勧誘に来るんだろうな。それで、なにか他の冒険者とトラブルにでもなったのか?」


「いえ、特には」


「じゃあどうしたんだ?…いや、お前のことだ、勧誘や話しかけられるのが嫌になったんだな」


「まあ、そうです…」


やっぱりかと呆れた顔をするキースだが、俺にとっては深刻な問題なのだ。今はギルドに向かおうと思うだけで、軽い頭痛と吐き気を感じるのだ。


「で、どうするつもりだ?このまま引きこもっているわけにもいかんだろ。この前の報酬である程度の資金はあるだろうが、それだっていつかは無くなる。そうなったらギルドで依頼を受けるしかないだろう?」


「それは…そうなんですが」


「いっそのこと、どこかのパーティや団に加入してもいいんじゃないか?そうすれば勧誘は少なくとも減るし、何かあった時に頼れる仲間もできる」


「集団行動はどうも苦手で、それに…闇魔法使いを入れたい所なんてあるんですか?」


「少し難しいかもしれないが、入れないことはないぞ。この国では闇属性を嫌うやつが多い。それで闇属性のやつは普通の職に就く事が難しいんだ、となると残る選択肢は冒険者になるか裏の世界に行くかだ。だから闇属性の冒険者は意外と居る、といっても闇属性自体が珍しいから絶対数は少ないがな。そういうやつでパーティや団に入っているやつを俺は何人か知ってる。お前も始めは疑った目で見られるかもしれないが、努力すれば何とかなるはずだ」


「そうなんですか…」


奇異な目で見られながら、地道に他人と交流し信頼を得る。とてもじゃないが俺にはそんなことはできないだろう。間違いなく先に精神が耐えられなくなる。

俺の薄い反応にため息をついて、キースはもう一つ提案をした。


「他の国に移り住むという方法もあるぞ」


「他の国にですか?」


「そうだ。周辺国のことはどれくらい知っている?」


「あまり知らないです。この国が帝国と仲が悪いことぐらいですかね」


「そうか、なら軽く他国について説明してやる。まず世界の中心に世界樹があるのは知っているな」


「はい、教会の象徴ですから孤児院で聞きました」


この世界を作るために神が創造した木であり、この世界を維持している要でもあるとかなんとか。


「さすがにそれは知っているか、その世界樹の東にアルサス王国、西にデギオン帝国、南にガルタラ連合、北にヤナール共和国がある。坊主が移り住むとしたら、ヤナール共和国が良いだろうな」


「ヤナール共和国ってどんな国なんですか?」


「魔力と魔法の研究が進んでいる国でな、属性など関係なしに魔法が使えれる人間なら特権が得られる。坊主は珍しい闇属性だから諸手を挙げて歓迎されるかもな」


「国によってそこまで扱いが違うんですね」


この世界に二度転生して、二回ともアルサス王国とは俺はついてなかったらしい。まあ紛争地帯に生まれなかっただけましか、一番いいのは働かなくていい世界に転生することだが。


「他の国はどうなんですか?」


「そうだな…ガルタラ連合は商売が盛んな国だ、闇属性はアルサス王国ほどではないが好かれてはいないな。デギオン帝国は実力主義の国で、闇属性だろうが何だろうが力さえあれば問題ないという風潮だ。だがあの国は内乱も多いし、何度も他国に戦争を仕掛けた歴史がある。坊主には合わんだろうな」


「確かに聞く限りだと、行くのならヤナール共和国がよさそうですね」


ガルタラ連合はこの国と対して変わらなそうだし、デギオン帝国は聞く限りもろ悪の帝国って感じがする。


「でだ…他国に移住するにしても現状維持するにしても、坊主はもう少し戦えるようになった方がいい」


「そうですか?」


薬草取りだけでも、十分に暮らしていけると思うのだが。


「戦闘手段が増えればそれだけ取れる選択肢も増える。他国に移住するにしても長旅は危険も多いぞ」


やはりモンスターや盗賊などが出るのだろう、そうなると他国に移住するのはハイリスクハイリターンな行動だ。いや実際に行ってみなければハイリターンが得られるかも不確かだ。


「理由はそれだけじゃない。坊主が持っている本の魔道具は希少品だと副ギルド長が言ってただろ」


「はい」


「そういう物を持っていると、なにかとトラブルに巻き込まれやすくなるもんだ」


「ああ…」


ゴーストの事件も半分自分で首を突っ込んだようなものだが、確かにこの本が無ければ、巻き込まれてはいなかったかもしれない。そもそも本を寄こしたのはあの悪魔なのだ、持ち主を不幸にする呪いが付いていてもなんら不思議はない。


「だから何かあった時に自衛するためにも戦闘ができるようになった方がいい」


「そうですね……どうすれば?」


危険を避けていても危険が寄ってくるのなら、自分でも少しは対処できるようになった方がいいのは確かだ。しかし具体的にはどうしていいのか分からない、素振りとか筋トレでもすればいいのだろうか?

俺の疑問に対してキースはしっかりと答えを用意していた。


「俺の昔の冒険者仲間に戦闘の訓練をつけてもらえ、場所と時間は後日連絡する。いいな」


「は、はい」


キースのもう決まってるからな、という感じの強い言い方に、俺は申し出を断ることができなかった。



「戻りました」


アドラが泊っている宿からギルドに帰ってきたキースが向かったのは、副ギルド長が居る執務室だった。中は落ち着いた色の調度品で整えられており、飾らない高級感を感じられる部屋だった。


「ご苦労様です。アドラ君はどうでしたか?」


「とりあえず副ギルド長が心配したようなことはありませんでした」


「フゥ…とりあえず一安心ですね」


副ギルド長が心配していたのは、アドラが裏の人間と関係を持ったのではないかというものだった。キースがアドラに教えた通り、この国では闇属性の人間は冒険者になるか裏の世界に行くかなのだ。アドラ自身が近づかなくとも、相手から寄って来る場合もある。アドラについて裏の住人はまだ情報は持っていないはずだが油断はできなかった、黒い本の情報が知られれば裏の住人は黙っていないはずだからだ。いや、裏の世界だけではない。闇魔法に惹かれる厄介な人間は、それこそ無数に存在する。


「それで、訓練の申し出は受けてもらえましたか?」


「はい、そちらも大丈夫です」


「そうですか、では引き続き彼のことを頼みましたよ」


「わかりました」


副ギルド長が危惧しているのは、何も黒い本を狙ってくる人間だけではない。本の持ち主であるアドラも、力の使い方を間違えれば恐ろしいことになる。だが黒い本の力は封じてしまうのは惜しかった、うまく使えばゴーストの事件のように邪悪な存在を退ける力として使えるはずだ。

そのためにはアドラに正しい力の使い方を教える必要があった。だから副ギルド長は頼れる部下に任せることにした。昔は一流の冒険者パーティに在籍しており、その時から人を見る目があった部下に。

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