第14話 サルラ
南部の大森林から北へ伸びる林道をカイトたちは進んでいた。神聖アルテザウス王国軍との交戦では出番のなかったカイトやレンリは疲弊していないため急いで王女サルラの待つ本営へと向かっていた。
一方、神聖アルテザウス王国軍との戦いで大活躍したプラーミアは今はカイトの腕の中でスヤスヤ読寝息を立てている。一人で七百人近い敵を相手にしたのだから疲弊しているのは当然。
そのため二人はプラーミアを起こさないように速度は抑えながら帰還を目指していた。
「今の姿を見ると先ほどの光景が嘘のようです」
カイトの腕の中でスヤスヤと寝息を立てるプラーミアをみたレンリはふと呟く。今のプラーミアは年端も行かない少女にしか見えないが、カイトの血を吸えば狂乱状態に入って人外の力を手にする。
そんな事実にレンリはどう反応すればいいのか分からなかった。
「まあ俺も最初は驚いたさ」
「カイトさんもですか? 二人はいったいどうやって知り合ったのですか?」
つい好奇心で聞いてしまったレンリだが、すぐに口をふさぐ。こういうことは話は基本的に戦争が終わった後に話すことであり、今は不要なことだ。
そのことをわかっているのか、カイトも特に答えようとはしない。
「プラーミアのおかげで戦況が大きく変わってくれた」
「はい。これで敵も警戒するはずですね」
「それに今頃は自らの策を悔いているかもしれない」
「どういう意味ですか?」
カイトの言葉の意味がいまいち理解できなかったレンリは問い返す。
「連中は南部の大森林進行部隊が移動する時間を稼ぐために魔素を無駄に消費して休戦状態を作り出した。だが今はその休戦状態のおかげで俺たちが本営に戻る時間を与えてしまった。結果として連中の策は裏目に出てしまったんだ」
カイトの言う通り、魔素枯渇を理由に現在バレル高原の戦闘は休戦状態に入っている。そのおかげでカイトたちは比較的ゆっくりと移動することができていた。休戦状態への移行は通信端末を通してすでに報告を受けている。
そう言う意味ではダレスの策は裏目に出ているともいえるだろう。しかし当然のことながらダレスもそのことは理解している。だが彼は敢えて時間を作ることでカイトたちを再び本営に戻そうとしているのだ。
ここで下手に動きて戦況が変われば双星の鬼人がそのまま前線に出てくるかもしれない。そうなれば神聖アルテザウス王国軍にとってはかなりの痛手だ。ならば戦場に出てこられるよりは後衛でサルラの補助を務めてもらっていた方が都合がいい。
ただダレスが見落としていることがあるとすれば通信端末の存在だろう。通信端末があれば多少距離が離れていてもカイトは指揮を執ることができるので、双星の鬼人ことプラーミアはいつでも前線に出ることができる。
しかし双星の鬼人、つまり吸血行為による狂乱化はプラーミアにとってもかなりの負担になるのでカイトとしては何度も使いたい代物ではない。
だからカイトはこの戦争でもう一度プラーミアに吸血行為を行わせて戦わせるなら潔く降伏しようと考えていた。そうなれば商人としての信頼や欲しかった報酬を失うことになるが、プラーミアに負担をかけるくらいならそんなものは無価値だ。
つまりダレスはもう出てこない双星の鬼人に常に気を配る一方で、カイトは双星の鬼人を使わずにこの戦争を乗り切る必要がある。たった一人の存在が戦争にここまで影響を与える事例は稀有だが、その亡霊はいつでも使うことができる。
場所は変わりニカルディア軍の本営。そこには王女サルラとハネス少佐の部下たちの姿があった。
「ただいま報告がありました。南部の大森林を進軍していた神聖アルテザウス王国軍は撤退を始めたそうです」
サルラの言葉に周りにいた兵士たちが沸き立つ。それは無謀ともいえた作戦が成功した奇跡に対する興奮、そして戦況が好転してきたことに対する歓喜など様々だ。
だが彼らの話の中心にカイトたちがいたのは紛れもない事実。
「まさかあの商人が」
「最初は胡散臭いと思ったが本物みたいだ」
「なんであんなのが商人やっているんだよ」
「もし軍人なら今頃王都で快適な生活を送れただろうに」
「だが彼らのおかげで希望が見えてきた」
次々とカイトたちに称賛の声をあげる兵士たち。その様子はまるで戦勝パーティーのようだが、まだ戦争は終わっていない。
そこで叱るようにサルラが言う。
「皆さん、まだ戦いは終わっていません。彼らが上げた功績はとんでもないものです。なら今度は私たちニカルディア軍の番です。彼らに負けないよう、私たちも頑張りましょう」
「「「「「オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」」」」」
王女の言葉に答える兵士たち。
「私は少し奥で休ませていただきます。何かあったら呼んでください」
「はい」
その場に歓喜する兵士たちを残してサルラは奥の部屋へと移動する。その顔は今にもでてきそうな笑みを必死にこらえている様子。
一人部屋に入ったサルラは誰にも聞こえない程度の声でつぶやく。
「まさかあの状況を打開するなんて」
ニヤリと笑みを浮かべるサルラ。その笑みは王女としては少々はしたないものであったが、誰も見ていないのをいいことにまったく気にした様子を見せない。
「どうやら彼らは本当に双星の鬼人だったようですね。ふふ、このまま彼らと良好な関係を保てば私が王座に就くのも夢ではありませんね」
その表情は絶対に他人に見られてはいけない表情だ。だがサルラはその笑みが止まらないことにさえ歓喜する。
「この戦争だけじゃない。彼らがいれば私はあまたの戦場で勝利の女神になれる。そうなれば兵士たちの信頼はこのサルラ=ニカルディアのもの」
さらにサルラが手に持っていた通信端末を見ながら言葉を続ける。
「それに彼らはこの国では珍しい商品を持っている商人。私の息のかかった店に紹介すればそれらの商品は王国内で私たちが独占できる。そうすれば今以上に資金が手に入る」
サルラがより一層醜い笑みを浮かべた。
「軍事力とお金さえ手に入れれば他の候補や貴族はもう私に逆らうことができない。そうなれば私の王位継承はもう確実なものとなる。ふふ、今日はなんて素晴らしい日なの。わざわざこんな辺境に作戦の駒として足を運んだ甲斐があったものですわ」
今のサルラはもはや王女なのかと疑いたくなるほどだ。まさにその姿はかつてカイトが形容した利己主義の怪物。
「カイトさん、プラーミアさん。私はあなたたちに会えて本当に幸せです。ええ、本当に」
笑みの止まらないサルラそれからもその部屋で一人想像する未来を思い描きながら恍惚とした表情を浮かべるのであった。
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