第21話
翌日、僕は小百合さんにイヤリングを返しに行くことにした。
昨晩、「忘れ物を渡したいんでどこかで会えませんか?」とLINEでメッセージを送ると「昼休み、屋上で待ってる」という返信が届いたのだ。このイヤリングは、もう一度小百合さんと会って話ができるように天から与えられたチャンスなのではないか?そんなことを考えながら、校門をくぐった。
昼休みになった。イヤリングを渡した後には、どんな話を振って自然な形で告白につなげようか。屋上へ続く階段を上りながら考える。意を決して屋上への扉を開く。
しかし、そこに小百合さんの姿はなかった。代わりに、そこにいたのは
「やあ、水無月さん。」
木下さんだった。
なぜだ。
「なぜあんたがここにいる。」
「黒川に頼まれてね。忘れ物、代わりに受け取りに来たんだ。」
与えられたチャンスを目の前でつぶされたような気がして、はらわたが煮えくり返るような思いだった。お前が小百合さんをそそのかしたんだ。目の前の眼鏡をかけた男の顔面を殴らないように自分の心を理性で押さえつけるのが精いっぱいだった。
「君が僕に対して敵意を向けているってことは、どうやら僕が君と黒川の関係をなかったことにするよう黒川に話していたことを知っているようだね。」
僕と顔を合わせようともせず鉄柵に寄りかかり、胡桃ケ丘の街並みを見下ろしながら淡々と言葉をつないでいく。
「けれども君にも伝えておきたいんだ。黒川と付き合うのはやめておいたほうがいい。余計なお世話だと思うかもしれない。君は僕のことを恨むかもしれない。それでも伝えておきたいんだ。」
どういうことだ?そんなことを言ってしまえば、付き合おうとしている人間の反感を買うのは明らかだ。なのになぜ、そこまでして小百合さんと付き合うのを阻止しようとするのか。僕の疑問に答えるかのように木下さんが話を続ける。
「彼女と付き合った人間は、ことごとく身を滅ぼすか、精神を病んでしまうんだ。不確かな情報も多いが、交際した人間の中には交際中に失踪した人間、彼女と別れた後に自殺した人間が何人かいるという話だ。殺人に手を染めた人間もいるらしい。」
「まさか、夏美さんを殺した犯人って…」
「そう。彼女の元交際相手が逆恨みでやったというのが有力説だ。犯人は、この前留置所から逃走したと聞いたけれど。」
「そんな…」
にわかには信じ難い話だ。けれども、一度殺されかけている以上、その話を信じる気にはなった。
「山口さんが殺されてから、黒川は急に人が変わったように人と付き合うのをやめたよ。もともと別れた相手の顔もいちいち覚えていないようなやつだったけれど、自分のせいで、好きになってくれた人が死んでしまったことにひどくショックを受けたんじゃないかな。山口さんと一緒にいたころの黒川は特に明るくて楽しそうだったから、その分ショックも大きかったんだろう。」
何も言えなかった。自分の知らなかった小百合さんの一面を一度に伝えられたせいで、頭がパンクしそうだった。
「わかってくれたかな?黒川と付き合うのをやめた方ががいいと言ったわけを。付き合ってしまえば、いずれ2人とも今よりもっと不幸になる。それだけは避けたかったんだ。」
話を最後まで聞き、怒りに打ち震えていた気持ちもいつの間にか暗く沈んでしまった。
「はい。」
「あ、そうだ。黒川に忘れ物渡したかったんだよね?預かるよ。」
「お願いします。」
真珠のイヤリングを木下さんに渡す。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ、またね。」
木下さんが、校舎へ戻る階段に消えてゆく。
ああ、これで終わりなのか。何もかも。でも、それでよかったのかもしれない。小百合さんがつらい過去を思い出さずに済むのなら。
湿った匂いのする風が、雨の訪れを知らせるかのように屋上に吹きつけていた。
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