思い出に導かれるように
別れというのは突然にやって来るものである。
だがそれ以上に奇妙にやって来るものは、やっぱり出会いではないだろうか。
いつものように仕事を終え、いつもの牛丼屋へ駆け込んで、いつもの牛丼をかき込み満足気に会計を済ませて店を出た俺を待っていたのは、懐かしの顔だった。
もうかれこれ二年か三年は会っていなかったから、ちょっと忘れかけていたんだけどな。
「……久し振りだな。
「……誰?」
敢えて他人の振りをする事にした。
こいつが俺の目の前に現れると、必ず面倒ごとを持ち込んでくる。
「貴様ぁ! 薄情だぞっ! 俺との約束を忘れたかっ!?」
ほらな? もう絡みがめんどくさいだろ?
今俺の目の前に立っている
因みにコイツとの約束は何にもしてないヨ。
「あーはいはい。だいだい君。で、何の用っすかねぇ」
「お前は『カラミティグランド』というゲームをやっているか?」
アポ無しで突然に現れて言う台詞かね。
「いや、やってない」
「……何ぁ故だっ! 貴様程の類い希なるゲームの才覚を持ちながら、何故プロゲーマーとして輝かしいロードを歩まんのだっ!? 俺には……俺には理解出来んっ!」
こういう芝居がかった台詞が、会話のテンポを遅らせるのも、なんだか俺はあんまり好きじゃない。
別にだいだいを嫌っている訳ではないよ?
「ゲームの才覚って、いつの話してんだよ……それは八年も前の事だろ? 今の俺は工場勤務の社員で、それ以上でもそれ以下でもない。そういうこと分かって言ってるぅ?」
……今では当たり前のように耳にする『eスポーツ』だの、『プロゲーマー』だの、そういったものは、俺がゲームをするだけで金を稼いでいた八年前……それ以上も前から密かにあった。
擬似
ゴーグル内の映像には
現実の世界を使った
使用できる武器はビームセーバーと四種のハンドガンのみ、ビームセーバーの「刃」の部分と、ハンドガンから打ち出せる「弾」が
「ゲームを観ている者も熱くする」という宣伝文句は、言い過ぎちゃあいなかった。
ゲームなのに生身の身体を激しく動き回らせ、それでいて武器の相性を知り、センスさえあれば、体力に自信の無い者でも気軽に楽しく遊べる。
ゲーム機器を持って外に出歩き、動き回れるような広い場所があれば、そこがゲームの舞台になるのだ。
時間帯さえ選んで、遊びたい人と待ち合わせる事が出来れば、まぁちょっぴり限定的ではあるものの、本当の意味で「いつでも、どこでも、だれとでも」というゲームが生まれた。
……それも、四年前にブームは終わった。
四年前のこと。ついに人類は、完全とは言えないけど、
やっぱり、みんなVRゲームの方が好きだよな。
それなりに『in world』で名を馳せた俺は、そっちに流れることはなく、『in world』のブームが過ぎ去ると同時にゲームを全くやらなくなった。
別にゲームが嫌いになったとか、そういう訳でもない。ただ単にリアルの生活が色彩を覚えただけだ。
まぁ、それ意外にもちょっとした理由もあるんだけどな。
ちょうど四年とちょい前に高校を卒業して、何となく派遣会社の請負業務で工場へと派遣されて、そのままその派遣会社に就職して……。
アホな同僚や意地の悪い後輩くんと飯食ったり、休みの日には高校からの友人と一緒にスロット打っては「あの店
そんな、充実してるとは言い難いけど、年相応の人生を生きてる俺からすれば、だいだいの言い放つような理想も、「ゲームする位なら寝るよ」程度の物でしかなかった。
「ふんっ。随分とヒヨったな柏木。それともなんだ? またディランと共に戦いたいとは思わないのか?」
「ディラン」という言葉につい、反応してしまう。
「……ディランだと? ディラン・マルティネスかっ!?」
――ディラン・マルティネス。
スペイン出身……、と言っても、出身がスペインなだけで育ちは日本だから、もう純日本人といっても過言ではないが、『in world』において、俺と共にとあるチームクラブに所属していた少年だ。
五年程前のこと。ディランは不幸な事故で下半身付随となり、車椅子の生活を余儀なくされた。
――もっとお前と遊んでいたかった――。
今になって思い出す。ディランが俺に言った最後の言葉を。
そしてその言葉の後、ディランがどうなったか俺にはわからない。
だけど、きっと俺がゲームから離れることになったきっかけは、ディランなんだろうな。
あいつが百パーセント、ゲームを楽しめないのに、俺が楽しめるのかと。
チームクラブの世界に俺を引き込んだのも、ディランだったからな。
「当然だ。俺とお前の知るディランが、あいつ以外に居るのか?」
「いや居ないけど……。『カラミティグランド』をプレイすれば、またディランに会えるのか?」
「そうだな。会えるはずだ」
だいだいのこんな真剣な顔、多分生まれて初めて見るような気がするな。
「……やるよ。『カラミティグランド』」
「そう来ると思った! 付いてこい」
俺車乗ってきたんだけどな……。まぁいっか。
俺はだいだいの車の助手席への乗り込み、シートベルトを嵌める音を聞いただいだいは車を走らせた。
……車で走ること十分くらい。
まぁ予想はしていたが、連れていかれた先はだいだいの実家だった。うん、でかい。
親の趣味なんだろうけど、財を惜しみなく使われて無理くり造られたのであろう「和テイスト」な佇まいの豪邸が、門の奥には広がっていた。
「気にしないでくれ」なんてちょっと気恥ずかしめに言っているだいだいもちょっと面白くあったが、今はディランの事の方が大事だ。
「ここだ。懐かしいだろ?」
だいだいに案内され、立ち止まったのはだいだいの部屋の前だ。
俺とだいだいとディランが三人で集まって、狂ったようにゲームをやっていた青春の場でもある。
「そうだな……。寂しかったか?」
だいだいは俺やディランと比較しても、数段ゲームの腕が劣る奴だった。
特に気にしないでここまで来たが、チームクラブに所属した当時、置いてかれただいだいは俺達のことをどう思って今まで生きてきたんだろうな。
……家全体に広がる静寂が重い。罪悪感もあるせいだろうか。
「寂しかったと言われれば寂しかった。だが、それも今日までだ。またこうして三人でゲームが出来ると思えば、なんてことはない」
「強がりに聞こえるぞ。だいだい」
なんて言いながら、だいだいの部屋へと入っていく。
久しぶりに入ったけど、お坊ちゃんの部屋はやっぱ一味違ぇわ。広いのなんの。
「あれは……?」
部屋の真ん中に二台、やたらと大きな筐体が並べられていた。
その筐体の中央には人が一人座れるような椅子があり、周囲に取り付けられた物と合わせた大きさが、なんだかご立派な設備のようにも見てとれる。
「あれがUPCだ。イカしてるだろ」
「いやまぁ、格好良いけど……」
ユナイテッドパーソナルコンソール。その頭文字を取ってUPCと呼ばれる、世界初の試作型VRゲーム機だ。
脳波を読み取って電脳世界に素体を生み出し、意識を飛ばして生み出した素体を読み取った脳波とリンクさせることで、「実体は無いけどそこに居ると錯覚できる」技術。
触覚以外の感覚が再現出来ない分、試作型と呼ばれてはいるが、実際に電脳世界に入ってみると感動するぞ、とはだいだいの弁。
電脳世界は真っ白なネット空間が広がっており、アバター対応しているゲームでアバターを作り出すまでは、某サウンドノベルのような頭から足の先まで、青い身体のキャラとして他人には見えるらしい。
「ここでうだうだと説明しているよりは、実際にゲームをやってみようじゃないか」
二つ並んだUPCの左側にだいだいは座る。
「まぁそうだな」
そう言いながら、俺は残った右側の筐体の椅子に座った。
「――おはようございます。私はUPC内蔵AI、
「うおっ!!」
突如、機械音声チックな女の声と共に、目の前に青白いディスプレイが現れる。
そのディスプレイには、音声と同じのテキストが表示されていて、その下には「音声認識を開始します。宜しいですか?」と書かれていた。
「は……はい。でいいのかな……」
「畏まりました。リンクされているID、大治大河さんが現在プレイしている『カラミティグランド』をインストールしますか?」
早ぇなだいだい! もう
「はい」
「インストールを開始します。只今から音声認識を開始します。お名前をお聞かせ願いますか?」
「……柏木
「かしわぎそう、さんですね。次にディスプレイのキーボードに名前を打ち込んで下さい」
凄いな。今のやりとりだとまるでSF映画の中にでも入り込んでしまったみたいだ。
音声の指示に従うまま、俺はディスプレイに映し出されたキーボードに自分の名前を漢字で打ち込む。
「柏木惣さん、ですね。もう一度名前を教えて下さい」
「柏木惣」
「音声認識が完了致しました。既に『カラミティグランド』のインストールは終了しています。起動しますか」
「はい」
「畏まりました。『カラミティグランド』、起動します」
瞬間、俺の意識は一瞬だけ、無くなるのだった。
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