第17話 両者の決断
神聖アルテザウス王国軍本陣で指揮官のダレスはニカルディアの新兵器についての報告を受けていた。
「駿馬が三百だと……」
その現実的ではない数字にダレスは頭を悩ませる。十二神将と呼ばれる彼であっても駿馬が三百もいるセンチを経験したことがないためにどう反応を取ればいいのか分からなかった。
常識的に考えれば駿馬を三百も集めることは不可能だ。何かしらの魔術的補助を受けて駿馬を作り出したと考える方が妥当であろう。しかし一体どのような代物を使えばそのような結果が導き出せるのか想像することもできなかった。
まだ敵がガデルカリア軍事国ならダレスも納得しただろう。彼の国の技術力は世界屈指。自分たちの知らない技術が出てきたって驚きはせよ、受け入れることはできる。
しかし彼らが今戦っているのはニカルディア王国。技術水位は神聖アルテザウス王国とそう大差ない。だから彼は、いや、彼らはその報告に戸惑いを隠せなかった。
現在は神聖アルテザウス王国の前線指揮官の機転で迫撃砲での応戦に切り替えているため騎兵隊は撤退している。だがあくまでこれは応急処置であり、根本的な解決には至らない。
ここでどう動くか、軍の命運はダレスにかかっているといっても過言ではない。
「将軍閣下、いかがなさいますか」
「お主は今回のニカルディアをどう思う」
「はっきり申し上げて異常かと。双星の鬼人の介入にしかり、此度の駿馬の登場にしかり、どれもわが軍では手に余る相手かと」
その部下は正直に答えた。ここで下手に強気になって現実を見失うほど彼らは愚かではない。戦局を適切に分析した上で話を進める方が今は重要だ。
「ふむ、俺もはっきり言わせてもらおう。わが軍は確かに兵の数では勝っているかもしれない。だが追い込まれているのはわが軍と考えたほうがよい」
ダレスの言葉に異論を唱える者はいなかった。
「さらに奴らは新たな兵器を隠し持っている可能性がある。そうなればいよいよ我らの配線は濃厚になるだろう」
「将軍閣下……」
「脅威が双星の鬼人だけなら俺が引き受けた。だが駿馬が三百となればいくら俺でも対処はできない。そんなのが同時に攻めてきたら神聖アルテザウス王国軍は壊滅の一途をたどるに違いない」
ダレスははっきりと宣言した。強がりも希望的観測もないその結論に文句を言いたいものはいた。だがいえなかった。ダレスの見立てがあまりにも的を射ているから。
しかしだからといって諦めるようでは十二神将などという肩書は背負うことができない。彼らは彼らで戦況げ全力で好転させることに力を注ぐ。
「後衛で休ませていた二個大隊のうち、一個大隊を南部の大森林に向かわせろ」
「まさかもう一度あの作戦に?」
「そうだ。作戦こそ同じだが、今度は意義が違う」
「前回は消極的進軍。今回は積極的進軍ですね」
他の部下が答えた。
「敵の分断を狙った前回はゆっくりと進軍させたが、今回はそんな余裕はない。敵の背後を突くつもりで全速力で向かわせろ」
「ですが今からの派兵となると時間が……」
「どれくらいかかる?」
「最速でも三日……ですが天候などに左右されればもっと……」
答えた部下の表情が浮かないのは三日という日数が希望的観測だからだ。前回のカイトたちとは異なり、騎兵だけでなく歩兵も連れて行かなければならない彼らはニカルディア軍の背後を取るのにかなりの時間を要する。
しかしダレスは構わず命令をする。
「今まで休ませていたんだ。ちょっと無理をしたところで音を上げるならその場で斬り捨てろ」
「はっ」
部下の一人が慌てて本陣から飛び出す。どうやらすぐに待機していた一個大隊に知らせを伝えに行ったようだ。
「それで閣下、残りの兵は」
「おそらくニカルディアが手を打ってくるに違いない」
「やはり再び双星の鬼人を?」
「そうなれば全軍をもってバレル高原を攻める。いくら駿馬が三百いようとも指揮官を失っては千を超す戦力差を埋めることは出来まい」
ダレスの推測は希望的観測と言われても仕方がない。しかし彼には考えがあった。
「仮に双星の鬼人が残ったとしても南部の大森林に兵を割かなければならないのは事実。そうなれば数的有利はこちらのものだ。加えてそこに双星の鬼人が現れれば大将同士の一騎打ち」
現代の戦争において大将が討たれたとしても戦争は継続されるが、相手の兵の士気に何かしらの影響が出るのは避けられない。
「それにだ。ニカルディの駿馬は魔術的な補助を受けているに違いない。なら魔素が枯渇した状態であれば駿馬は使えなくなる。そうなれば敵の脅威は双星の鬼人ただ一人。俺が対処できる範囲内だ」
「ですがもし駿馬が魔術的補助を受けての結果では無かったら?」
「その時は終わりだ。だがそんな博打をするほど俺はギャンブル好きではない。だから明日、敢えて魔素を枯渇させて様子を見る。魔素が枯渇した状態で駿馬が現れなかったら我らの勝ち。魔素が枯渇した状態でも駿馬が現れたら我らの負けだ」
ダレスの指示にその場にいた全員がうなずく。明日の結果でこの戦争の行く末がはっきりする。
「それに少しでも時間を稼げば南部から相手に圧をかけられる」
その言葉はダレスの強がりか、それとも確固たる確証があるのかわからない。だが兵士を勇気づけるには十分だった。
場所は変わってニカルディ軍本営。
「報告を申し上げます。敵残存兵力のうち約一個大隊が南部の森に向けて進軍を開始致しました」
「わかった。ご苦労」
報告を終えた兵を労ったクルマンダー少佐は地図を見ながら何かを考えるカイトの方を見た。
「どうやら敵はもう一度我らの分断を狙っているようですね」
「みたいだな。だが同じ策を二回も使うとは向こうも追い込まれているのか」
「それはまあ……」
これまでの結果を考えれば敵があせるのも当然だとその場にいたカイト以外の全員が思った。王女であるサルラでさえ敵に同情したくなるほどの戦況の変化だ。
「クルマンダー少佐、あんたの意見を聞きたい」
「なんでしょうか?」
「南部を一個大隊が移動するとして最速で何日かかる?」
カイトから真剣な眼差しを向けられたクルマンダーは息をのむ。
「ふ、普通に考えれば最速で三日です」
「だが俺が求めているのはそんな答えではない。三日というのはあくまで机上の理論であり、実際にこの西域で生きてきた人間の生の意見を教えてくれ」
カイトが求めたのは王女サルラにも敵兵にもわからない現地人としての見地。下手に理論や法則を考えるよりも実際にその環境で過ごしてきた者の意見を取り入れた方が正確というものだ。
「僭越ながら言わせていただきますと、おそらく最速で四日と半日かと」
「その根拠は」
「南部の森は現在冬に向けて葉を落としています。それによって風が遮られることなく兵を襲い、彼らの体力を奪うでしょう。また林道は狭いために一個大隊が移動するにしても小隊規模に分かれる方が効率的かと。その場合、後方の部隊が到着するのにはそれなりに時間を要すると思われます」
それはまさにカイトが求めていた情報だ。
「では戦闘の舞台が到着するのは最速で?」
「後方の部隊を待たないのであれば三日。ですが小隊規模で攻めてくるとは考えにくいので最速で四日はかかるかと」
「なるほどな」
その情報をもとにカイトはある決断を下す。
「南部の敵は無視してバレル高原の戦闘に専念する」
「ですが……」
「南部は四日間はいないと考えていい。ならその四日で、いや三日で戦争にけりをつける」
カイトの宣言に一同は言葉を失う。そんなことが可能なのかと思った彼らだが、同時にカイトならできるかもしれないと予感する。
そこでカイトはクルマンダーにある命令を下した。
「今すぐ俺の下に工兵を集めろ」
「工兵ですか? いったいなにに?」
「この戦争を終わらせるためにだ」
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