第14話

 リモコンの落ちる音が聞こえると同時に僕はトイレに向かって走り出していた。酸っぱいものが腹からこみ上げてくる。そしてこみ上げてきたものを便器の中に吐き出す。胃の中が空になるまで、何度も何度も吐き出した。

  間違いない、テレビに映っていたのは紛れもなく僕を殺そうとしたあいつだ。

 動揺する気持ちを何とか抑えて顔を洗っているとインターホンが鳴った。恐る恐る出てみると睦月だった。ほっと胸をなでおろし、ドアを開ける。

「夜遅くにごめんね。忘れ物しちゃって。」

「何忘れたの?」

「えっと、エプロンかな。」

「わかった。上がって。」

 睦月が玄関に上がると同時に扉を閉める。強く閉めたせいで少し大きな音が出てしまう。先ほどのニュースのせいで、少し神経質になっているのが自分でも分かった。

「どうしたの?伊佐美ちゃん。」

 心配そうに声をかけてくる睦月。

「なんでもない。エプロン、多分台所にあると思うよ。」

「わかった!取ってくる!」

 分かりやすい場所に置き忘れていたのだろう。すぐに睦月は戻ってきた。

「駅まで送るよ。」

「ほんと?ありがとう!」

 自分を殺そうとした人間がうろついているのに外に出るのは気が引ける。しかし、そんな状況だからこそ睦月を一人で帰らせるのは不安だ。ニット帽とジャケットでなるべく女性に見えない格好をして睦月と外に出る。

 駅まで5分ほどの距離だ。それでも、周囲を警戒しながら進む。睦月と話しながら歩いたが、あまり耳に入って来なかったため適当に相槌を打っていた。わずかな物音でも、身構えてしまう。たった5分なのに、1時間ほどかけて歩いた気がした。

 無事に駅にたどり着くことが出来た。睦月と別れ、帰宅する。全力で走って帰ることにした。

 家に戻り、玄関の鍵を閉めるとようやく緊張が和らいだ。風呂へ入り、ベッドに潜り込む。

 その夜は全くと言っていいほど眠ることができなかった。しかし、眠気は次第に強まっていった。まるで、現実の世界から僕を引き離そうとするかのように。

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