第15話 クルマンダー少佐
ニカルディア王国領のバレル高原を中心に展開されるニカルディア軍と神聖アルテザウス王国軍の戦いは現在のところ休戦状態へと入っている。戦争において大気中の魔素が枯渇すれば魔素を動力源とする魔術兵器の使用が困難となり、兵士たちは非魔術兵器に頼らなければならなくなる。
魔素枯渇後に休戦状態へ移行するのか、それとも非魔術兵器を使った戦闘に移行するかは戦場によってまちまちだが、このバレル高原のように二日連続で、しかも早期の休戦状態への移行は歴史に目を向けても珍しいものだった。
一般的に考えれば危険な戦闘が行われないことはプラスに思えるかもしれない。しかし自らの命をかけている兵士たちにとってみれば呆気なく休戦状態へ移行することに不満を覚える者がいても仕方がない。
そんな兵士たちの不満をいち早く感じ取ったクルマンダーはすぐに指揮官である王女サルラの下へと向かった。もともとはこの西域方面を任されていたクルマンダーはハネス少佐が来たために副官という地位に甘んじていたが、現場の兵士からの信頼は厚い。
そして兵士たちから彼への信頼を評価したカイトは自分が不在の際に王女サルラのサポートを任せていたのだ。
「サルラ様。一つ進言してもよろしいでしょうか?」
「どうしたのですか、クルマンダー少佐」
もともとは大尉だったクルマンダーだが、ハネスが行方不明になって以降は実質的な彼の役目を継いでいることから暫定的に少佐に昇進させられていた。もしこのまま今回の戦争が終われば彼は晴れて無事少佐になることになっている。
しかし元々地位に興味のないクルマンダーはそのようなことを特に気にしてはいない。彼は自分が生まれ育った西域が守られればなんでもよかった。
「それが二日連続の休戦状態、しかも早期の移行で兵士たちにも不満が見えています」
「不満ですか? 彼らは戦いたいと?」
「ええ。こういっては何ですが、私たち軍人は祖国のために命を懸けて戦う存在。それがこのような休戦状態になれば不満を抱く者も出てくるかと」
「なるほど、そういうものなのですね」
初めて軍人の気質を知ったサルラは納得した表情を浮かべる。しかしだからといってサルラが無意味な戦闘を許可するはずがなかった。
「あなたの言い分はわかりました。ですがカイトさんは自分が戻るまで待てとおっしゃっています」
「サルラ様は随分とあの商人のことを信頼しているご様子で」
「ええ、彼は我がニカルディアの救世主だと思っています」
「救世主ですか?」
「そうです。元々キレル山脈より西を捨てなくてはならないと考えていた私に彼は西域を一ミリたりとも渡さない選択肢を与えてくれました。それはもう救世主です」
サルラの様子を見たクルマンダーはもうそれ以上何も言う気にはならなかった。本当なら商人にすべてを任せるのはどうなのかと文句の一つでも言おうとしていたのだが、サルラの言葉を聞いてその気を失ったのだ。
彼もまたこの西域を大切にする人間の一人。この戦争で一ミリたりとも領土を渡したくないという思いは同じだった。
「わかりました。兵士たちの不満はこちらで何とかします」
「そうですか。ではお願いしますね、クルマンダー少佐」
「はっ」
要件を終えたクルマンダーはサルラの前から去ろうとするが、そこでサルラが思い出したように付け加える。
「あ、それとカイトさんからの伝言です」
「私にですか?」
「ええ。自分が戻ったら渡したいものがあるから力のある騎兵を三百人ほど用意しておいてほしい、とのことです」
「承知いたしました。では失礼します」
サルラのいた天幕から出たクルマンダーはわずかに笑みを浮かべながらつぶやく。
「まさか王女殿下も私と同じ考えとは」
場所は打って変わりとある林道。カイトとレンリの操る馬が進んでいた。南部の大森林で向かった時と同様に複数の村を経由し、ある時には王女の名を使った相談を、ある時には貨幣を使った取引を、そしてある時には商人の権限を使って馬を乗り継いでいた二人はついに軍から支給された最初の馬に乗りながら帰還を目指していた。
行きの時は息を上げながら疲れ果てていた馬も今はすっかり元気だ。そのおかげもあって予定よりも早く帰還できそうである。
そして先ほどまで疲れ果てて眠っていたプラーミアがようやく目を覚ます。息と同じくプラーミアはカイトの腕の中で眠っていた。
「ん……」
「お、目覚めたか」
「……カイト?」
「ああ、俺だ」
眠い目をこすりながら確認を取るプラーミアはどうやらまだ意識がややはっきりしないらしい。
「敵は?」
「ミアのおかげで全員逃げて行った」
「そう……」
安心しきったプラーミアはカイトにすべてを任すかの如く寄りかかる。
「どうした? まだつらいのか?」
「ううん。ちょっと頭がボーっとするだけ……」
「そうか。久しぶりに無理をさせちゃったからな」
できることならプラーミアの力に頼りたくはなかったカイト。しかし戦況が戦況なだけに仕方なくプラーミアを頼った。それはプラーミアもよくわかっているので特に責めたりはしない。
「大丈夫……。これくらい平気だから……」
「平気な奴がそんな気怠そうにするか?」
「えへへ……やっぱカイトは欺けないか……」
「まだ本営まで距離がある。もう少し休んでおけ」
「うん……そうする……。ごめんね……」
そう言うとプラーミアの意識は再び闇に落ちた。スヤスヤと寝息を立て始めたプラーミアを見つめながらカイトはつぶやく。
「謝るのは俺の方だ」
誰にも聞こえない程度の声でつぶやかれた言葉だったが、その言葉は不覚にもレンリの耳に届いてしまう。彼女は悪いのが自分たちではないのかと思い、つい謝罪してしまう。
「カイトさん、すいません。私たちが戦争に巻き込んだばかりに……」
「聞こえていたか」
「ええ、まあ……」
「そっちは悪くない。報酬が出る以上、これは俺の責任だ」
「ですが……」
自分たちが雇わなければプラーミアにここまでの不安を負わせることにはならなかった。レンリついそう考えてしまう。
しかしカイトからすれば、それは余計なお世話だ。
「プラーミアを頼ったのは俺の責任だ。だからこれは俺の罪であり、レンリたちが負う必要はない」
カイトの力のこもった声にレンリはこれ以上の話は無用だと考え、話題転換を図る。それはこのまま無言で進むのも気まずいと思ったから。
「ところでプラーミアさんはいつもこんな風に?」
「ああ。吸血行為による狂乱化は一種のドーピングだ」
「ドーピングですか?」
「一時的に力を手に入れる反動は計り知れない。ましてや狂乱化を使うのは久しぶりだから身体がついていかなかったんだと思う」
そのことを知りながらプラーミアに頼ってしまった自分のことをカイトは殴りたくなった。
「俺もここまでとは思ってもみなかった。それに本来プラーミアの力はこうするものではない」
「まだ他に力があるというのですか?」
「まあそんなところだ」
まだ他の力があるという言葉にレンリは恐怖を覚える。ただでさえプラーミアの狂乱化を見て、あれが自分に向かってきたらと恐怖したというのに、まだ他の力があるなんて信じられなかった。
カイトが付け加える。
「だが、今回の戦いでそれは使わない」
「ど、どうしてですか……?」
レンリは一瞬聞いてはいけないことでは、と考えたが、そんな懸念よりも好奇心の方が勝った。
「あの力を使うのはもっと別の時だからだ」
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