第16話 駿馬
「騎兵隊! 進めぇぇぇぇ!」
「「「ウォォォォォォォォォォォォォ」」」
小隊長の掛け声とともに敵に向かって突進を始めるのはニカルディアの騎兵隊。その数は全部で三百。彼らはいつものように馬に乗りながら敵陣へと切り込む。
敵である神聖アルテザウス王国軍は風銃部隊を中心に騎兵隊に対抗しようとしたが、今回ばかりは勝手が違っていた。
なんとも不思議なことに風銃を撃っても撃っても一発もニカルディアの騎兵隊に着弾しないのだ。これまでの戦闘なら一斉掃射で半分程度の騎兵隊を落とし、被弾しなかった兵士たちも足止めできたのだが、今回は被弾する者がいるどころか足止めにもなっていない。
相手はまるで被弾することを恐れていない、もっと言うのであれば被弾しないことを確信しながら攻めてきているようだった。
「下がれ! 下がれ! 風銃部隊は一度下がって隊列を組み直せ!」
風銃部隊を指揮しているであろう小隊長が必死に叫ぶが、その声に従って後ろに下がれた兵はいったいどれほどいただろうか。
被弾を恐れずに突っ込んできた騎兵隊に神聖アルテザウス王国軍の風銃部隊は壊滅的なダメージを追ってしまった。撤退を始める風銃部隊の代わりに今度は神聖アルテザウス王国軍の騎兵隊が前へと出てくる。
「騎兵隊! 敵を討ち取れ!」
相手の小隊長の掛け声に従って神聖アルテザウス王国軍の騎兵隊がニカルディアの騎兵隊と刃を交えるが、やはりこれまでの戦闘とは違った。
騎兵の力は両軍とも互角だったはずだというのに、今日はなぜかニカルディアの騎兵隊の方が有利に戦っていた。その事実を神聖アルテザウス王国軍の騎兵隊隊長はすぐに気づいたが、理由を突き止めるまでには至らない。
一方のニカルディアの騎兵隊は勢いを増すかの如く進軍を進める。両者の騎兵には実力でどうにもならない差があったといっても過言ではなかった。
敵に斬られて落馬した神聖アルテザウス王国軍の騎兵の一人が苦悶に満ちた表情でつぶやく。
「有り得ない……奴らの馬は全てが駿馬だとでもいうのか……」
駿馬。足の速い優れた馬のことを指す。しかし当然ながら優れた馬が何頭も集まるようではそれを駿馬と呼ぶことはできない。駿馬は他に比べて優れているから駿馬なのであり、騎兵すべてに駿馬を支給することなど不可能だ。
しかし現にニカルディアの騎兵隊が使う馬はどれも駿馬といって間違いない。騎兵の実力は拮抗していたというのに実力差が生まれるということは操る馬に違いがあるとしか言えない。
ニカルディアの騎兵隊が敵を蹂躙する様子を遠目に確認した王女サルラは隣に立つカイトに言った。
「どうやらカイトさんの策は成功したようですね」
「まさか最初の実践投入でここまでの成果が出るとはな」
「騎士としては感嘆する反面、ガデルカリア軍事国の技術力が恐ろしくなりました」
「安心しろ。今のところ他国に出回ってはいない」
レンリの言葉を聞いたカイトも同意見だった。
現在ニカルディアの騎兵隊が優位に戦闘を進めていられるのはカイトが騎兵隊に支給した軍事物資のおかげだった。それはガデルカリア軍事国で開発された馬につける装備品であり、馬を駿馬に変える魔術兵器だ。
「風魔術の力を使って馬の能力を底上げする魔術兵器。本来は実力不足の騎兵を補助するために開発された兵器をこの軍でも腕利き連中に使わせているんだ。それはこうなるに決まっている」
カイトが支給した魔術兵器は馬の能力を底上げすることができる。実力不足の騎兵に駿馬を与えることで一般の騎兵並みの実力に底上げし、少しでも使える騎兵を作り出そうというコンセプトで作られたのがこの兵器。
カイトはそれを腕利きの騎兵に優先的に回すことで圧倒的な戦力差を生み出したのだ。
「まさに鬼に金棒ですね」
「だが当然デメリットも存在する」
「魔素が枯渇したときですね」
駿馬を作り出すその兵器は当然ながら大気中の魔素を消費することで稼働する。つまり大気中の魔素がなくなった時、その馬はただの馬に成り下がってしまうのだ。
「それに効力が切れた時、まず間違いなく馬が混乱する」
「混乱ですか?」
「でしょうね。馬はそれまで疾風のごとく駆け抜けていたのが効力が切れた瞬間まるで水中の中を走っているような感覚に陥るでしょう」
レンリの説明のとおりだ。どうやら彼女もその懸念を抱いていたようだ。
「そんなのが敵陣の真っただ中で起きたらそれこそ大惨事だ」
「魔素が切れる前に上手く撤退を始めなければなりませんね」
「ああ。できればその欠点を敵に気づかせたくはない」
カイトの言葉の直後、戦場に大きな笛の音が響く。
「敵が迫撃砲を出してきましたか」
「一気にに魔素が枯渇を始める。大砲で援護しながら騎兵を撤退させろ」
カイトの指示通り騎兵隊が一気に撤退を始める。その背後を迫撃砲が襲うが、見方からの大砲が騎兵隊を援護する。
もともと敵が迫撃砲を出してきたタイミングで騎兵隊を下げるつもりだったニカルディア軍は今のところ計画通りに事を進めてられている。
作戦会議の時には敵の迫撃砲に対し、こちらも迫撃砲で対抗しなくていいのかという意見が出たが、カイトはその意見は絶対にダメだと答えた。
ただでさえ迫撃砲は魔素消費の激しい魔術兵器だというのに、それをこちらまで使用すれば大気中の魔素が一気に枯渇して騎兵隊が撤退する前に魔素が枯渇してしまう。
そうなれば敵はこちらの欠点に気づいてしまうだろう。そこでカイトは遠距離から大砲での援護を選択した。それならば離れているため魔素の消費に気を配らなくてもよい。
そして騎兵隊の撤退が完了すると同時に作戦は第二段階へと移行する。
「よし、準備させていた偵察隊を北から迂回させろ」
「はっ」
カイトの指示を受けた兵はすぐに偵察隊の下へと走り出すと、レンリが言葉を発する。
「まさか偵察にまで駿馬を使わせるとは思いませんでした」
「戦争において情報は命の次に大切なものだからな」
「確かに適切な情報がいち早く手に入るわが軍の方が有利という訳ですか」
「ああ。あとは敵の残存兵力がどう展開するかだが」
「当初の通りだと何もしていない兵が二千ですね」
もともと5000人いた敵兵力のうち、2000人はバレル高原にて展開中。1000人は昨日プラーミアの手によって壊滅させられ、残り2000人ほど残っている計算だ。
的確な数字は定かではないが、現在推定される神聖アルテザウス王国軍の数は3500人。一方のニカルディア軍は1500人とまだまだ人数差がある。この約2000人をどう対処するかが今後の課題だ。
「こちらが未知の力を使う以上、相手も兵力温存などと言ってられない。この二千を相手がどう展開するかで戦争は大きく変わる」
「はい……」
答えるレンリの表情は浮かない。実を言うと、敵に兵の温存をさせないだけでも今回の戦争は御の字と言える。神聖アルテザウス王国の目的は二千の残存兵力を残したうえでキレル山脈までの割譲を交渉すること。つまりこのまま交渉に移れば神聖アルテザウス王国も強気な態度は取れずにキレル山脈はあきらめると思われる。
それはニカルディア王国としても受け入れられる妥協点だ。しかし王女であるサルラがそれを望まない以上、今回の戦争は敵の掃討までいかなければならない。
つまりここから先は王女の個人的な感情が理由になる戦争ともいえる。
「まあここからは敵の出方次第だな。どうせ次期に敵は休戦状態への移行を求めてくる。そこで敵の動きを見て判断しよう」
「そうですね……」
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