第一章 冒険者 8話

 ファンタジーでお馴染みの回復ポーションだがこの世界にも存在しており、見た目は木の入れ物に入った青色の粘度が高い液体である。値段は効能によってピンキリだが、最低価格の物でもソコソコする。さてその味はというと…。


「うぇ…マズイ…」


巨大魔法兵器との戦いが終わり疲労困憊で動けなくなった俺は、回復のためにポーションを口にしたのだが、あまりの不味さに思わず吐き出しそうになってしまった。苦くて渋くて薬品くさい。更に粘度が高いせいで口の中にへばり付くのだ。しかし値段を考えると吐き出すのは躊躇われる。


「はっはっはっ、それが冒険の味ってやつだぜ」


「慣れてないとキツイのよね」


「水です、よかったら飲んでください」


「ありがとうございます」


レイが渡してくれた皮袋から水を飲むが、まるでしつこい汚れの様に口内のポーションの味はあまり薄まらなかった。ついでに皮袋に入った水は皮の独特なニオイが付いており、こちらも飲み慣れていない俺にはなかなかクルものがあった。


「おわった」


「ロイド、ごくろうさま」


魔力石と呼ばれる魔力を貯めておけるアイテムを使って、魔力を回復したロイドは、周囲の消火作業をしていたのだが、それが終わったようで皆が休憩している場所に戻ってきた。

火事の被害はそれほど酷くない。戦った場所に置いてあった物に燃焼物が少なかったことや、倉庫のほとんどが石材で作られていたためだろう。


「アドラ、ポーションの効き目はどうだ?」


「そういえば疲れがだいぶとれたような」


ヒューバートに言われて疲労がとれていることに気づき、更には火傷や擦り傷も痛くなくなっていた。しかしこんなにも早く傷が治るのは、関心を通り越して逆に不気味ですらある。


「よし大丈夫そうだな。倉庫を出る前にやってもらいたいことがある」


「俺にですか?」


「ああ、お前にしかできないことだ」


「本での魔力吸収ですか?」


念のため休憩中も本を開きっぱなしにして魔力の吸収はおこなっていたが、他の場所でもやった方がいいと考えたのだろうか?


「まあ、それもあるが他にもな」


はて?他に俺のできることで今必要なことはあっただろうか?俺の疑問をよそにヒューバートは何かを期待しているような顔をしていた。



「戻って来たぞ!」


倉庫の前にはキースが大勢の冒険者と一緒に待っていた、倉庫に入る前よりも冒険者の数が増えているのは、増援で集められた人達なのだろう。


「よお、キース。終わったぜ」


「流石だなヒューバート、それにレイ達も」


周りに居た冒険者達もほとんどが、歓声や野次を飛ばして歓迎していた。大きな事件にならずにホットしているというのもあるが、彼等は緊急で集められた人員のため、普段より多くの報酬がもらえるせいでもあった。少数の不満のある冒険者は名声や追加の報酬が欲しかったり、ヒューバート達に嫉妬している人間である。


「坊主はどうしたんだ?」


アドラはしきりに周囲を気にしており、何かに怯えているようだった。

ヒューバートは他の冒険者に聞かれたくないため、キースに耳打ちして事情を説明する。


「実はな、魔法兵器はぶっ壊したんだが、ゴーストがどうなったかわからなくてな。で、アドラにゴーストが見えるようになる、霊視って魔法を使ってもらったんだがな…」


「遺跡の主だったゴーストが、それほど強力だったのか?」


「いや、それらしきゴーストは居なかったそうだ」


「じゃあ何で怯えてるんだ?」


「他のゴーストが結構いたらしくてな、血みどろだったり首を吊ったりしてるのを見てビビってるらしい。闇魔法使いなのに変だよな」


それを聞いたキースは思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。


「いや、坊主は普通の市民とほとんど変わらない暮らしをしてきたんだから、それが正常な反応だろう。お前だって昔はゴーストが苦手だって言ってたじゃないか?」


「まともに蹴りを入れられねえから今でもあんまし好きじゃねえな」


「そういう意味だったのか?…まあとにかく、坊主はまだ新人なんだからあまり無理をさせるなよ」


「わかってるよ。そう考えると今回の騒動はかなりキツかっただろうからな、早く休ませてやりてえところだ」


「残念だがそうもいかんのだ」


真剣な表情になったキースを見て、ヒューバートも気を引き締めた。


「何があった?」


「聖騎士団だ。どこから嗅ぎ付けたのか知らないが、ゴーストを浄化するために敷地内に入れろとゴネていてな、今は副ギルド長が何とか止めている」


「チッ、何度もちょっかいかけてきやがって、ん?…だがもうゴーストはいねえぞ」


「そう言って帰ってくれるなら楽なんだが…まず無理だろうな」


「面倒な奴らだな」


「ヒューバート達が帰ってきたら連れて来てくれと、副ギルド長に言われている。悪いがもう少しだけ付き合ってくれ」


「わかったよ」


ヒューバートとキースはその後、聖騎士団の対応について話し合い。ヒューバートはレイ達の元に説明のため向かい、キースは冒険者達に指示を出しに向かった。



「いったい何時まで待たせるつもりだ!」


「まだたいして時間は経っていませんよ。発見したのはこちらが先なのですから約束は守っていただかないと」


「冒険者がゴーストに対応するなど聖水を使うのが精々だろう、それではあのゴーストを浄化するのは無理だぞ、それとも強力な光の武器を所持した者でもいるのかね?」


聖騎士団が到着してからずっとこの調子で、二人の言い争いは続いていた。


「戻ったぜ副ギルド長!」


そこへヒューバート達がやってくる。その後ろには冒険者を連れたキースが続いていた。


「どうなりましたか?」


「見ての通りルシアを助けたぜ」


「バカな!」


話に割り込むように、聖騎士団の代表が叫んだ。それに対してヒューバートは露骨に顔をしかめたが、副ギルド長は意を介さず話を進める。


「救出に成功したことは喜ばしいですが、そこまでに倉庫の中で何が起こったのかの報告もお願いします。ああ、他人に知られたくない奥の手は、話さなくても大丈夫ですよ」


知られたくない奥の手とは、暗にアドラのことだとヒューバートは察して、その部分を誤魔化して報告した。

魔法兵器を倒して倉庫の中を進み、奥で倒れているルシアを発見した。ゴーストは執着していた巨大魔法兵器に乗り移っており、襲撃してきたそれを破壊したと。


「なるほど、なかなか大変だったようですが、見事に成し遂げたようですね」


さて…と副ギルド長は同じ報告を聞いていたはずの聖騎士団の代表に話しかける。


「どうしますか?執着していた魔法兵器が壊されて、ゴーストも消滅した可能性がありますが」


「ふざけるな!そんな話が信用できるか、即刻ゴーストに取り憑かれている疑いのある冒険者の明け渡しと、倉庫内への立ち入り調査をさせろ!」


鬼気迫る表情で要求してくる聖騎士団の代表に対して、副ギルド長は涼しい顔をして考えるような素振りをする。


「ふむ、残念ながら冒険者の引き渡しには応じられませんな、代わりここでゴーストに取り憑かれているかどうかを判定する魔法を使っていただきたい」


「この場でか?それは…」


「それをしていただければ、倉庫への立ち入り調査に協力しても良いですよ。聖騎士団の皆さまなら、私共では思いもよらない方法でゴーストを見つけられるかもしれませんな」


「……いいだろう。ゴーストに取り憑かれている疑いがある冒険者を出せ」


聖騎士団の代表はしぶしぶといった感じで副ギルド長の提案に了承した。


「ルシア君、来てください」


副ギルド長に呼ばれてルシアとそれを守るようにレイが前に出て来る。両者とも緊張した面持ちであるが、殺されそうになった相手なので仕方がないだろう。


「その冒険者は関係ないはずだが?」


「彼は彼女のパーティメンバーなので心配なのでしょう。私の知る限り判定する魔法は複数人が効果の対象になっても問題ないはずですが」


「ふん…まあいい。…聖判」


地面に光のサークルが現れて、その中から光が立ち上っていく。ランタンや松明のオレンジ色の光とは違い、日の光のように白い色をしていた。


「魔法の発動は完了した。入れ」


ルシアとレイは警戒していて、なかなか魔法の範囲に入る決心がつかないようだった。


「どうした早くしろ。貴重な魔力を無駄にするつもりか」


「では、まず私が入りましょう」


そう言って光のサークルに入ったのは副ギルド長だった、聖騎士団の代表は一瞬意表を突かれたような顔をしたが特に咎めたりはしなかった。


「大丈夫ですよ。ルシア君もレイ君も入ってください」


副ギルド長が先に入ったことで、危険はないと判断したルシアとレイも光のサークルの中に入った。


「反応はない」


二人が入って数秒も経たないうちに聖騎士団の代表はそう言って、魔法の発動を止めた。


「問題は無い。ということでよろしいですかな?」


「ああ、今度はそちらが約束を守ってもらうぞ」


「ええ、もちろん調査に協力させていただきますよ」


「別に協力など必要ない。倉庫に入る許可だけで十分だ」


「遠慮なさらずに、始めて入る場所で勝手がわからないでしょうから」


聖騎士団の代表に釘を刺したあと副ギルド長は方々に指示を飛ばす。


「私はこれから聖騎士団の案内をしますので、ギルド員の皆さんは私の手伝いをお願いします。キースは冒険者を連れてギルドに戻り、報酬を支払ってあげてください。ヒューバード君達は話したいことがあるのですが、今日はもう遅いので明日の昼にギルドに来てください。では解散」


それぞれが自分の目的の場所に移動していく、これにてゴーストが起こした事件はひとまず終わりを迎えたのだった。



俺は今ギルドの宿泊施設のベッドの上に居た。

広場に帰って来て宿に戻ろうとしたところ、キースに呼び止められて宿の部屋は修理中で使えないので、ギルドに泊まれと言われたのだ。やむをえない事情で、泊まる場所が使えなくなる冒険者はたびたび居るそうで、そんな時のために作られたのがこの施設だそうである。

今の正確な時間はわからないが、とっくに日付は変わっているだろうと思われる。普段は日が沈めば明かりが勿体ないので、すぐに寝る生活をしているのだが、今日はなかなか寝付くことができなかった。

理由は知らない場所に居て初めてのベットを使っているからだけではなく、極度に興奮しているせいでもある。

冒険だ、俺は冒険をした。物語にしかないと思っていた冒険がすぐそばに在った。ツライことが多くて主役でも無かったが、俺がやれることをやって達成し生き伸びたのだ。

衝撃的な出来事の数々が胸に浮び、俺はまだまだ眠りにつけそうになかった。

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