11.仲間

 ものの五分もしないうちに、邪人の群れは屍の山と化した。って誠哉兄、十年寝てて腕が全く落ちてないのは反則だ、反則。

 おまけに何だあいつら、俺無視して誠哉兄にたかりやがって。


「全部で十八、か。知らない顔ばかりだけど、近くの人?」


 倒した相手の数と顔を確認して、誠哉兄が俺に聞いてきた。俺も全部の顔を見て回ったけれど、少なくとも見知った顔じゃないな。

 もっとも、見知った顔の邪人はこの間ほとんど潰したはずだ。誠哉兄を捕らえていた邪人軍団は、十年前に山を登った大人たちと半年前に襲われた隣村の連合軍だったから。もっとも、このことは弓姫や村の人には話してないけれどな。さすがにきついだろうし。

 第一、十年前の人たちはあの時点で死んだことになってるから、今更出てこられても困るんだけど。


「いや、俺も知らねえ。近所の村が襲われたって話もここんとこ聞いてねえから、キャラバンでもやられたのかもな」


 もっとも、それは今は関係ない。そもそも、俺が誠哉兄相手に隠し事なんざするつもりもできるはずもないから、素直に返事した。

 さすがに今日は人数が多かったけれど、旅の商人風が多かったからいくつかのパーティを寄せ集めたんだろう。自身の力を過信して個人で旅をするような無謀な奴もたまにはいるから、それも入れれば結構な数は集められるはずだ。


「そうか……弓姫たちは大丈夫かな」

「大丈夫だ」


 誠哉兄の問いに俺が答えるよりも早く、広場に繋がる道の方から返答がやって来る。そこに立っていたのは黒髪黒目黒衣の優男だった。

 若干細身ながら俺や兄貴よりも頭半分は高い身長と黒一色の鎧花『黒竜ブラックドラゴン』の持ち主、蒼真・ラズフェール。俺とツートップを誇る、この守備隊の一員だ。


「お、蒼真」

「疾風の取りこぼしは三体、別方向から六体。俺とエンシュで全て片付けた」


 感情の含まれない視線と、事務的な物言いはこいつの癖だ。そもそもが無口と言うよりは何を言っていいか分からないというちと困った奴だが、悪い奴じゃないし敵を屠る技術は高い。

 まあ、慣れれば何をどう思っているかくらいは何となく分かるようになるから、特に問題らしい問題もない。


「……『七変化』?」


 ふと視線をずらした蒼真が首を傾げた。ありゃ、何で誠哉兄の鎧花の名前知ってんだ? って、教えるような奴は一人しかいないけど。

 そう言えば蒼真、たまーに弓姫と話してることがあるな。何が相性合うんだろう。


「弓姫から聞いたのか? なら話早いや、誠哉兄だよ。邪人のアジトにとっ捕まってた」

「そうか」


 どうやら兄貴の名前も聞いてたみたいだな、蒼真。小さく頷いた奴が誠哉兄に向くと、兄貴はいつもみたいにふわんと笑って軽く頭を下げた。青と銀の兄貴と、黒の蒼真。二人が並ぶとどことなく冷たい感じで、俺はちょっと入って行きにくい。


「天祢誠哉です。よろしく」

「蒼真・ラズフェールだ。弓姫には世話になっている」


 ああもう、どっちも言葉数が少ないからそっけない挨拶にしかならないな。まあいいか、誠哉兄も蒼真も、互いに悪い印象じゃないみたいだし。この二人に喧嘩でもされたら、間に挟まる俺が困るからな。


「邪人に囚われていたのか……誠哉、分かっているとは思うが気をつけることだ」

「お?」

「はい?」


 へえ。

 蒼真が自分から話を切り出すなんて、滅多に無いこった。けれど、奴の気持ちも分からなくはないから……というか、俺や弓姫が誠哉兄に対して持っている気持ちと多分同じだったから、俺は茶化す気にはならなかった。おとなしく、奴の台詞を聞いていることにしよう。


「一度その顎に囚われたものが抜け出すことは容易ではない。セラス……俺たちの司令官も、そのことはよく知っている」


 やはりな。蒼真は誠哉兄のことを心配してるんだ。こいつ、さりげに心配性だからなあ……蒼真をあんまり心配させると後の反動が怖いから、それもあって俺は頑張ってるんだけどよ。

 ほら、誠哉兄もそのことが分かったんだろう、ちと困ったような笑顔してる。


「ありがとう」

「……いや、礼には及ばない。そう簡単に堕ちられては、こちらが困ると言うだけの話だ」

「嘘つけ。似合わねえぞ、蒼真」


 だから、思わずそっぽを向いてしまった奴にそう言ってやった。一瞬目を丸くして、蒼真は俺を見つめ返す。ほれ、そんな面で偽善者ぶってもお前には似合ってないんだよ。


「……だが、事実だろう?」

「まあな」


 それは否定しない。邪人に拉致されて十年……その間眠らされていたとはいえ 誠哉兄の身体が何も処理をされていないとは思っていない。

 けれど、アテル先生も汚染レベルは低いと言っていたし、兄貴自身も俺から見て正気だ……と思う。


「は、あのな蒼真。せっかく助け出したんだ、守ってみせるさ」


 だから、わざと強気ぶって答えた。まだまだ俺は誠哉兄に剣の腕で勝ってるとは言えないけれど、それを気取られる訳にもいかないし。


「その心意気だ」

「……疾風も、ありがとう」

「あのな。そこはありがとうじゃないだろ、誠哉兄。大体、自分が一番頑張らなきゃならないって分かってんのか?」


 ぱふ、と平手で軽く誠哉兄の後頭部をはたく。子供の頃は見上げていた兄貴のことをほんの少しだけど見下ろしてるなんて、何か妙な感覚だな。

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