第一章 冒険者 7話

 ゴウゴウと火が燃えている。倉庫で火に追い詰められるのはこれで二度目だ、しかしこんなこともあろうかと、黒の本を夜に部屋で開きっぱなしにすることで、闇の魔力を集めてある。破壊の魔法なら三発は撃てる程度には溜まっていたはずなので、いざとなれば壁をぶち抜いて脱出できる。


(しかし今回は俺も燃えていることが問題だな)


火球が胴体に見事に直撃した俺は燃えていた、まださして熱く感じないのはシャツの上に皮鎧を付けて更にその上にローブを着て厚着になっているおかげであろう。防具を買えと言ってくれたキースに感謝である。

とりあえずローブを脱げばどうにかなるだろうと考えて立ち上がった俺に、大量の水が滝のように降ってきた、どうやらロイドが水魔法で消火してくれたらしい。体に多少ヒリヒリする場所はあるが、酷い火傷は負っていないようだ。


「早くこっちへ」


レイの声がした方を見ると、ロイドが魔法でドーム状に水を張り巡らせてバリアを作っており、中にはレイ、ルシア、ロイドの三人が居た。俺は次の火球が発射される前に急いでその中に逃げ込んだ。


「大丈夫ですかアドラさん」


「なんとか生きてます…そういえばヒューバートさんは?」


「一人で戦っているんですが…」


レイの言葉を聞いて巨大魔法兵器の方を見ると、目で追うのが難しいほどのスピードでヒューバートが動き回っていた。まるで雨のように降り注ぐ火球を潜り抜け巨大魔法兵器に接近していく、巨大魔法兵器はそれを迎撃しようと腕を振るうがヒューバートはそれも避けて、胴体に一撃を入れようとしていた。しかし巨大魔法兵器の胸の辺りにも火球を発射する装置が付いており、こちらは広範囲を狙う肩の装置とは違い、一点を集中攻撃するタイプのようで、それに狙われるとさすがのヒューバートでも回避に専念するしかないようだった。それでもヒューバートは諦めずに様々な方向から攻撃しようと試みているが、そのたびに火球に迎撃されて退いている状態だった。


「遺跡で戦った時よりも強く改造されてる」


「ロイドの言う通り、ここまで強力な遠距離攻撃は使ってきませんでした。悔しいですが、僕の腕では近づく前に倒されてしまいます」


「私も弓があれば多少の援護はできたかもしれないのに…」


「遺跡で戦った時の作戦は使えないんですか?」


確かレイとルシアで牽制している間に、ロイドが上級魔法を撃って倒したという話だったはずだ、牽制の役目をヒューバートにしてもらえばいいのではないだろうか。


「地下で戦った時は、ちょうど胸の中央にコアらしき部分がむき出しになっていたんです。けど今は補強されてしまっているようで」


レイの言う通り巨大魔法兵器の胸の中央部分は、後で取り付けたように頑丈そうな装甲が張り付けられていた。


「相手の射程が伸びているのも問題」


ロイドが言うには上級魔法を撃つあいだは他の魔法が使えないので、攻撃が届かない距離まで下がる必要がある。そうなるとロイドの攻撃魔法も目標までの距離が伸びてしまい、命中した際の威力が落ちてしまうということだった。


「俺も一応は攻撃魔法が使えますけど」


「威力は?」


「倉庫の壁を壊す程度です」


「駄目だと思う」


俺の破壊の魔法を使っても足りないようだった。


「本で魔力を奪ってみます?」


「ゴーストを無力化しても起動した魔法兵器はたぶん止まらない」


現在取れる手段では今の状況を打破するのは難しそうだった、ならば役に立つ魔法を本から見つけるしかないだろう。ページをめくり現在の魔力で発動できて役に立ちそうな魔法を探す。

・毒…機械やゴーストに効くとは思えない。

・影の刃…破壊の魔法が斬撃に変わった所で通用するとは思えない。

・幻術…はたして人工物に効果はあるのだろうか?

・呪い関係…人工物には(ry

・死操術…ゴーストにしか効果が無い。

・肉体の変異…危険すぎる。

なかなか役に立ちそうな魔法は見つからない、ヒューバートはまだまだ余裕そうに見えるがそれも何時まで持つかわからない。

更にページを読み進めていくと、ようやく使えそうな魔法が見つかった。腐食の魔法で対象を錆びさせたり腐らせたりできるそうだ。


「微妙、魔法兵器は錆びにくい材料が使われていることが多い」


名案だと思ったが、本を覗き込んでいたロイドに難点を指摘された。もしかしたら多少は効くかもしれないが、魔力は限られているので試しに撃つこともできない。もう少し確実な手段はないものかと本を読み進めていると、ある魔法のページを見て閃くことがあった。



影への移動。この魔法は創作もので忍者とか魔法使いが影の中に入り込んだり出て来たりするあの魔法そっくりであり、掴んだ対象を移動させることも可能である。

これを使えば上級魔法の展開が終わったロイドを、巨大魔法兵器の前に立たせることも可能なのではないかと思ったのだ。


「わかったやろう」


「え?いいの?」


提案したのは俺だが、こんなにもあっさりと了承されるとは思わなかった。


「まだ使ったことが無い魔法だから、どうなるかもわからないし…」


「でも他に手はない。アドラなら大丈夫」


「僕もアドラさんならきっとやれると思います」


「二人が良いなら私が言うことはないわ」


いったいどこで俺を信頼できる場面があったのだろうか、自分ではさっぱりわからないがレイ達は俺を信用してくれているようだった。もうこうなってしまってはやらないわけにもいかない。


「わかりました、やりましょう」


「よし、じゃあ巨大魔法兵器の攻撃範囲から出よう。…ヒューバートさん!魔法の準備のために一旦離れます!」


すごいスピードで動いているヒューバートが一瞬、手を上げて了承したように見えた。

火炎弾が届かない位置まで下がるとロイドは上級魔法の構築を始めた、すると目に見えるほどの影響が周囲に表れた、空中に極小の水球が発生して霧のようになり複雑にうねり始めた、それから一分ほど経って周囲でうねっていた霧が一瞬でロイドの元に集まっていった。


「できた」


どうやら上級魔法の構築が終わったようだ、次は俺が魔法を使う番だ、本の紋章に手を合わせ魔法を発動する。ズブッと自分の体が影に沈んでいくのがわかった、それと共に自分の感覚が広がっていくのを感じる。どうやらこれは闇がある範囲の感覚を得ているようだった、しかし自分が広がっているような不思議な感覚は正直に言うと気持ち悪い。


「たぶんこれで行けます」


「いつでもいい」


「ヒューバートさん!今からアドラさんの魔法で移動してロイドの魔法を撃ちます!注意してください!」


俺の魔力と本に貯め込んだ魔力を合わせても、この魔法はそう長くは維持できそうになかった、レイがヒューバートに説明したのを聞いた直後に俺はロイドを掴んで影に潜った。



アドラとロイドが影に消え、次の瞬間には巨大魔法兵器の眼前に立っていた。


「ワタシノサイコウケッサクカラ…ハナレロ…コワレロ…」


ゴーストがうわ言の様に喋り、それと共に巨大魔法兵器から迎撃のための火球が大量に発射された、しかしアドラ達は逃げることもシールドを張ることもできない距離にいる。


「回流」


ゴウッ!


アドラ達に迫った大量の火球は、突如空中に発生した巨大な水の渦に飲まれて霧散していく、これこそがロイドの使える水の上級魔法の回流だった。水の渦はドリルの様な形で巨大魔法兵器に突撃していく。


「̪アレハ!…クルナ!コワスナ!」


遺跡で巨大魔法兵器を破壊した魔法だということを覚えているのだろう、咄嗟に巨大な二本の腕を胸の前に出してガードしようとするが、それは間に合わず水の渦の先端が胸の装甲に直撃した。


「オオオオ…」


巨大魔法兵器の巨体が回流の勢いに押されて、数メートル後ろに移動していく。


メキ…メキメキ…ギギギ…


水の轟音の中に金属が凹み軋む音が混じる。やがて回流は勢いを失って、ただ流れる水に変わり、巨大魔法兵器の体をつたって地面に流れ落ちていった。


「ハ…ハハ…マケナイ…マケルハズガナイ」


胸の装甲はグシャグシャに歪み内部の光が漏れているものの、巨大魔法兵器の機能に影響は出ていなかった。ゴーストはこれ以上自分の作品が壊されないように、目障りな魔法使いを叩き潰そうと動こうとする。


ドゴン!!!


「ア…」


巨大魔法兵器の胸にヒューバートの蹴りが炸裂した。ヒューバートは放たれた回流の後ろに続き、迎撃の火球を突破していたのだった。


「ぶっ壊れろ!」


ヒューバートが蹴った胸の装甲には何も変化が無いように見えた、しかし内部から金属が軋む音が発生して、それが徐々に大きくなっていく。


「ア…アア…アアアアア!!!!!!!」


ゴーストの叫びに呼応するように、巨大魔法兵器は内部から崩壊してバラバラに砕け散ったのだった。



「みんな、大丈夫ですか」


「やったわね」


レイがルシアに肩を貸しながらこちらに向かってやって来る。


「影への移動はなかなか興味深かった」


ロイドは作戦が成功したことよりも、闇魔法の方に興味があるようだ。


「ぶちかましてやったぜ」


ヒューバートはなかなか攻撃が当てられないイライラを解消できたためか、上機嫌な様子だった。


「終わった…疲れた…」


俺といえば勝利したことの喜びを感じる前に、肉体と精神の疲労に燃え尽きていたのだった。

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