第18話

 結局、最後まで二人の会話を聞いていることはできなかった。時間がたつにつれ、登校してきた生徒たちで廊下が騒がしくなっていったからだ。教室に戻り、窓越しに流れる雲をぼーっと見ながら、盗み聞きした会話の続きを思い出す。


「どうしてあの子に会っちゃだめなの?」

「それは……君にもわかるだろう。あの子は夏美さんじゃない。」

「わかってる。そんなこと……」


 これ以上の内容はうまく聞き取ることができなかった。いや、聞きたくなかったのかもしれない。とにかく、胸にぽっかりと穴が開いてしまったような、何とも言えない寂しい気持ちになった。まるで世界がモノトーンでできているかのように感じた。睦月と話しているときも、小百合さんの話題を避けるようにしていた気がする。その日のことは朝の二人の会話以外よく覚えていない。

 しばらくそんな何もない日が続いた。胸にぽっかりと空いた穴に、もやもやとした気持ちがたまっていった。廊下で小百合さんにすれ違っても、気まずい空気であいさつを交わすのが精いっぱいだった。

 昼休みになった。

「ねえ、最近、黒川先輩のこと話さないよね。」

 睦月が少し心配そうな顔をしてこちらを見てくる。

 あまりにも唐突すぎる内容だったため、卵焼きを落としてしまう。

「ああ……うん……最近会ってないから……」

 卵焼きを拾い上げながらぎこちなく答える。

 睦月にあの会話の内容を話していいのか?けれども、睦月は僕と小百合さんの関係をほとんど知らないはずだ。話したところで解決につながるのだろうか?小百合さんとの関係はおそらく、あの夢の内容とも無関係ではないはずだ。そのうえあの夢の意味は自分でもよく分かっていない。

 仕方がない。隠していてもいずれまた聞かれるのだろう。信じてもらえる確信がない、夢の話だけ省略して睦月に伝えることにする。まず、自分の容姿がかつて小百合さんと仲が良かった今は亡き山口夏美という人と瓜二つであるということ。それがもとで、この前の土曜日に睦月が自宅に帰った後、小百合さんを泣かせてしまったこと。そして、数日前に木下さんと小百合さんの会話を盗み聞きしてしまったということ。それ以来、小百合さんにどう接したらいいのかわからなくなっているといった話をした。

 睦月は真剣に僕の話を聞いてくれた。そして一つのアドバイスを出してくれた。

「今は伊佐美ちゃんも、黒川先輩も心の整理がついていないんだと思う。黒川先輩のこと、もう少し考えてみてから自分の気持ちを先輩に伝えてみたらいいんじゃないかな。」

 相談したおかげで少し気分が晴れた気がした。

「そっか、わかった。ありがとう。」

 一週間だ。一週間で心の整理をして、小百合さんと話そう。その夜はいつもよりもよく眠れた気がした。

 

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