第一章 冒険者 完話
結局アドラは一睡もせずに朝を迎えていた。昼からは副ギルド長との話があるので、それまでは寝ていてもいいのだが、生憎と昨日からの興奮はまだまだ収まらないようで、寝ていないために気だるさはあるが眠気は殆ど無いのだった。
いつまでもギルドの施設に居るのも悪いと思い、身支度をして外に散策にでることにした。
宿泊施設を出て待合所をを通り過ぎる時に、アドラはいつもより人が多く活気があることに気が付いた。ワイワイガヤガヤとずいぶん盛り上がっているようで、聞こうとしなくても話している内容が聞こえてきた。
「そこに俺の斧による一撃が見事に決まってよ。魔法兵器もたまらずぶっ倒れたわけよ」
「へーやるじゃねえか」
「あったりまえよ」
「でも私はヒューバートさんがほとんど倒したって聞いたけど」
「いや、まあそりゃそうなんだが…オレだってがんばったんだぜ」
話の内容から昨日の事件について話しているようだった、当事者の一人だった自分が見つかれば碌なことにならないと、社交不安のあるアドラは早足にギルドの外へと去っていった。幸いにも話に夢中で他の冒険者がそれに気づくことは無かった。
「しかし運よくヒューバートさんが居てくれてよかったよな、高ランク冒険者は探索のために僻地に居ることが多いのにさ」
「そういえば、ヒューバートさんに付いていった冒険者って誰なんだ?」
「お前レイ達を知らないのかよ」
「知らねえ」
「首都の周辺で活動してる冒険者の中で、いま一番の有望株って奴らだ。十六そこらの若さで石ランクなんだぜ」
「へーそりゃスゲーな、でもいま一番かは断言できないんじゃねーか?貴族街のギルドの方はどうなんだよ?」
「そんなの知るかよ」
「そうそう、こっちに何の噂話もこないってことは、有望そうなのはいないんじゃない?」
「まあとにかく、その期待の若手四人には注目しておけってことだろ?」
「四人?レイ達は三人パーティだろ。ファイターのレイだろレンジャーのルシア、で魔法使いのロイド」
「昨日は四人いたぞ」
「そういや、もう一人いたな。誰だあれ?」
「レイ達と同じくらい若くて、ローブを着た薬臭い奴だったな」
極一部の始めから事件に関わっていた冒険者は、アドラについて多少は知っている者が居たが、彼等はキースからアドラについては他言無用と言われていた。そのため集会所に居たほとんどの者はアドラについて何も知らない。しかし集まりの中で新人の一人が声を上げた。
「フッフッフッ…俺はその冒険者に心当たりがあるっすよ」
「おお、まじか!教えろよ」
「なんとその正体は…毎日薬草取りをしている変人冒険者っす」
「なんだそりゃ?」
新人の言葉に、皆が肩透かしを食らって微妙な表情になった。
「なんだって言われてもそのままっすよ。俺と依頼を受ける時間がほとんど一緒なんで知ってるんすけど、アイツはいつも薬草取りの依頼を受けてるんすよ」
「他に何かしらねえのか?名前とか」
「さあ?アイツは人を避けてる雰囲気があるし、誰かと話してるのも見たことないっすから、よくっ知らないっす」
「自信満々に言ったくせに、お前もほとんど知らないんじゃねーか」
先輩冒険者のゲンコツが新人冒険者の頭部に炸裂する。
「ううぅ…暴力反対っす」
「結局その冒険者について詳しい事は誰も知らないってことね」
「薬草取りばっかりってことは、実は錬金術師か何かで回復のサポートしてたとか?」
「ああ、なるほどその可能性もあるな」
「いや、しかし回復魔法が使える奴なら少しは他にも居ただろ?」
「なら…」
謎の四人目の正体についての話で、待合所に集まった面々は、まだまだ話に花を咲かせるのだった。
ギルドを出た俺はとりあえず食事処に向かうことにした、眠気は無いが食欲はいつも以上にあった、たぶんそれほど体力の消耗が激しかったのだろう。
広場には食事処が複数あるが俺はいつも同じ店にしか行かない。理由は単純に初めて入った店がそこで、新しく他の店に入るのが面倒だからだ。俺にとって知らない店に入るというのは、とても勇気が必要な行動だ。メニューも無く店員を呼ぶ端末も無いこの世界の飲食店では、店員とのコミュニケーションをしっかりと、とらなければならないからだ。
「いらっしゃい、いつものでいいの?」
「はい、ランチで」
「じゃあ五ブロンズね」
毎日利用することで手に入れた、この簡潔なやり取りに安堵を覚えながら、俺は料金を払って、いつも座っている壁際のテーブルに座った。
しかし毎日利用しているとはいえ、顔とその人が注文するメニューを、よく覚えられるなと感心する。俺は未だにこの店の従業員の名前を一人も覚えていないのに。
店の中はいつと同じで客はまばらにしか居ない、別にこの店が不人気というわけでは無く、単にメインの客層である冒険者が少ない時間帯を選んで俺が来ているだけだ。
一度だけ偶然に早起きして食事に来た時は、外で順番を待っていた冒険者が居るほど混んでいた記憶がある。その時の俺はもちろん宿に帰って二度寝したのだが。
「はいどうぞ、今日のランチはトゲトカゲのトマト煮込みとパンの実、それとオレンジジュースだよ」
「どうも」
「じゃあごゆっくり」
この世界の食材は地球と同じものもあるが、やはり未知の食材も多く存在していた。トマト煮込みに使われているトゲトカゲは俺が知らない食材だった。名前からしてトカゲのモンスターの肉なのだろうが、煮込まれた肉塊なので元がどんな生物だったのかは想像できない、だが見た目は普通の肉なので特に抵抗なく口にできた。味は鶏肉のような味がしてトマトとよく合い、美味しい料理だった。
煮込みを食べながらパンの実にも手を付ける。大人の握りこぶしほどの大きさの実で、それが皮ごと焼かれて置いてある。こちらは普段からよく食べる食材だ、慣れた手つきで皮を剥き口に運ぶ。味はパンとジャガイモを足して二で割ったような味であり、単品で食べるにはあまり向かないが、メインと一緒に食べるとなかなか上手いのだ。
昼までにはまだ時間があったので、俺はいつもよりゆっくりと食事を楽しんだのだった。
食事を終えた俺は残った時間で、使ったポーションの補充や焼けたローブを売って代わりのローブを買ったりして、装備の点検をおこなった。そうこうしているうちに昼の鐘が鳴ったので俺はギルドに向かうことにした。
受付カウンターで木板を出して要件を伝えると、昨日と同じ会議室のような部屋に案内された。
「おう、坊主。来たか」「アドラさん」「どうも」「…(コクン)」
「こんにちは」
部屋にはすでにキースとレイ達のパーティが居たが、ヒューバートはまだ来ていないようだった。とりあえず空いている椅子に座って待っていようと思った俺だったが、ルシアが立ち上がってこちらに来た、何か用事があるのだろうかと疑問に思っているとルシアは頭を下げてお礼を言ってきた。
「助けてくれてありがとうございました」
「あ、いやいいんですよ、わざわざそんな…」
面と向かってお礼を言われるのは、恥ずかしいものである。
「ほら、言っただろ。坊主はこういうのが苦手なタイプだって、適当にサラッと言やあそれでいいんだよ」
「キースさん。助けてもらっておいてそんな言い方はできないですよ」
俺としてはキースが言ったような対応をされた方が嬉しかった。俺は戦闘ではほとんど役にたってないし、魔力の吸収だって光魔法使いがいれば済んだことなのだ、逆に俺を守るために皆の手を煩わせた可能性の方が高い。そんな俺にわざわざ気を使う必要は微塵もないのだ。
「そういえばルシアさんは体の具合はもういいんですか?」
俺は何と言っていいわからず、沈黙しても微妙な空気になりそうだったので、話題を変えることにした。
「うん。もうぜんぜん元気だよ」
「そうだね。食事も驚くほどよく食べてましたし、もう大丈夫だと思います」
「ちょっとレイ!わざわざ余計なことは言わなくていいの!」
「ん?どうしたのルシア?」
まあ女性には、よく食べると言われれば恥ずかしがる人もいるだろう。ルシアはどうやらそのタイプで、顔を真っ赤にしてレイに抗議しているが、とうのレイはよくわかっていないようだった。
「オッス!ん?なんだ昼間っから痴話喧嘩か?」
そんな時に、扉を勢いよく開けてやってきたのはヒューバートだった。
「あっ、ヒューバートさん」「ち、違いますよ!」
入り際に言ったヒューバートの言葉に、更に顔を赤くして語気を強くするルシアだが、レイの方はよくわかっていないのか、それとも当たり前のことだと思っているのか笑顔でヒューバートを迎えるのだった。
ヒューバートが来てすぐに副ギルド長も現れ、今回の事件の顛末についての話しがされた。
「今回の事件はギルドと教会が協力して解決した、ということになっています」
「教会と協力?奴らは何もやってねーじゃねえか」
「公式にはギルドが冒険者を募集して、ゴーストが操った多数の魔法兵器と依り代になった巨大魔法兵器を破壊した。協会は依り代を失ったゴーストを発見して浄化した。ということになっています」
「アドラに調べてもらって見つからなかたんだぜ、ゴーストは本当にいたのか?」
「さあ?どうでしょうね?ギルドとしてはこれ以上の調査は、教会との関係を悪化させる可能性があるために、おこなうことができないのです」
副ギルド長によると、聖水の購入や武器の祝福などで、冒険者が教会を利用することは珍しくない。そのためギルドは教会とは、むやみに敵対することはできない。それは教会も同じことで、顧客である冒険者が来なくなるのは避けたいのだそうだ。
「ちっ、仕方ねえな…」
ヒューバートとしては納得できないのだろうが、他の人間まで巻き込んで教会に喧嘩を売るわけにもいかないようで、しぶしぶ納得していた。
「さて、ルシアさんの処遇についてですが」
「ルシアはゴーストに操られていただけで…」
「レイ、いいの…」
「落ち着いてくださいレイ君。それは皆がわかってますから、洗脳などの他人に操られ止む無く起こした事件は、操られた人物は罪には問われません。なので今回の事件で発生した損害は全てモンスターが起こしたものとして処理されます」
それを聞いてレイはホッとした顔をしたが、ルシアは手放しに喜べない複雑な表情ををしていた。
「さて後は、報酬についてですが…」
「報酬がでるのか?」
「ええ勿論ですよヒューバート君、一応あなた達はギルドの依頼で動いたということになっていますからね」
「僕は報酬は辞退します。ギルドにわざわざ動いてもらったのに報酬まで…」
「いいんですよ遠慮しないで。冒険者が他の組織に理不尽な理由で狙われたのに、ギルドが動かない、では面子の問題がありますからね。それにレイ君達には遺跡の件でギルドは儲けさせてもらいましたから」
「でも回収した魔法兵器は、僕達がほとんど壊してしまいましたよ」
「壊れていても遺跡の魔法兵器は、意外と高く売れるのですよ。ゴーストが作った現在の素材と組み合わせた機体は、珍しい物好きが良い値段を付けてくれるでしょうし、他にも遺跡から回収した物が多数あります。今回の損害を差し引いても十分な利益をギルドは得ています」
「いえ、それでもやはり辞退します」
「そうですか、ではロイド君はどうします」
「…(フルフル)」
「俺もいらねえよ、レイ達を助けるために自分で始めたことだ」
ロイドは首を横に振り、ヒューバートは聞かれる前に辞退していた、順番的に次は俺が聞かれる番だろうが、答えはすでに決まっていた。この空気で報酬をもらう勇気など俺にあるはずがない。
「では皆さんの報酬分をまとめて、アドラ君に渡すことにしますね」
「え…」
「それでいいと思いますよ」
「…(コクコク)」
「そうだな、もらっとけよ」
思いもよらないことを言われて、俺が言葉に詰まっている間に、他の人も副ギルド長の意見に賛成しだした。こうなると逆に断るのが失礼な雰囲気だ。
「う…わかりました」
「ではアドラ君に渡しましょう。しかし持ち歩くには少々高額ですね、ギルドに預けておきますか?」
「あの…ギルドに預けられるのは、本登録した冒険者だけじゃありませんでしたか?」
「ああ、そうでした。先にこちらを渡しておきましょう」
そう言って副ギルド長が取り出した物は、ドックタグのような物体だった。しかし本来は金属板の部分が布でできており、何やら文字が刺繍されていた。
「これは?」
「本登録された冒険者が持つ身分証のようなものですね、仮登録で貰った木版は後で受付に返してくださいね」
「いいんですか?もらっても」
「もちろんですよ」
「坊主、本登録の条件は覚えているな」
何度もキースに言われていたので勿論覚えているが、モンスター討伐の依頼を一回は達成しなければいけないはずだ。今回の事件がそれにカウントされるとしても問題があった。
「俺は魔法兵器を一体も破壊してないですよ」
「依頼が達成されていれば、自分が倒していなくても問題は無いんだ。ポーターと呼ばれる荷物運びや補助魔法がメインの冒険者もいるからな。まあ流石にランク上げの試験では戦闘力が試されるがな。まあなんにしても坊主もこれでいっぱしの冒険者になったわけだ」
「そうなんですね」
「アドラ、もう少し嬉しそうにしろよ。これで俺達と同じ冒険者になったんだぜ」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
「…(パチパチパチ)」
俺には全く実感がわかなかったが、皆は俺が冒険者になったことを祝ってくれた。そんな俺を見てキースが愚痴をこぼした。
「やれやれ…坊主は仮登録した時とほとんど変わらんな」
「人間そうそう変わりませんよ、死ぬような目に合ったって変わらないんですから」
「そうかもな」
「そうですよ」
まあ死ぬような目どころか何回か死んでるんですけどね、とは言えず一人心の中でほくそ笑む俺だった。
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