第13話

その後、朝ごはんは何派かという他愛のない話題で朝ごはんは盛り上がった。

睦月は親から電話があって、すぐに帰ることになった。

「ごめんね、伊佐美ちゃん。泊めてもらっちゃって。」

「いいって。それよりシャワーとか浴びていかなくていいの?」

「いいの?」

「うん。」

男子ならともかく、女子なら臭いも気になるだろう。

「ありがとう、でもこれ以上遅くなったらお母さんに怒られちゃうから……」

睦月の母親、結構厳しいらしい。

いや、女の子の親としては普通なのかもしれない。一晩連絡が取れなかったのだからかなり心配しているだろう。

「また泊まりに来なよ!ちゃんと泊まるって連絡してからね。」

「うう……わかってるよお……」

少しほっぺたを膨らます睦月。そのほっぺをつつきたいという衝動に駆られるが、男の理性がそれを制止する。

「じゃあ明日学校でね!伊佐美ちゃん!」

「うん、また明日!」

「先輩、お先に失礼します!」

「またね、睦月ちゃん。」

  睦月は一礼すると、ドアを開けて出ていった。

 睦月が帰ると、リビングの空気がガラリと変わったように感じた。僕と小百合さんの間を保っていた仕切りがなくなってしまったような、そんな感じだ。昨晩のあの雰囲気とはまた別の。

「小百合さん、一つ聞いてもいいですか?」

「なあに?」

「あの、私が小百合さんを起こした時に…私のこと、夏美って呼びましたよね?」

 先輩の表情が驚きと、辛いという感情に塗り潰されていく。

「ごめん、人違いだから……忘れ……て……」

 声が嗚咽混じりになり、先輩の目から涙が零れ落ちる。

「ご、ごめんなさい、心に障るようなこと言ってしまって……」

 先輩は何も言わず、たださめざめと涙を流していた。その様子を見て気づいてしまう。あの声だ。この前見たあの夢のすすり泣く声。かなり似ている。けれども僕は何もできなかった。抱きしめて慰めてあげることも。ただずっと、先輩が泣く様子を見ていることしか。あの夢の中で聞いた誰かが泣く声と 先輩の泣く声が共鳴して、頭の中で何度も反響していた。


 しばらくすると先輩は泣き止んだ。気持ちが落ち着いたのだろう。

「ごめんね、取り乱しちゃって。」

 先輩は涙をハンカチで拭いながらそう言った。

「本当にごめんなさい、辛いこと思い出させてしまったみたいで……」

 僕にはこのぐらいしかかける言葉が見つからなかった。

「いいんだよ、伊佐美は何も知らないんだから。」

 何も知らない、いや、違う。全部聞いていた。木下さんから。なのに聞いてしまった。なぜ朝、先輩が夏美という人と僕を見間違えたのか知りたかったがために。そのせいで先輩を傷つけてしまったという罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。


「ごめん、今日はもう帰るね。」

「はい、また学校で。」

そう言うと先輩は扉から外へ出ていった。扉の閉まる音の後、気味の悪い静けさが代わりにやって来た。もう何も考えたくなかった。部屋に戻るとやりたくもない、小テストの勉強を全力でやった。月曜日までにやらないといけない予習や宿題も。

 気がつくと日が暮れていた。

 やることがなくなったのでテレビのニュースをソファーに寝っ転がったままボーっと見ていた。いつもと変わらない、どこの誰が賄賂やっただの、高校生には全く関係のない話ばかり流れている。電気代も勿体無いし消そうか、そう考えてリモコンに手を伸ばした時だった。

「……速報です。胡桃ヶ丘拘置所に拘束されていた殺人未遂事件の犯人が逃亡しました。男は身長175センチほどで、黒い服を着ているとの情報です。付近の住民の方は警戒を怠らないでください。繰り返します……」

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