短編置き場

砂田計々

発 表 順 (各 話 完 結)

虫の怖い話

 捕まえた虫が翌朝には死んでいた。

 大人になった今ならその残酷さにも昼飯時には折り合いがついて、チャーハンでも作って、食べて、横になるのだが、その頃はそう簡単ではなかった。


 カナブンかコガネムシか、それとも名前の知らない虫だったのか。玄関の外灯に飛んで転げ落ちたそれを素手でつまみ上げ、虫籠へと放り込んだ。透明のプラスチックで四方が囲われた緑色の蓋の、小さな虫籠だった。蓋には中が覗ける四角形の小窓がついている。籠の中にはその虫以外、虫が好む食べ物や敷物、水の類は何も用意されていなかった。小窓から覗くと、シャカシャカと脚を蠢かせていた。


 子供だった当時も「呪い」というものは信じていなかった。でも、もしこれから、自分に不幸が降りかかるのならば、この虫の死と無関係には思えなかった。それほどにあの頃は、手中の虫の死は衝撃的な出来事だった。そして、これは一切根拠はないが、なぜかその呪いは20歳になれば解けるのだと思い込んでいた。


 そんな十字架を背負うこととなり、学校生活は日陰で暮らしていたが、以降、取り立てて大きな不幸が訪れることはなかった。ぬるく呪われ続けた結果、いまいちパッとしない青春時代を過ごし、無事、20歳を迎えることができて安心していた。


――昨晩。そのような古い記憶を思い返したのには理由があった。


 実は、予てより思いを寄せていた女性にデートを申し出たところ、あっさりと断られてしまったのだ。どうしてだろう。それまで、将来の話や好きな作家について盛り上がり、いい雰囲気だったというのに。今度、面白そうな映画があるから観に行きたいねとも話していた。別々に、と言うことだったのだろうか? そういうことだったのか。


 なんだかやけに喉が乾いてビールでも、と冷蔵庫に立った瞬間、足の小指に何かを引っかけた。それは小さな籠だった。


 嫌な気配に襲われた。昔、小窓越しに見たあの虫が、まだじっとこちらを見ているような。鼓膜にはシャカシャカと、いつまでも、いつまでも。


 20歳は疾うに過ぎているのに。

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