第一章 冒険者 1話

 娯楽があり衣食住に困らず遊んで暮らせる世界に生まれたい。そう願っていた俺だったが人生はそう上手くいくものではなかった、三回目の人生だが三度目の正直とはいかないようだ。

なんとまた二度目と同じ世界で、しかも同じ国で、さらにまた孤児である。ついでに髪の色と目の色も変わらず黒だった、身体的特徴もあまり変わらず平凡である。前と変わったことは住んでいる場所が田舎ではなく都会になったことだろう。



 アルサス王国。騎士の国とも呼ばれており、何よりも血統と格式を重んじる国である。

俺が今暮らしているのはその首都である。人と物でごった返しているので、部屋の中で外を眺めているだけでも退屈を紛らわせることができる。特に冒険者や兵士を見ると自分がファンタジー世界にいるんだと感慨深くなるものだ。

まあ人が多いということはコミュ障の俺には外に出るだけで疲れる、というデメリットでもあるのだが。



 さて今日は記念すべき日である。なぜ?と聞かれれば俺が成人を迎え、独り立ちする日だからである。


「アドラ忘れ物は無いですか?」


「大丈夫です」


そう俺の名前を呼んだのは孤児院の院長だ、首都にある孤児院のお偉いさんなんて俗物だろうと思っていた俺だがこの人は違った。

誰にも平等に接しており、孤児院の雑務も自分から積極的にやっていた。わざわざ俺の見送りに来たというだけでもその人となりがわかる。


「体に気を付けて…がんばるんですよ。無理そうなら戻って来てもよいのですから」


「大丈夫ですって、いってきます」


孤児院に戻ってくる気はさらさら無い、どうせ俺が居た所で迷惑になるだけなので、世話になった恩を返すためにも自立するべきだ。あとプライベートの無い集団生活がとにかく苦痛なのもある。



 生活に必要なのは金である。もう少し詳しく話すと宿と食事代が最低限必要である。食事に関しては町の外に出れば食べられるものがあるだろうが、戻ってくる時に入場料がかかるので金が無ければ町に戻れなくなる。宿に関しては町の中とはいえ何があるかわからない外でなど寝たくないからだ。

肝心の金を稼ぐ方法はファンタジーの王道である冒険者になることだ、冒険者になれば町に入る時の入場料も免除されるため一石二鳥である。



 やって来たのは正門前広場である。ここには冒険者ギルドとそれに関係する施設がまとまっているそうだ。

そのため広場を行きかう人々も冒険者が多く、一般道とは違う雰囲気があり活気があった。悪くいれば治安が悪そうな感じがしており、正直にいえばあまり近づきたくない雰囲気があるのだった。刃物とか鈍器を持った人間が周囲に居ることに慣れることができるのだろうか、視線を彷徨わせていると近くの冒険者と目が合ってしまい怪訝な顔をされた。すぐに目を逸らしてなるべく平静を装いながら広場の中を進み、目標としていた冒険者ギルドになんとかたどり着くことができたのだった。



 ギルドの中は思っていたより綺麗で役所のような施設だった。入口すぐには椅子とテーブルが置かれ待合所となっており、数人の冒険者パーティが休憩したり話し合いをしているようだった。その横には巨大なボードが複数壁に設置され、依頼と思われる紙が何枚も貼ってあり、そこは多数の冒険者でごった返していた。待合所の奥が受付のカウンターとなっており、ギルド員と冒険者が話し合っているのが見えた。

 何はともあれまずはギルドに登録して、冒険者にならなければいけないのだが、カウンターの前には長蛇の列ができており順番待ちをしなければならない。しかし他の冒険者に混じって並ぶのは非常に気が引ける。なんとかならないかと周囲を見渡すと他とは違い数人しか並んでいない受付があった。見れば理由はすぐにわかった、他の受付は美人で若い女性が受付ているのに対して、そこの受付は無精ひげを生やしたむさいおっさんだったからである。しかも態度があまり良いようには見えず表情にもやる気が感じられない、しかし仕事はキッチリしているのか客を捌くスピードは速かった。長い順番待ちをしたくなかった俺はその受付に向かうことにした。


「ほい、次…どうした坊主」


「冒険者登録したいんですが」


「そうか、ちょっと待ってろ」


そう言いながら受付のおっさんは登録用紙だと思われる紙を取り出した。


「名前は」


「アドラ」


「年齢は」


「15」


「よし、これで登録は完了だ、これを持ってけ冒険者の証みたいなもんだ」


簡潔な質問のあと渡されたのは、文字と数字が書かれた小さな木板だった。


「向こうの依頼掲示板から依頼を選んで、木板と一緒に受付に出せば依頼を受けられる。初心者用の依頼は入り口に近い掲示板に張ってあるぞ、せいぜいがんばれよ」


「はい」


「ああ、それともう一つ。半年なにも依頼達成がないと資格を剥奪されるからな、気を付けろよ」


こうしてものの数分で俺は冒険者になったのだった、地球に居た頃とは違って面倒な面接や試験などが無いのは非常にありがたい。ソロなら人付き合いも最低限で済むだろう、あとの心配は俺にできる仕事が見つかるかどうかである。



 冒険者になった俺はさっそく、どんな依頼があるのか確認するために依頼掲示板に向かった。受付のおっさんに教えてもらった初心者用の依頼が貼ってある場所には、なるほど若い冒険者が多いようだった。

他の冒険者の邪魔にならないように、少し遠巻きから掲示板を眺めてみる。

・ギルド員や他冒険者と協力してのゴブリン退治…モンスターとか無理

・飛びつきウサギを5匹狩る…狩りなんて無理

・他の冒険者の荷物持ち…酷使されそうな気がするので無理

・付近の村までの荷物配達…なんとかなりそうだが道に迷いそうだ

・草原での薬草集め…薬草が簡単に見つかるのか判断できない

他にも色々とあるようだが半数以上は俺には無理そうな依頼だった、ここは無難に薬草を集める依頼を受けることにした。


「おう坊主、さっそく依頼を受けるのか」


「はい」


「ああこれか、楽な仕事だが薬草がかなり臭くてな。二、三日は臭いが消えないぞ。それでも依頼を受けるか?」


「受けます」


便所掃除を嫌がらずにできる性分なので何の問題も無いはずだ、もしかしたらファンタジー特有の奇天烈な薬草で、吐き気がするレベルだったら怪しいかもしれないが。

そのあと受付のおっさんが最低限必要な道具とそれを買える店を教えてくれた、冒険に必要な装備はだいたい広場の周辺だけで揃うそうだ。

道具屋に行きナイフと薬草を入れる皮袋を購入した、皮袋はなかなか値が張ったが、布では薬草の匂いが周囲にまき散らされるそうなので仕方ない。これで孤児院からもらった支度金のほとんどが無くなってしまった、これでもし依頼を失敗してしまったらと不安がよぎるが、もうここまで来たら引き返せない。



 外に出るために正門にやって来た俺を出迎えたのは人波だった、さすが首都の玄関である。引っ切り無しに人や荷馬車が行きかっており、見ているだけで疲れを感じた。

人並みにもまれながらも何とか外にでることができた、生まれて始めて首都の外に出たが平地がずっと広がっておりなかなか壮観だった。しばし景色を楽しんだあと街道から少し離れた草原に向かって出発した。

道中は特に何事も無く目的の場所に着くことができた、まあ首都の近くなのでモンスターや野党などはまず現れないそうだ。



 草原に付いて薬草を探し始めたが、拍子抜けするほど簡単に薬草を見つけることができた。緑色の草原で背が他の草よりも幾分か高くしかも色が青色なので間違えようもない。


「クサッ」


薬草として使える先端の部分を切り取ると、強烈な薬品のような臭いが発生した。しかし耐えられないほどではない、臭いに悩まされながらも点在している薬草を採取していった。

 太陽の位置が真上になり昼時になった、小腹が空いてきたがいちいち町に戻るのも面倒なので、周囲に生えている果実をとって食べることにした。見たことも無い果実もあったが、毒などがあっても困るのでそれには手を付けないでおいた、そのあと夕方近くまで採取をおこない帰路に着いた。



「うぉっ!すげー臭いだな…まあ依頼は達成できたみてーだが」


ギルドで受付のおっさんに言われたが、自分ではもう慣れてしまったのかそこまで臭いは酷く感じない。どちらかと言えばその匂いのせいで、道中ずっと注目されていたのが精神的に辛かった。


「はい、かなり取れました」


「そうか、じゃあ袋を渡してくれ精査して報酬を持ってくる。木版に書かれた文字で呼ばれるから適当に休んで待ってろ」


そういっておっさんは袋を持ってギルドの奥に引っ込んでいった。臭いで集まる人の視線が気になるので、人が少ない壁際に立って待つことにする。しばらくして別のカウンターから木版に書かれた文字で呼ばれたためそこに向かった。


「アドラ様ですね、こちらが報酬の20シルバー16ブロンズとなります」


渡された報酬は思っていた以上に多かったが、問題はここから毎日の食事代と宿泊費を引いていくら残るかだ。まあ今は無事に初仕事が終わったことを喜ぼうと思う。



 初仕事を終えた俺は広場にある適当な店で食事をして、同じく広場にある冒険者向けの格安の宿を取った。


「クッーッ」


硬いベッドに寝転がり体を伸ばす、だいぶ疲れているが気分はよかった。宿と食事にかかる代金はそれほど高くなく、今日のペースで仕事をすればかなり余裕ができることがわかったからだ。

このまま気分よく寝たい気持ちもあったのだが、日々の日課になっている鍛錬であり趣味でもある魔法の訓練をすることにした。

現世の俺はまた闇魔法に適性があった、しかし前世とは違い初級下位の魔力量があったのだ、下級の魔法を数回だけだが自力で使えるというのは大きい。魔法が使えなければ冒険者などになる気は起きなかっただろう。


「さてと…」


背中に括りつけていた布に包まれていた物を取り出した、それはあの黒鉄の本である。子供の頃に魔法が使えるか試しに魔力を流した所、急に現れたのがこの本だった。間違いなくあのクソ悪魔から受け取った本だったので、何度か破棄しようと川に不法投棄したり土に埋めたり燃やしたりといろいろと努力したのだが、魔力を使うといつの間にかまた現れた。完全に呪いのアイテムだが、呪文を覚えるのに便利なので仕方なく使っている。

 いま使用できる魔法は主に3つ、魔力の検知・暗視・暗黒である。

・魔力の検知…闇の魔力の濃さを調べられる。

・暗視…暗闇でもはっきりと物を見ることができる。

・暗黒…闇の霧を目標に飛ばす。

魔力の検知は本に魔力を集める時に役に立つ、暗黒は今の所は夜に活動しないので微妙だが暗黒と併用すれば役に立つだろう、暗黒は緊急時の目くらましだ。

今日は新しく影の移動を覚える予定だ、自分の影を好きに移動させられるという正直なにに使うのかよくわからない魔法だが、娯楽の少ないこの世界で魔法を使うのは唯一熱中して楽しめることなので無駄になっても特に問題ない。

本を使って知った魔力の流れを再現して魔法を使う、すると影と魔力で繋がっているような感覚を覚え、魔力の流れを変えることで影を操ることができた。俺の魔力は少ないので数分も使えば魔力切れになり、今日の鍛錬は終了となり後は寝るだけだ。


こうして新しい生活が始まって、その一日目が終わった。

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