三:上総疾風
10.戦闘
村は、知らない人間が見たら意外なくらい静かだった。まあ、単純に混乱がほとんど起きていないってくらいなんだけども。
この村は守備隊が着任する前は村人たちで自衛していたこともあって、いざという時の避難経路とか対策とかがそこそこ行き届いているんだよな。見張り番も俺たち守備隊とは別に四六時中立てていて、今回の襲撃はその見張りの奴が発見したものだった。
んで、俺らに連絡入れると同時に村人たちは避難開始、今村の広場で戦闘している俺の背後に最後の連中を残すのみだ。
もっとも、お子様どもはそう大人の思うように動いてくれない。足は大人ほど早くないし、転ぶ奴はこういう時に限って足をもつれさせてすってんと転ぶ。ああ、これは大人もだ。
「ほら、早く行けってば! ちょろちょろしてっと危ねーぞ!」
というわけで俺は、転んだ子供に襲いかかった邪人を蹴り飛ばし、拾いに来た親ともどもしっしっと追い払う。こちらにいた村人は、これで全員が移動できたと思うけど……村の入り口は道があるだけで三カ所あるから、本気で大丈夫かねえ。
それにしても今日の邪人はやけに数が多い。それに、妙に統制が取れていた。目的意識があるようだ……いつもみたいに村人を無差別に襲うんじゃなくて、何か欲しいものがあって奥へ奥へと突き進んで行くような。
「……ま、来たところで倒すだけだけどな!」
また一人を切り殺す。ここ数年、襲ってくる邪人はみんな知らない顔ばかりで、心を食われた当の相手とか取り残されたであろうその家族や仲間には悪いけれどこっちとしては気が楽だ。
誠哉兄が戦ってくれていた頃は大概が見知った顔……例えば顔なじみの行商人だとか、数年前にいなくなった友人とかで、終わった後彼が落ち込んでいるところはよく見ていたものだ。
だからこそ、俺は兄貴の負担を少しでも減らしたくて強くなろうとしたのだけれど。
『おおおおお!』
「つっ!」
一人が、背後から斧を振り下ろしてきた。雄叫び上げながらなんて、死角から攻撃している意味ないよなあと心の中で呟きつつ俺はサイドステップ。重みのある渾身の一撃をかわされて、どうやら樵らしいその邪人は地面に斧を食い込ませてしまっている。ざまあみろ、慣れないことするからだ。
「そらっ!」
俺の手が握り締めている剣が、邪人の胴体に食い込む。動脈を直撃したようで、邪人特有の真っ黒な血が吹き出した。そのまま相手は二歩、三歩とこちらに歩み寄ってはきたものの、そこで血を失い過ぎてだろう、糸の切れた操り人形のようにかくんと崩れ落ちた。
俺はそいつにだけ意識を集中することはなく、次から次へと押し寄せる相手の対処に躍起になっていたけれど。
『んがう!』
次の一人は、セミロングの髪を振り乱した女性だった。細身の短剣を両手に持ち、身軽に俺の懐へと入ってくる。ずたぼろのワンピースの裾から覗く太ももは黒く染まっていたけれど、引き締まっていて結構好みだ。おっと、切っ先が一瞬喉をかすめたな。
「美人なんだけどなあ。惜しい」
化粧っ気がほとんどない故に、素材美人であるのがはっきり分かる。邪人になってなけりゃなあ、と思いつつ刃の実体化を解き、一瞬間を置いて再実体化させた。ぞぶ、と肉を突き通す生々しい音がして、俺の魔力で形成された剣の切っ先は黒い心臓を貫いていた。
実体剣ではこう続けざまに斬ることはできないけれど、俺の鎧花『
「こら、疾風。相変わらず一人で暴走しているな」
俺の上に影がかかった次の瞬間、地面から氷の槍が生えた。俺の目の前、ちょうど人の身長ほどの距離から先に突き出して生えた槍が、邪人をどすどすと串刺しにしていく。
何度も見ているが、あまり慣れるものじゃない。なまじ氷の槍が美しいだけに、それを伝って流れ落ちるどす黒い血が余計におぞましい。その地獄を形成した張本人である副司令殿が、ふわりと魔力で形作られた翼を広げながら空から舞い降りた。
「頼むから、もう少しやり方選んでくれよ。後始末大変なんだぞ」
「お前と大して変わらん。それに火炎を使うよりは村に優しい」
「そらごもっとも」
エンシュの言い分はそっけない。まあ、確かに都と違って木造の建物ばかりなこの村の真ん中で、火炎魔術を使われると少々どころじゃなく厄介だけど。
しかし、それなら串刺しは良いのかと聞きたいところだが。結構心臓にくるんだからな、この光景。
「気にするな。ああ、後は頼むぞ、援軍だ」
「援軍?」
蒼真が来たかな、といぶかしげな顔をしたらしい俺に、エンシュがいじめっ子のような笑みを浮かべてみせたかと思うと、あっと言う間に背中の翼を広げて飛び去ってしまった。
ええいあの女、時々人で遊ぶんだよなあ。こんちくしょう、経験豊富な相手には勝てねえな。
「ふっ!」
強く息を吐く音。俺のでもエンシュのでもないそれと共に、俺の背後でざぶりと肉を切り裂く音がした。はっとして振り返った俺の目に映ったのは、やはり知らない顔の邪人が倒れていくところと――その向こうに立っている、懐かしい姿。
「背後、がら空きだったぞ。疾風」
「はは、悪い悪い」
互いに苦笑しながら背を向ける。同じ剣士用の鎧花、
同じ親父の手によって製作された、俺の赤い『曼珠沙華』と対照的な、青紫色の『七変化』。
誠哉兄がまとっているのを見たのは、ええといつだったかなあ? 最後の出陣の時は俺は寝坊して、見ることができなかったんだから。それから十年、あれほど朝寝坊を後悔したことはなかったな。
「遅くなってごめん。ほんとは全部、疾風が片付けてたと思ったんだけどな」
「は、言ってくれるでやんの」
十年前は見上げて憧れているだけだった誠哉兄と、互いの背中を預けて一緒に戦える。ずっと眠っていた兄貴には悪いけど、俺は正直ラッキーと思っているんだよな。年齢なんか追い越しちまったし。
「村人の方はどうなってる?」
そんなことを思っていたら、誠哉兄に尋ねられた。ん、と少し考えればすぐに答えは出てくるから、駆け寄ってきた一人を足払いしながらそれを口にした。おっと、二人同時にかかってきやがった。
……何だ、急に敵の勢いが強まったか?
「ん、広場まで後退させた。覚えてるだろ、俺らに剣教えてくれたあそこ」
「ああ、まだあるんだ」
誠哉兄の膝が別の一人に決まる。バランスを崩した相手の喉を短く形成した刃で素早くかき切るのは、相手を苦しめないため。俺も足払いで倒した相手の心臓を一突きにし、楽にさせてやる。
「なら大丈夫……かな。浸透してる奴がいないとも限らないし」
「エンシュが行ってると思う。あいつ、あれでもうちの副司令だし」
「なら大丈夫かな。香耶さんと弓姫も行ってたっけ」
「兄貴、香耶に会ったんだ。あいつのビンタ光って唸るから、すげえ怖ぇぞ?」
そんな軽いやり取りを交わしながらも、俺たちの剣は的確に敵を屠っていく。この数年で身体に染み付いてしまった習性……元に戻すことができなくなってしまった邪人は速やかに屠る、という意思に従って。血の重さだけはせめて忘れたくないけれど。
「ふ、はっ!」
誠哉兄が、邪人のただ中で魔力剣を閃かせる。その姿はただ一心に剣を振るう俺とは違い、舞うような動きで、それでいて狙いを逸らすことはない。ほら、一振りで一人、二人と邪人が倒れていく。
飛び散る黒い血が僅かにかかって、兄貴はぐいと拳でそれを拭った。
「さあ、手早く片を付けるぞ。疾風」
「任せとけ、誠哉兄」
ともかく、そういうややこしいことは後で考えることにして、俺は刃を再形成した。ああ、誠哉兄にいいところみせてやらないとな!
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