心はいくつもない

810929(羊頭狗肉)と申します。皆様

第2話青汁沼の主

「コラ、そこのクソガキ共そこに近付くな!」麦わら帽子を被った白いシャツにラクダの腹巻という出で立ちのオッサンが背中に大きな怒声を浴びせる。それをやってはいけないとかしてはいけないという注意書きを見ると反抗的且つ好奇心の強い俺はガキの頃から絶対一回は試してみないと気が済まないタイプで、だから、その時も躊躇いはあったが他人の助言に耳を貸すことはついぞなかった。オッサンはドスの効いた低い声で「一応注意はしたからな」と釘を差した。立て看板には確かに「この貯水池に入ってはイケマセン」と書かれていた。大人目線というものを意識していたからその看板の文言もどうせ子どもだから溺れると大変みたいな大事を取るだとか、それ故子供に恐怖心を植え付けて近づかせないための大袈裟な表現だと思っていた。クラスにいつも水泳の授業があると仮病で休んでいたカナヅチがいたが、ところがどっこい俺様は河童の生まれ変わりと言われるほど泳ぎが得意だった。だから、カナヅチの、水が苦手という意識が理解し難かったし、不思議な感覚だったくらいだ。俺は難なく金網フェンスを攀じ登るとジーパンの裾をたくし上げて入水の儀と相成った。禁忌を犯すというかタブーを破ったことで意気がった俺は飲み飽きたジュースの缶を中身が残ったまま勢い良く水面目掛けて放った。誰か釣り糸を垂らしていないかなんて確かめなかったが釣りに来ていれば魚が逃げて眉をひそめただろう。暑くて額に寄せた皺を汗が流れてゆく顔をした想像して笑えた。その貯水池は夏になると水面に藻や浮き草等が埋まり一面緑一色になる。だから俺達は『青汁池とか青汁沼』なんて名前を付けて呼んでいた。噂ではその青汁沼には殆ど目撃されたことがないが主がいるという。その主というのが聞いて驚くなかれ体長150センチを超すザリガニだ。もうその時点で作り話か、それに尾鰭が付いたものだと思っていた。面白おかしくいえば都市伝説だ。

今日こそそいつをこの目で確かめる。ついでに捕獲を試みてやろうとさえ思っていた。俺は持って来た魚肉ソーセージのケーシングを剥がして水中に投じた。ボチャンという音と共に背筋が寒くなった。何故なら俺が投じたソーセージは一本なのに都合二回投げ込まれた音がしたからだ。だから波紋もそれを裏付けるように二つ浮かんだ。二匹、三匹投げ込まれた魚肉ソーセージにザリガニが群がる。こんなにザリガニがいたのか。みんな捕まえてやる。血気にはやる自分を宥める。冷静になると、バケツもたも網も持って来ていないのに気付いた。気楽に構えすぎた。看板に書かれた注意事項を無視することで頭がいっぱいになっていた。一匹一匹手掴みで捕まえたとしてどうやって持って帰るんだ。今日は本当なら青汁沼の主を確かめに来たのだから、捕獲のことを考えていなかった。でも、これだけの獲物を目の前にして放っておくわけにはいかない。水面に足を付け水底まで伸ばした意外に深くない足裏に痛みが走る。缶詰の蓋か何かが当たったらしいギザギザな断面が鋸状になった部分が痛みの原因らしい。破傷風菌などが入っては困る。急いで水中から抜けようと思ったが間違いなく何かが俺の足首を掴むさっきの缶詰の蓋のような痛みが走る。こんな所に資源ゴミなんか捨てるなよ、と眉間に皺を寄せて苦り切った。

真っ赤な外観はアメリカザリガニをそのまま巨大にした様で背丈は俺と同じ位、腹部辺りから異臭を放っている。歯槽膿漏の奴の口臭みたいな匂いがして甚だしく臭い。






































「コラ、そこのクソガキ共そこに近付くな!」麦わら帽子を被った白いシャツにラクダの腹巻という出で立ちのオッサンが背中に大きな怒声を浴びせる。それをやってはいけないとかしてはいけないという注意書きを見ると反抗的且つ好奇心の強い俺はガキの頃から絶対一回は試してみないと気が済まないタイプで、だから、その時も躊躇いはあったが他人の助言に耳を貸すことはついぞなかった。オッサンはドスの効いた低い声で「一応注意はしたからな」と釘を差した。立て看板には確かに「この貯水池に入ってはイケマセン」と書かれていた。大人目線というものを意識していたからその看板の文言もどうせ子どもだから溺れると大変みたいな大事を取るだとか、それ故子供に恐怖心を植え付けて近づかせないための大袈裟な表現だと思っていた。クラスにいつも水泳の授業があると仮病で休んでいたカナヅチがいたが、ところがどっこい俺様は河童の生まれ変わりと言われるほど泳ぎが得意だった。だから、カナヅチの、水が苦手という意識が理解し難かったし、不思議な感覚だったくらいだ。俺は難なく金網フェンスを攀じ登るとジーパンの裾をたくし上げて入水の儀と相成った。禁忌を犯すというかタブーを破ったことで意気がった俺は飲み飽きたジュースの缶を中身が残ったまま勢い良く水面目掛けて放った。誰か釣り糸を垂らしていないかなんて確かめなかったが釣りに来ていれば魚が逃げて眉をひそめただろう。暑くて額に寄せた皺を汗が流れてゆく顔をした想像して笑えた。その貯水池は夏になると水面に藻や浮き草等が埋まり一面緑一色になる。だから俺達は『青汁池とか青汁沼』なんて名前を付けて呼んでいた。噂ではその青汁沼には殆ど目撃されたことがないが主がいるという。その主というのが聞いて驚くなかれ体長150センチを超すザリガニだ。もうその時点で作り話か、それに尾鰭が付いたものだと思っていた。面白おかしくいえば都市伝説だ。

今日こそそいつをこの目で確かめる。ついでに捕獲を試みてやろうとさえ思っていた。俺は持って来た魚肉ソーセージのケーシングを剥がして水中に投じた。ボチャンという音と共に背筋が寒くなった。何故なら俺が投じたソーセージは一本なのに都合二回投げ込まれた音がしたからだ。だから波紋もそれを裏付けるように二つ浮かんだ。二匹、三匹投げ込まれた魚肉ソーセージにザリガニが群がる。こんなにザリガニがいたのか。みんな捕まえてやる。血気にはやる自分を宥める。冷静になると、バケツもたも網も持って来ていないのに気付いた。気楽に構えすぎた。看板に書かれた注意事項を無視することで頭がいっぱいになっていた。一匹一匹手掴みで捕まえたとしてどうやって持って帰るんだ。今日は本当なら青汁沼の主を確かめに来たのだから、捕獲のことを考えていなかった。でも、これだけの獲物を目の前にして放っておくわけにはいかない。水面に足を付け水底まで伸ばした。意外に深くない。足裏に痛みが走る。缶詰の蓋か何かが当たったらしいギザギザな断面が鋸状になった部分が触ったようでそれが痛みの原因らしい。破傷風菌などが入っては困る。急いで水中から抜けようと思ったが間違いなく何かが俺の足首を掴む。さっきの缶詰の蓋のような痛みが走る。こんな所に資源ゴミなんか捨てるなよ、と眉間に皺を寄せて苦り切った。

真っ赤な外観はアメリカザリガニをそのまま巨大にした様で背丈は俺と同じ位、腹部辺りから異臭を放っている。歯槽膿漏の奴の口臭みたいに甚だしく臭い。そいつがりょうてのハサミを振り上げて威嚇してきた。逃げよう。そう思って振り向き、退路を確認すると細い通路一杯にアメリカザリガニと思しき個体が群れをなして地面を埋め尽くしている。構わずにダッシュし、脚の着地を試みた靴のサイズは26,5センチだったが2,3匹は踏んづけただろう。勢いのま横転し、強かに打ち付けた腰の痛みと脱出に失敗した恐怖で力が入らない腰を抜かすとはこういうことか。両肩にギザギザな鋏状の手が喰いついて体が痺れて来る。

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