第一章 冒険者 2話

 冒険者になって数か月が過ぎた、始めは色々と精神的にキツイ部分もあったのだが、今はだいぶ慣れてきて日常だと思えるようになってきた。

毎朝ギルドに行き、薬草採取の依頼を受けそれを夕方までこなす、雨の日は一日休むが晴れている日はずっと同じ日程だ。

 変わったことも勿論ある。受付のおっさんに色々と言われて、装備を少し良い物にした。もう少しまともな武器を持った方がいいぞ、と言われたのでナタを一本買い。いつまでも布の服でどうするんだ、と言われたので軽装の皮鎧とローブを買った。なかなか手痛い出費だったが、もしもの時を考えればこのくらいは許容範囲内だ。

 もう一つ変わったことがあるのだが、これはあまり良いこととはいえない。


「坊主、いい加減モンスター討伐の依頼を受けたらどうだ?」


「いや遠慮します」


「ハア…まあいいけどよ」


おっさんがモンスター討伐依頼を受けないかと勧めてくるようになったのだ、おっさんによると俺はまだギルドには仮登録しかされていないらしく、本登録するには一定数の依頼の達成と最低一回のモンスター討伐依頼の達成が不可欠だそうだ。

本登録されればギルドに色々と便宜を図ってもらえるようになるそうで、たとえば半年以上依頼を達成しなくても登録が破棄されなくなる。ギルドに資金を預けられるようになる。もしもの時に装備をレンタルしてもらえるなどである。

確かに多少心惹かれるものがあるが、果たして命を懸けるほどの価値があるのかと言われれば俺は否と答える。だいたい未だに動物を殺すことには抵抗があるのだ。以上の理由からよほどのことがない限り、俺はモンスター討伐依頼を受ける気はさらさら無いのであった。



 今日もギルドへ依頼を受けに行く、いつもと変わらない一日になるはずだ。


(今日はおっさんに何も言われないといいけど…)


おっさんも無理にモンスター討伐の依頼を勧めてくるわけでは無いし、俺にやる気が無いのを知っていて何も言わない日もあるのだが、それでも仕事からか数日に一回は勧めてくる。

嫌になって他の受付に行ったことがあるのだが、待ち時間が長いしおっさん以上にモンスター討伐を勧めてくるので一回で嫌になってしまった。

受付の仕事というのもあるだろうし、親切心で言ってくれているのも分かるのだが、無理なものは無理なのである。別に強制されているわけでは無いので適当に聞き流しておけばいいのだろうが、早く就職しなさい、まだ結婚しないの?などと言われてるような気がして精神的なダメージがキツイのだ。

ギルドが近づくにつれて心に負担が掛かり宿に帰りたくなるのを感じながら、俺は何とかギルドにたどり着くことができた。



 ギルドに着いた俺は珍しい光景を見た、おっさんが待合所で三人の冒険者と話し合っていたのだった。おっさんとは親しい仲らしく、楽しそうに談笑しているように見えた。

今日は他の受付に行かなきゃいけないのかとまた精神的に辛くなっている時に、酷い追い打ちがかけられた。おっさんが俺を見つけて手招きしているのである。ものすごく嫌だが呼ばれたからには行くしかない、重い足取りでおっさん達の居るテーブルに向かうのだった。


「おお、駄目でもともとだったが来たな」


「いや、来ますよ」


おっさんの俺に対する評価は間違っていないが、知らない人に呼ばれたならまだしも、仕事上の付き合いがある相手の誘いは断れ無い。つまりは勇気がない臆病者というだけなのだ。


「で、こちらの人達は?」


「ああ、こいつらは俺が目を掛けているパーティでな。金属の軽装鎧がレイ、皮鎧のがルシア、ローブのがロイドだ」


「よろしく」「どうも…」「…」


「アドラです。よろしく」


爽やかに挨拶してきた男性のレイは剣と盾のオーソドックスなファイター、ずいぶんくたびれている印象を受ける女性のルシアは弓を使うレンジャー、最後に無言で頭を下げたロイドは水の魔法使いだとおっさんが説明してくれる。


「こいつらはこの年齢で、もう石のランクになっていてな」


「それはすごいですね」


冒険者のランクは基本的には戦闘力で決められており、ランクが示す強度のモンスターを撃破可能ということを表す。つまりこの三人は石並みの硬さの相手をどうにかできるほどの戦闘力があるらしい。


「まあそれでだ、この新人に先輩の言葉ってやつを言って欲しくてな。アドバイスででも何でもいいんだが」


「うーん…そうですね…地道な努力が大切とかですか?」


「何の面白みもないな」


「そう言われても…」


「そうだ!代わりに冒険の話をしてやってくれ、最近は古代遺跡の攻略したんだろ?」


「ええ、それじゃあその話しをしますね」


 そうしてレイ達の冒険の話が始まった、とあるモンスター退治の依頼で入った森の中で偶然にも古代の遺跡を見つけたそうだ。見つけたといっても急に地面に穴が空いて遺跡に落ちてしまい、地上に戻るために遺跡を攻略することになったらしい。

遺跡を防衛する古代兵器や住み着いたモンスター、至る所に仕掛けられたトラップなど進むだけでもかなり大変で、しかも出口がどこにあるのかもわからないため精神的にも追い詰められたそうだ。新種のモンスターに襲われて初めての相手に苦戦したり、食料の節約のために食べたことがないモンスターを料理してみたり、水責めのトラップにはまってしまい危うく全滅しかけたこともあったが、ついには遺跡の最深部に到着することができたそうだ。

最深部では古代の巨大魔法兵器が襲い掛かってきた、かなりの強敵だったがレイとルシアで牽制して時間を稼ぎ、ロイドが残る魔力の全て使った上級魔法で見事破壊に成功したそうだ。そして守られていた財宝と地上への抜け道を発見して無事に脱出したとのことだった。



「どうだ、冒険ってのは危険とロマンに溢れてるだろ」


「聞く分にはとても楽しい話ですね」


「お前なあ…そこは自分も冒険に行きたい。とならないのか?」


「危険すぎてちょっと遠慮したいです」


昔からファンタジーものの創作は大好きだ、がこれは自分が安全だという前提の元なりたっていおり、自分で同じ体験をしようとは微塵も思わない。


「やれやれ、処置無しってやつだな…しかし今日はルシアが嫌におとなしいな、いつもなら率先して話に参加するだろう?」


「ええ…ちょっと疲れてて…」


おっさんの言葉にもルシアは生返事をするだけだ、くたびれたような印象を持っていたがどうやら本来は違うらしい。


「遺跡の探索が終わってからずっとこんな調子なんですよ、疲れがなかなか取れないみたいで」


「大変だったみたいですからね」


そう言いながら俺は密かに魔力の検知の魔法を使ってみた、極度に疲れた人間の発生させる闇の魔力はどんなものなのか、と気になり軽い気持ちで試してみたのだ。


「うわっ」


「ん?どうした坊主?」


「いや…別に…そろそろ依頼を受けないと毎日のノルマに間に合わなくなるかなと思って」


「…そうか?まあルシアも疲れているみたいだし、こんなもんにしておくか」


つい言葉が漏れてしまったが、それほどルシアから発せられる闇の魔力が濃かったのである。闇の魔法が使えることはできれば知られたくないので、さり気なく伝えたい。


「それではキースさんもアドラさんもまた会いましょう」


まずい、みんな席を立ち始めた。


「ええと…ああ、そういえば」


「どうしました?」


「いや、その…体調が悪いなら教会にお祈りとかいいかもしれないですよ」


「ああ、心配してくれてありがとうございます」


教会に行って健康を祈願することは別に不思議なことではない、これで何とか教会に行ってくれれば後は教会の人間が気づくだろう。


「坊主、意外と信心深かったんだな」


「まあ孤児院にお世話になっていたもので」


「そうだったのか…」


おっさんに同情されたが別に俺は孤児院に居たことは気にしてない、そんなことよりもレイ達が教会に行ってくれるかが心配だ。



(もう少しはっきり伝えるべきだったが…でも何て言っていいのかわからん)


俺は薬草を採取しながら悶々としていた、果たしてあの程度の言葉で教会に行くかどうか怪しいからだ。この世界の人間は信心深い人は多いと思うが、果たして冒険者もそうだろうか?荒くれ者が多いイメージがあるでのその手のタイプが教会に通っているイメージがわかない。


(ん?珍しいな、こんな所に人が居る)


考えごとをしていると視線の端に冒険者の姿があった、ここら辺では薬草以外には対した物は殆ど無いはずなので薬草取りの同業者かもしれない。話しかけられても面倒なので、目を合わせないようにしながら距離をとって作業を続けた。



 平原に居た冒険者は結局ギルドまで一緒だった、まあ薬草集めをしていれば同じ時間にギルドに帰っても不思議はない。

おっさんに報告しようと思ったが受付におらず、別の受付の長蛇の列に並ぶはめになり、やはり次はモンスター討伐の依頼はどうですか?と勧められるはめになった。


(まあ流石にな…)


ギルドを出れば一緒に歩いてきた冒険者も流石に付いて来ない、当たり前のことだがホッした。歩く方向が偶然一緒だったとしても知らない人間だとなぜか不安になるものである。

今日は本当にいろいろあった、精神的にかなりキツイことが多かったので今日は鍛錬をせずにこのまま寝たい。


ドン!ガン!ドン!


ベッドに寝そべっていると急に大きな音を立てて扉が何度も叩かれた、唖然として固まっていた俺の目の前でバン!というひと際大きな音とともに扉が破壊され壁に吹き飛んだ。


「…ヨコセ…」


ゆらり…と姿を現したのはルシアだった、目が据わり口からは涎を垂らしておりどう見てもまともな状態ではない。


「マリョクヲ……ヨコセエエエエエエ!!!」


尋常ならざるスピードで飛び掛かって来たルシアに、俺は成すすべなく押し倒され首を絞められた。


「が…あ…はっ」


首を絞める力は凄まじくとても振り払うことができず、俺は息ができず苦しみもがくことしかできなかった。


(さっさと窓から逃げればよかったんだ、それができなくても魔法で対応すればよかったな)


冷静に考えることができるようになってきた、前にも確か死にそうになった時にこんな状況になったな。また死ぬのかと考えていたが、急に首の拘束が無くなり息を吸うことができるようになった。


「おい、生きてるか!」


「ゲヘ、ゴホ、エヘ…な、なんとか…あれ?」


俺を助けたのは薬草取りの時に居たあの冒険者だった。

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