常闇の転生者
@avura
第零話 始まりと終わりと始まり
馬鹿は死ななきゃ治らない、という言葉があるがあれは嘘である。なぜそう言い切れるのかといえば俺が転生した人間であるからだ。しかも前世の記憶を持ったままの転生であり、前回の人生と今回の人生を比べることができた。
その結果は馬鹿は死んでも治らなかった、駄目人間は転生しても駄目人間だった。
育った環境にもよるのではないかと思う人も居るだろうが、前世と現世の環境は全くと言っていいほど違う。前世は普通の家庭に生まれて育った、まあ普通ならなんで俺は駄目人間に育ったのかは謎だが今は置いておこう。さて現世であるが驚くなかれ、なんとファンタジーの世界に生まれたのだった。
よくある中世ヨーロッパ的な雰囲気で、モンスターが生息しており剣と魔法の世界である。そんな世界で親無しの孤児として、山奥の村の教会で育ったのが今回の人生である。
つまりは異世界転生というパターンなわけだが残念ながら、神様に不思議な力を貰ったり勇者に選ばれたりということは無かった。なんとか魔力はあったが残念ながら魔法を使えるほどの力は無かったらしい。
これだけ環境が違っていたのだが俺は現世もやっぱり駄目人間だった、何の才能も無く気弱でコミュ障で怠け者。自覚はあるのだが残念ながら治らない、死んでも治らなかったのだからたぶん無理なのだろう。
これを踏まえて来世はなるべくいい世界に転生したいものである。娯楽があり衣食住に困らず遊んで暮らせる世界がベストだ。
いやいや諦めるのが早すぎる。もう少し頑張れよと思う方もいらっしゃるかと思うが残念ながら現在の俺は死ぬ寸前なのである。
ゴウゴウと火が燃えている。場所は教会のそばにある倉庫で火事がおきていた。すでに倉庫の半分ほどが燃えているがまだまだ火の勢いは衰えていない。このままでは全焼するのも時間の問題だろう。
(こんな終わりかたか…)
倉庫の中で火と煙に焙られながら俺は考える。果たしてマシな死に方なのかと、何かと物騒なファンタジー世界である。モンスター、盗賊、戦争、危険はそれこそ幾らでもある。駄目人間である俺がまともな死に方などできないと考えてはいたが、火事による焼死とはファンタジー世界的な要素が一つもないなと。
こんなアホなことを考えられるくらい今の俺は冷静である。自分でも以外だと思っているが死んだことがあるせいか、それとも死に直面して頭がおかしくなったのかのどちらかだろう。
冷静に考えることができるのはいいが、残念ながらそれを活かして脱出するのは困難である。唯一の出入り口は炎に飲まれているし、鍛えていない俺では木造の壁を破壊することは不可能だからだ。ちなみに助けも期待できない、今日は祭りで村総出で森にある祭壇に居るはずだ。なので無駄なことを考えて死の訪れを待つしかない。
「フヒッヒッヒッ…」
だいぶ煙で息が苦しくなってきた時に、耳障りな笑い声を上げながらソイツは煙の中から姿を現した。
ピエロだ。ラメが入った黒い衣装に身を包み、何が可笑しいのか目を見開き満面の笑みを浮かべながらお辞儀をしてきた。
「誰だ?死神?悪魔?」
このタイミングで出て来る摩訶不思議な存在は、死神か悪魔に違いないだろうと思い聞いてみる。
「嗚呼ぁ…私は悲しい。あなた様が危機に陥ってると知り、助けに参じたというのにッ!悪しき者と間違われるとは…しかし!きっと!死に直面して心を乱していらっしゃるに違いない…」
オーイ、オイオイと大げさに泣くような動作をするピエロ。とてもそうには見えないがどうやら俺を助けに来てくれたらしい。それならだいぶ失礼なことを言ってしまった。
「あ…えっと…すいません。助けに?」
「ええッ!もちろん!助けますとも…悲しい運命のあなた様を助けるのが私の使命」
「悲しい運命?」
「そう…闇の魔力を持って生まれたがための悲惨な境遇ゥ…しかもそれが原因で同胞に殺されるなどなんと…残・酷・な!」
この世界では闇の魔法は忌避されている。まあアンデッドの作成や呪いなど碌でもない魔法ばかりだから仕方ないと思うが、そのため魔法が使えなくとも闇の魔力を持っているだけで迫害の対象になるのだ。
俺は駄目人間で闇の魔力持ちだ。他の村人に嫌われているのは知っているから、コミュ障もあってなるべく人と会わないように教会に引きこもって生きて来た。不気味だとは思われていただろうが、まさか殺すほど嫌われていたとは思わなかった。
「馬鹿じゃないのか…」
実害が無い相手を殺して殺人の罪を負うアホが居ると知ってつい言葉が出てしまった。しかも殺すタイミングが意味不明だ、俺はそろそろ成人して村を出る予定だったのだ、わざわざ殺さなくても村から居なくなるはずだった。
「ええ!ええ!あなた様の憤りは至極当然!この危機を抜け出し奴に然るべき罰を与えるべきだ!その力は微力ながら私が授けましょう」
俺は呆れているだけで別に怒ってはいないのだが、ピエロはそんなことは特に気にせず一人で盛り上がっている。
「ささ、これをお納めください」
「本?」
いつの間にかピエロは一冊の本を俺に差し出していた、表紙は真っ黒で光沢から見て鉄製のようだ、しかもかなり大きくランドセルくらいの大きさと分厚さがあった。
ピエロはそんな本を差し出しながら微動だにしない、実は思っているほど重くはないのだろうか?
ものすごく怪しい代物だが、他にすることも無いので受け取った。
「うわっ!」
本に触れたとたん何かが体の中に流れるような感覚を感じた、さらに重さが予想以上だったためドスンと思わず本を地面に落としてしまう。その拍子に本が開かれて複雑な紋章のようなものが書かれたページが目に映った。
「驚かれましたか!驚かれましたね!ヒヒッ!それが魔力の流れでございます。その本を使えば闇の魔法を簡単に使うことができるようになるのですよ」
魔法が使えるようになれば、確かにこの状況から脱出することが可能になるかもしれない。
「その本の力は二つございます。一つは記録されている魔法に触れることでその魔法を使うことが可能になること、もう一つは本を開くことで周囲の闇の魔力を集めて蓄えることです。今回であれば今ご覧になっているページにある破壊の魔法がよろしいかと存じます」
本に書かれた紋章に手を乗せる。すると始めに本を手に取った時のように魔力が流れる。しかし今回の魔力の流れには法則性のようなものが感じられた。
紋章から手を離すと手の平に黒いエネルギー体が発生しており、どうやらこれが破壊の魔法らしい。
「さあさあ!魔法を魔力で押し出してみてください」
魔力が流れる感覚を思い出し魔法に流し込む、すると黒いエネルギーは手の平から離れスピードは遅いが飛んでいく。まるで風船のようにフワフワとした動きだったが、それが壁に当たるとバキッという音とともに壁にそこそこ大きな穴を空けた。
「お見事!いや実にお見事!」
大げさに拍手をして賑やかしているピエロは放っておいて、壁にできた穴をよく見てみる。俺が通るにはまだまだ狭く、もう数回ほど魔法を使わなければ通れるようにはならないだろう。しかしここで一つ問題が浮上した。
「魔力がもう無いみたいなんだが」
体感的に7割ほど魔力が減ったように感じた、これではとても次の魔法を使うことなどできそうになかった。
「なに心配する必要はございません、闇の魔力というものは他の魔力に比べて簡単に発生させることができますので。負の感情や死といったありふれたものでね。今回であれば小動物の一匹でも殺せば十分でございましょう」
俺の言葉を聞いたピエロはよくぞ聞いてくれました、といった感じで嬉々として魔力の補充の仕方についての説明をした。
しかしその方法は厳しいものだった、動物を故意に殺すなんてキツイのだ。ハエとか蚊などなら叩き潰せるが少し大きい蜘蛛ぐらいになるともう手が出せない。
なぜできないかと言われれば自分でもよくわからないが、可哀そうとか殺す勇気が無いとかそんなものだろう。
追い詰められた状況の今ならどうだろうか?ネズミぐらいなら本をぶつけて潰すことが今ならできるかもしれない。まあトラウマになること間違いないだろう。
嫌々ながらも周囲を見回した、しかし倉庫を焼き尽くす炎と工芸品しか目に映るものは無い。
「そもそも動物が…」
いない、と視線を戻した時にはピエロの姿は影も形も無くなっていたのだった。
結局のところ事態は始めと何ら変わらなかった、分厚い本という燃える材料が一つ増えたぐらいだろうか。
一応は他に何か役に立つ魔法はないのか探してみたが、残りの魔力で使えそうな魔法は役にたたず、役に立ちそうな魔法は魔力が足りなかった。
文字通り人が殴り殺せそうな本なので、魔法で開いた穴を広げられないだろうかと殴ってみたが非力な俺では傷を付けるのが精いっぱいだった。
ガラガラと屋根が焼け落ちてきた、いよいよ終わりが近づいているようだ。
ガラガラ…バカン!
屋根が崩れる音とは別の音が横にある衣装ケースから聞こえて来た、そちらに目線を向けると予想外の光景があった。衣装ケースから子供が二人顔を覗かせているのだ、誰かはもちろん知っているなんせ同じ孤児なのだから。
「ゲホ、ゲホ、どうなってんだこれ!」
「お兄ちゃん…」
「お前ら何でこんな所に居るんだ」
「兄ちゃんを驚かせようと思って隠れてたんだ…」
「いままで気づかなかったのか?」
「途中で寝ちゃったの」
この村では珍しく駄目人間の俺にも構ってくれる二人である。まあ片方はいたずら好きなのがたまにきずだが。
「どうしよう…」
「ううぅ…」
「たぶん大丈夫だ」
なにも無責任にこんな発言をしているわけでは無い、少し考えれば子供二人を助けるのは簡単なのだ。魔法で開けた穴から逃げてもらえばいいのだ、俺の体では通れないが子供の体型ならば通り抜けることができるだろう。
「こっちの壁に穴が空いてるからここから逃げろ」
「おお、なんでこんな所に穴が、でも助かった」
なかなかギリギリなサイズだったが何とか一人目は外に出すことができた。
「ほら、早く出るんだ」
「お兄ちゃんは?」
「何とか頑張るから二人で急いで大人を呼んで来てくれ」
「…」
困ったことに俺の服を掴んで離さない、どうやら嘘がバレたらしい。助けを呼んでも間に合わないだろう、かといってこの中に残ってもらっても事態が好転することも無い。
ドクン!ドクン!ドクン!
邪魔だからと地面に放置した本が脈打った感覚があった。
クソがやっぱり悪魔の類だったじゃないか…悪魔の言葉が思い出される。
小動物の一匹でも殺せば十分
馬鹿じゃないのか。
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