第19話
一週間後。
僕は小百合さんをデートに誘った。駅前で待ち合わせをして、小百合さんと初めて会ったショッピングモールで買い物をする。たったそれだけだ。この日の午後は雨だったためちょうどいいデートスポットだった。
小百合さんは時間通りに来た。白いスカートに黒のセーターを合わせ、耳には真珠のイヤリングが光っていた。顔にはうっすらとメイクが施されており、ササユリのような上品さを漂わせていた。
「待った?」
「いえ、さっき着いたばかりです。」
定型文のような会話でデートは始まった。けれど、小百合さんは話を盛り上げるのが上手で、次第に打ち解けた感じで会話が進んでいった。どんな服が好みだとか、メイクをもっと手早く上手にやるにはどうしたらいいとか。しかし、一見楽し気に聞こえるその会話は、どこかお互いの触れてほしくない部分を避けるような中身の薄い、表面的なものだった。それでも、小百合さんが今回のデートにOKを出してくれたことはうれしかった。あの話のことは杞憂だったに違いない。楽しい時間が過ぎていくうちにそう考えるようになっていった。
デートが終わる頃には街灯が点灯し始めていた。雨は上がっていたが、分厚い雲が空を覆っていた。
「今日はありがとう、伊佐美ちゃん。久しぶりに外で遊べて、楽しかった。」
ショッピングモールの出口で解散することになっていた。もう後がない。ここで伝えるしかない。一週間、悩みに悩んだ末に分かった、小百合さんへの想いを。
「小百合さん…あの…」
「何?」
口の中がカラカラだ。思うように息ができない。それでも、勇気を振り絞って想いを言葉に乗せる。
「その…好きです。私と、付き合って下さい!」
「ごめんなさい。」
返答までには一瞬の間もなかった。彼女の顔には諦めたような、自嘲するような微笑が張り付いていた。そして自分の余りにも楽観的な考えに改めて気づいてしまう。思い込みが解け、現実的な考えが氷水を浴びせたかのように頭を冷やしていく。小百合さんは最初からこうするつもりだった。デートの誘いに乗ってくれたのは、僕との関係をなかったことにするための機会を探していたからだ。
「あなたを傷つけるつもりはなかったの。全部、軽いスキンシップのつもりだったから。勘違いさせてしまって、本当にごめんなさい。」
「待ってください!」
立ち去ろうとする小百合さんの腕を掴む。自分の買い物袋を地面に落としてしまう。必死だった。諦められなかった。小百合さんが居なくなってしまえば、あの夢のことも分からず、胸に開いた穴も開いたままになってしまう、そんな気がした。それに、あのキスの味は嘘の味じゃない。そう信じたかった。
「痛い…放して!」
はっと我に帰る。手を放してしまう。男の体に戻ったのかと思うほど強い力で彼女の腕を握っていた。掴んだ跡がはっきりと残っている。小百合さんは僕の手を振りほどくと、駅に向かって走って行った。追いかけようと思ったが、通勤ラッシュの時間帯だ。人混みに紛れ、姿を見失ってしまった。
しばらく、呆然として立ち尽くしていた。雨が再び降り始めた。冷たい雨だった。髪が、服が濡れて顔や体に張り付いていく。足元を見ると、真珠のイヤリングが雨に濡れていた。小百合さんのつけていたものだ。イヤリングを拾い、フラフラと幽霊のような足取りで駅に向かって歩き始めた。
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