ユニークな職業《アレ》と地獄の始まり


「あーあー。こちら柏木。誰か聞こえていますかオーバー?」


 反応はない。今俺の目の前に広がっているは火山″風″な背景と、ちょっと壮大なBGM。

 どうやら、だいだいとリンクがどうのこうのーで、電脳空間とやらを経由しないでそのままカラミティグランドを起動したっぽい。


「おはようございます。このままゲームを始めますか?」


 先ほどの機械音声……AINAアイナだっけ? が声を掛けてきた。

 これどういう風に聞こえるように設定されてんだろうな。UPCに座って聞いていた角度と同じ場所からAINAアイナの声が聞こえるぞ。


「はい、始めます」


「畏まりました。音声認識を起動します。名前をお聞かせ下さい」


 あら、また音声認識。いやまぁなんか凄いものをこう何度も体験出来て嬉しいけどもね?


「柏木惣」


「確認しました。現在柏木惣さんのカラミティグランドにおけるIDはございません。作成しますか?」


 まぁそうだわな。これが初プレイになるわけだし。


「はい、作成します」


「IDの作成が完了しました。アバターの設定をお願いします」


 おっ、あれだな。キャラクタークリエイトな画面になったよ。

 ついでに自分の身体……といっても今は″真っ青な人″なんだけど、それも自分で認識出来るようになり、手元には仮想コンソールが表示された。

 これを使ってキャラクターを作れってことだな。


 十五分も経ってはなさそう。キャラクタークリエイトは終わった。


 銀髪があったからちょっと使ってみた。普通の髪型だとつまんねぇなぁ、と思ってオールバックにしてみた。

 そうするとちょっと前髪が寂しいからアホ毛を一本ちょろんと出してみた。

 優しい目元だと髪型とのバランスが悪いからつり目にして瞳孔を小さくしてみた。

 ……うん、いかついね。


 まいっか。最後に瞳の色を赤くして終わり。

 服装は赤いインナーとデニム色のコート、ちょっと灰色がかった白のパンツという一式がまぁ似合ってるかなってことでそれを選んだ。


 偉く現代的なファッションだなとは思ったけど、そのうち服も装備とかで変わるっしょと適当に選んでしまったのが後に響かないといいけど……。


 全ての項目を弄り倒し、項目の一番下にある[このキャラクターでゲームを始める]ってところにカーソルを合わせて、コンソールのOKボタンを押す。


 最後にプレイヤーネームを打ち込む画面が表示され、空欄の部分に[ソウキ]と入力する。

 名前を逆から読ませただけの捻りゼロのプレイヤーネームだ。無難だろ?


「お疲れ様でした。このアバターの表示設定が完了しました。それでは、行ってらっしゃいませ」


 あぁ、なんかさっきだいだいが言ってた、アバター設定のゲームがどうたら……みたいなやつか。

 これで俺はUPCを起動して電脳空間に行くと、このアバターで他の人から見られるということだと思う。


 ……さて。なんだか御大層な光の渦に巻き込まれるように、俺は『カラミティグランド』の世界の端っこ、まずはチュートリアルエリアという地域に飛ばされることに。

 まぁ、チュートリアルエリアっていう位だから、そこまでの広さはない。見渡してみる分には教室四つ分くらいか?


「ようこそ、『カラミティグランド』へ! 僕はアルマト。『カラミティグランド』の八割ほどの知識を詰め込まれたナビゲーションAIさ!

 ここでは君の最初の職業クラスとなる″ルーツ″を決め、それに合った武器種を選んでいくよ! それが終わったら所属する区域レギオンを僕が決める。わかったかな?」


 今度は少年の機械音声だ。でも多分声を当ててるのは女の人だろうな。

 なんだかどこぞの錬金術を使う弟くんのような声をしている気がするぞ。


「わかった、俺はソウキ。宜しく頼むよ、アルマト」


「よし! じゃあまずはソウキの最初の職業クラスを決めるよ! その最初の職業クラスの事をルーツと呼ぶんだ。

 種は芽を出して分岐し、そして行く行くは木の枝のように幾つもの職業クラスへと転化できるようになる。

 これをルーツツリーと呼ぶんだ。ルーツだけはルーレットで決まるから好きなタイミングで″止めて″って言ってね!」


 アルマトの話を聞く限りでは、最初の職業クラスは自由には選べないけど、やり込む内に色んな職業クラスへとなれる、ってことかな。

 とすれば、最初に解放条件が厳しめの職業クラスが選ばれればラッキーだね、程度なもんだな。


「よし、止めてくれ!」


「オッケーそれじゃあ選ばれたルーツを発表するよ! 男の子はこういうの好きでしょ、ガチャ!」


 わからんでもないな。ちょっとドキドキする。


「んん? 珍しいルーツだねぇ。初めて見るよ。では発表します、ソウキのルーツは結晶士だ! おめでとう!」


「けっしょうし……?」


「うん、結晶士だ! うーん……といっても、僕も見るのは初めてだから、どんな職業クラスなのかはちょっとわからないな」


 アルマトは困ったように唸っている。


「あぁ、そうだ。区域レギオンを見れば大まかにはソウキのルーツの種類がわかるよ! ちょっと待っててねぇ」


 思い出したようにそう言うと、俺の目の前に突如、ぬいぐるみのような何かが現れる。


(ぬいぐるみ……だよな? あぁ、ぬいぐるみだわ)


 ぬいぐるみは怪しい動きで立ち上がると、俺の顔すれすれの所まで吹っ飛んできた。


「……もしかしてアルマト、か?」


 よく全体を見回すと、そいつはくすんだピンク色をしたうさぎのぬいぐるみだった。


「そうだよ! 僕は本来、実体を持たない存在だからね! 誰かの前に姿を現す時は、こうして依り代が必要なんだ」


 うさぎのぬいぐるみ姿のアルマトは、右手を俺の額に当て、少しの間唸っていた。


「なるほど! ユニークなルーツだね! 珍しいよ!」


「ユニーク? というと?」


「例えばー……剣術士だとか、槍使いだとか、一般的な職業クラスとは別の存在に当たる、特異な職業クラスってことだね。

 何が特異かって言うと、ユニークな職業クラスは『カラミティグランド』の世界でたった一人しかなれない。そしてユニークルーツは、基本的にルーツツリーが一本道しかないんだ。

 つまり、ソウキはソウキが今引き当てた結晶士をベースとした職業クラスにしか転職クラスチェンジが出来ない且つ、ソウキの職業クラスに関するアドバイザーが居ないんだ」


「それ、かなりきつくないか? 自分の職業クラスの情報は自分で探るしかないってことだろ?」


「そうだね、ただ、ユニークな職業クラス持ちはそれに見合った『カラミティグランド』内の特権もあるんだ。それを今から説明していくよ!」


 むーん……俺の引いたこの結晶士という職業クラスが、どれだけ使えるものかによって、このゲームでの俺の忙しさが変わるという訳か。

 そんな思考を他所に、アルマトは説明を進めていく。


「まず知っておいて欲しいのが区域レギオンについて。『カラミティグランド』は、八つの区域レギオンによって勢力分けされているんだ。

 これは基本的に最初に引き当てたルーツによって振り分けられるんだけど、後から所属する区域レギオンを変えることも出来るよ!」


「……質問いいか?」


「どうぞ!」


「このゲームでは、わざわざ区域レギオンなんてのを振り分けて一体何を目指すんだ?」


 一般的なオンラインゲームならば、必ずそのチームなりギルドなりの発起人が居るはずだ。所謂マスターというやつだな。

 そのマスターを軸に戦争をするなり、領地を奪い合うなりするのが基本のはず。


 しかしアルマトの口振りからすると、区域レギオンというのは最初から八つに分けられているような気がする。

 だとすれば、このゲームでは最初から八つに分けたチームで何かをさせたいんじゃないかと、今の段階で俺はそう見ているが……。


「いいところに気付いたね! 『カラミティグランド』の面白さの最大の鍵を握っているのが、ユニークルーツ持ちなんだ!」


「俺みたいな?」


「そう! でもまずはソウキが気になっている部分について説明していくよ!」


 目の前のぬいぐるみは、ふよふよと俺の頭の高さ位で浮遊している。

 色々と伝えようと身振り手振りもしてくれているが、ちょっと脱力感を覚えるのは気のせいだろうか。


「ソウキが疑問に思っている通り、八つの区域レギオンと始めから決まっているのは理由がある。実の所、『カラミティグランド』というゲームはまだ始まっていないんだ」


「始まっていない?」


「分かりやすく言うと、今ここでチュートリアルを終わらせて、はい『カラミティグランド』の世界にやってきました!

 となっても、周りのプレイヤーはソウキと同じ、レベル1なんだ。勿論、レベル2以上のプレイヤーは居ないよ」


 どういうことだ? 流石に昨日今日リリースされたタイトルと言うことではない筈だが……。


「皆待っているのさ。ユニークルーツ持ちが現れるのをね」


「待っている?」


「そ。さっき、面白さの最大の鍵を握っているのはユニークルーツ持ちって言ったよね?

 まずは七種あるユニークルーツのIDが生み出されるまでは、このゲームはスタート出来ない仕組みになっているのさ!

 沢山居るボスのファーストキルや、ダンジョンのクリアレコード、レアドロップの回収率を見ながら八つの区域レギオンは競い合うのさ、ユニークルーツ持ちを奪い合いながらね」


 なるほど、競争型のゲームというわけか。

 ……アルマトは次に、ユニークルーツ持ちに関する仕組みを教えてくれた。


 ユニークルーツ持ちは区域レギオンの振り分けがされず、自分から区域レギオンに入ることが出来ない。八つの区域レギオンのどこかから所属依頼が来ないと入れないらしい。


 そして、ユニークルーツ持ちは一定期でしかその区域レギオンに加入することが出来ず、再度同じ区域レギオンに加入するまでには時間がかかるらしい。


 こう見ると、なんだかユニークルーツ持ちのIDは不遇に見えるかもしれないが、そうでも無いらしい。


 何でも、ユニークルーツ職業クラスというのは、その職業クラス専用の武器しか装備出来ないらしい。

 物々交換も含め、様々な区域レギオンに協力して回ることこそが、ユニークルーツ持ちのIDならではの楽しみ方だとも言える。


 やっぱゲームはレアな武器持ってる方が見映えが良いしな。

 それがそいつしか装備出来ないとなれば、ちょっとした浪漫も感じちゃうモンだ。


 ……これで、このゲームの目的みたいなものは理解出来た。あとは実際、動かしてみてだな。


「……なるほど、だいたいはわかった。どうせまだ皆レベル1以上にはならないんだろ?

 ゆっくりやっていくしチュートリアルは終わりでいいぞ?」


「オッケー! じゃあ最後に、自分の使いたい武器種を選択してもらっていいかな!」


 あぁ、そんなことも最初の方に言ってたな。やっぱ取り回しの利き易い武器がいいか。


「お、短刃剣ダガーが使えそうだ。これにしようかな」


 剣だの槍だの斧だの、目の前に並べられた沢山の武器種から、俺の目に留まったのは短刃剣ダガーだった。


短刃剣ダガーは火力には繋がりにくいけど、扱い易い武器種だよ!

 片手で盾を持っても良し、両手に握って手数に特化させても良し、これにする?」


「……そうだな、これにするよ」


「オッケー! それじゃあアイテムパックに入れておくね!

 これから中立都市バリトンというところにソウキを転送するけど、準備はいい?」


 チュートリアルっていう割には結構色々教えてくれたよな。

 反対に戦闘の指南は無かったけど、まぁそれは転送されてから少しずつ慣らしていこう。


「オッケーだ」


「それじゃあ、ユニークルーツ持ちが集まるまでチュートリアルを楽しんでくれ! 行ってらっしゃい!」


 あ、これでチュートリアルが終わりという訳じゃないんだね。

 んま、ゆっくり楽しませて貰おうか。

 まっさか、またゲームをやることになるとは思って無かったけどな。

 とりあえず、ディランやだいだいに会えるといいんだけどな。明日も仕事だし。

 ……再度、俺は光の渦に飲み込まれるように包まれた。

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