12.白翼の司令官
「やれやれ。私が離れている間に、また向こうも勢力を伸ばしてきたようだね。みんな、大丈夫だったかい?」
おっとりとした口調で、戻ってきたおっさんたちと会話している天翼族がいる。
少し癖のある豊かな金髪、穏やかな碧の瞳、そして鳥の羽によく似た白の翼。これがうちの守備隊長・セラスだ。ようやっと戻って来たな、このおっとり能天気鳥。
で、その隣でエンシュがいつもの呆れ顔。これは毎度のことだ。セラスは妙にのんびり気質で、エンシュが手綱を引いてやらないとなかなか仕事をしない。
無能な訳じゃないんだよな、大ピンチだったりすると行動はやたらと早いし。だから、その行動力をふだんから生かしてくれればいいのだ、とは守備隊に所属する以前から友人だという、エンシュの愚痴の定番だ。御苦労さん。
「分かっているならほいほい遠出するのはやめろ、と常日頃言っているだろう、セラス」
「うん、そうだ。ごめんね、エンシュ」
「口だけにせんでほしいもんだな」
「そーですよ隊長さん。エンシュの姐御、どんだけ苦労してるか分かってます?」
「姐御、大将のいない間はほんとにてんてこ舞いなんですぜ? こないだなんか、それで『月草』壊れちまいましたし」
「え? ああ、そりゃ悪かった。留意するよ」
村の若い衆による『エンシュ姐御をお慕いする会』の連中が、率先してセラスをたしなめていた。
ちなみにこの連中、外見が幼いエンシュにちょっかいをかけようとしてぎたんぎたんに叩きのめされ、それ以来ああやってファンをやっているんだとか。だから姐御呼ばわりなんだろうな、きっと。
と、ふとセラスがこっちを見た。その視線は……あ、見ているのは俺じゃない。俺と一緒に立っている、誠哉兄を見ているんだ。「行こうか」と兄貴を促すと、誠哉兄は小さく頷いて足を進めた。
「ねえ、エンシュ。彼は誰だい?」
セラスは、年齢を重ねた司令官とは思えないくらい純粋な目で誠哉兄を見つめている。見られているこっち……誠哉兄が気恥ずかしくなって頬を赤くしてしまうくらい、まっすぐに。
これがセラスの良いところで悪いところ、なんだよなあ。だから副司令のエンシュが苦労するんだけど。
で、当のエンシュは「相変わらずだ」と溜息をつきながら、二人を見比べつつ答えた。
「ああ。諸事情で現地徴用した剣士だ。詳細は後で話す。誠哉、自己紹介しろ」
「あ、はい。天祢誠哉です。ええと……」
反射的に自分の名前を名乗った兄貴に、うんと小さく頷いた司令が手を差し出した。
「誠哉くん、か。よろしく……私はセラスラウド・セフィル。この部隊の司令官を務めさせてもらっているよ」
「はい」
ぎゅっと握り交わされる手と手。周囲がざわりと騒ぐのは、きっと誠哉兄の名前を聞いたからだろう。十年前に消えた、疑惑の鎧花騎士の名前を。
「まあ、詳しい話は後で聞くけれど……ともかく、君が力を貸してくれたおかげで村が救われたみたいだね。ありがとう」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
村人の視線を気にしつつ、誠哉兄は軽く頭を下げた。ああ、あちらこちらでひそひそ話が満開だ。大概は十年前、誠哉兄が『邪』の手先だってさんざんバッシングしてくれた連中だな。
「……おいおっさん。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
意趣返しとばかりに、俺は一人の親父の前に立った。こいつは当時、熱出したとか何とか言って山登りを拒否した奴だ。後で仮病だって判明して、うちの死んだ親父と大口論を繰り広げた記憶がある。
「な、何でもないっ。そんな目で見るな、このクソガキが」
「んじゃその卑屈な態度はやめよーぜ、クソオヤジ。どうせ誠哉兄の悪口だろ? そういうことは堂々と本人に言うか、さもなきゃ当人の耳に入らないところで叩くもんだ」
俺と弓姫はこの村の出身で、知り合いも多い。だからこそ、徹底的に憎まれ口を叩く役を自分で勝手に仰せつかっている。これが外の連中だと、既に十年から住んでるっていうのに何だよそものが、って感じで反発されるんだ。
普段はかなり仲良くなってるけれど、ふとしたことでそういう台詞が出てしまうあたり、まだまだだよなあ。案外田舎ってのは閉鎖的なもんだ。
「疾風、いい加減にしろ」
ごつ、と後頭部に硬い感触。このやろ誠哉兄、いくら加減してるからって鎧花着たままで殴るなよ。もしかして、さっき俺がはたいたからそのお返しか?
「いて! あのなー誠哉兄!」
「喧嘩はやめろって、父さんから言われてただろ? それに……言われそうなことは、僕が一番よく分かってる」
「……だけどなあ……」
「はいはい、そこまで。後始末もあるんだから、お話はまた後にしよう」
俺が口ごもってしまったところで、タイミングよくセラス司令が口を挟んでくれた。この人、喧嘩の仲裁なんかはこの調子でまとめてしまうから重宝されてるんだよな。
「周防さんもここまでにしましょう。言いたいことがあるのは分かりますが、彼の処遇は私の名代であるエンシュの決定です。よって全責任は私が負います。よろしいですね?」
「……は、はい。セラスさんがそう言うのなら……ちっ」
おーいおっさん、舌打ち聞こえたぞー。
――だから。
俺は、遠くから誠哉兄を見つめている視線があることに、全く気付かなかった。
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