プロローグ
「ソウっ! また分裂するぞっ!」
「わかってるつーの!」
叫ぶディランとタイミングを合わせながら、俺は支配ボス、[皇機・ヴェルデヴァース]へと突っ込んでいく。
怪しい紫色の光を放つ床を踏み蹴りながら、
二機一対のヴェルデヴァースは、合体して一体のボスモンスターとなる。
「ここで潰す。お前達がもっぺん合体する事はねぇっ!」
俺は右手首に映るショートカットウィンドウから、黄色い銃のアイコンをタップした。
雷の上級
アイコンと同じ黄色い銃は、バチバチと帯電しているような音とエフェクトを発していた。
二体に分裂した内の片方、白いロボットのヴァースのすぐ傍まで接近し、弱点であるコアが隠れている顎へと銃を向けた。
銃の癖に、射程距離が十センチあるかないかってとこだから、使えるんだか使えないんだか。
威力が高い分、極端な制約も多い。ここぞって時にしか使えないのが残念だ。
「オラオラくたばれぇぇっ!」
ヴァースのコアへと向けた銃のトリガーを引く。引き続ける。
トリガーを引き続けている限り、設定した
弱点属性である雷撃属性の連続攻撃をヴァースへと浴びせ続け、ヴァースのHPを全て削り切った。
ヴァースは身体のパーツをバラバラと落としながら、自身の身体も地に崩していく。
「おっし、後はヴェルデだ」
ヴェルデとヴァースの二機は、合体させなければそれほど強い相手ではない。
だが、本来機械系モンスターの弱点であるはずの雷撃属性と打撃属性に強い耐性をもったヴェルデの方は、属性相性的に穴のない強敵だ。
「ソウっ! 押し切るぞ!」
ディランはヴェルデの攻撃をガラハディンで弾いていく。
「へいへいー」
「真面目にやれっ!」
んだよ。一機倒したのにこの扱い。ひでぇモンだよな。
「しゃあねぇ。お遊びは終わりだ」
適当に弾丸をバラ撒くのを止め、狙いをコアに絞る。
ヴェルデのコアは胸にあるが、そもそも武器によるダメージへの耐性がある分、弱点へと攻撃を入れてもHPの減りは微妙なとこだ。
んま、そこで短銃なんだけどな。
エルドと戯れているヴェルデのコアへと銃を向け、俺は引き金を引く。
「トリプルスプレッドだっけか。懐かしいテクだ。こんなモンまでやれちまうのか、ここは」
錬成した短銃によるダメージは、耐性無視の等倍だ。
そこから弱点部位による1.2倍のダメージがヴェルデに通る。
耐性に頼った耐久性能のヴェルデは、呆気なく短銃の前にHPを切らして沈んだ。
「……っしゃ……! やったなディラン」
込み上げる喜びをちょっとだけ抑え、ディランへと声を掛けてやる。
「……あぁ。これでようやく
『クリアレコード更新のお知らせです。
・支配ボス:皇機・ヴェルデヴァースのファーストキル
以上のレコードを更新しました。おめでとうございます。』
目を閉じ、悦に浸っていた俺とディランの目の前には、いつの間にかレコードの更新を知らせるウィンドウが表示されていた。
拳をディランの方へと差し出し、ディランもそれに拳で応える。
懐かしい。とても懐かしい記憶が甦る――。
――身体の内側から込み上げる熱気が、この空間をまるごと包み込む程の膨大な熱量と同調する。
大きな歓声。拍手の往来。照らされる光。
全ての要素が|歪(いびつ)に混ざり合い、この場には不自然な静寂が訪れたように、ひどく冷たく、ひどく無音。
空っぽになった脳が錯覚を起こし、視界に映ったひとつの世界から切り離され、まるでこの世の終わりを俺ひとりだけが迎えてしまったかような感覚。
「おいっ、ソウ。ソウッ!! 見ろよ。俺達勝ったんだぜ、ワールドチャンプだ」
肩に手を添えられる。声の聞こえた方に視線を流せば、そこにはよく知る
「
思考の回らぬ頭に浮かんだのはそいつの日本名。それを俺は無意識に呟いてしまう。
「こんな時に優は止めろよ! 俺はディラン。いつだって、どんな時だって俺はディランだっ!」
胸に親指を立て、ディランはそう叫ぶ。そして叫んだ後のディランの顔は、全力で遊びを楽しんだ時の
――第一回『in world』世界大会を制したのは柏木惣選手と、ディラン・マルティネス選手の……――。
響くアナウンサーの声も、ぼんやりとした頭では途中までしか聞き取れなかった。
(……勝ったのか)
身体の内にあった力を全て出しきり、疲労感で俺の身体はぬけがらのようになってしまっている。
優勝を果たしたという興奮だけが、俺の身体とこの足を地に立たせているに過ぎない。
優……もとい、ディランの肩を借り、俺はフィールドからゆっくりと退場していく。
この後は二位三位決定戦だ。設営される壇上に上がって表彰式が執り行われるまでの少しの間、決定戦を見たい気持ちもあるが俺は控え室でゆっくり休ませてもらうこととしよう。
「俺は少し控え室で寝て休むよ。ディランはこの後どうする?」
「ん? 少しと言わず、ゆっくり寝てていいぞ。
俺は一回だいだいに会いに行ってから、控え室でゲームしてるから表彰式の時になったら起こしてやるよ。
二位三位決定戦なんて見る価値ねぇよ。俺達が一番強ぇんだからな!」
なんてディランは笑みを崩すことなくそんな事を口にする。
今から試合に臨む連中が可哀想だろ、と言いたくはなったが、それを口に出す体力も今の俺には残されてはいない。
(だいだい、か。アイツは俺達の勝利を、自分の事のように喜んでくれるよな。きっと。)
――これが、今の俺の覚えているディランとの一番古い記憶だ。
この数年後、ディランはとある事から俺の目の前から姿を消してしまう。
そして幾年の時を経て、ちょっと変わった形でディランと再会することになるなんていうのは、この時の俺は知る由もなく、ただただ平凡な数年間を過ごすこととなるのだった。
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